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休暇と告白
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しおりを挟むクラウスの話 ~ 休日編 ⑤ ~
部屋に戻りいつになく寒そうなトウヤを目の前にして少し迷ったが好きなだけ風呂に入って貰うためにはやっぱり俺が先に入るのがいいだろう。
流石に今日は『一緒に』とは言い出さなかったと云うことは俺を意識してくれているのだろうか。
手早く済ませて戻ればコートを着たままベッドに寝転がっていた。
「どうした、疲れたのか?」
声を掛けるとすぐに身体を起こした。
「ううん。ちょっとダラダラしてただけ。」
「トウヤのそんな姿も珍しいな。風呂で寝るなよ。」
「はーい。」
えらく素直に返事を返して風呂に向かった。
その間に今日1日乱れっぱなしだった気持ちを整えるために愛用している長剣の手入れをすることにした。
王都へ来る時トウヤがこの剣に触れてしまったことがあった。ブレスレットを怖がったのはあの時の自分が受けた状態異常の効果も覚えていたりするのだろうか。
昨日やっと明確な答えをもらい朝から浮かれていた俺をギルドでの出来事が戒めた。それに加え飾り紐の効果を確かめた事でトウヤが俺の手を離れてしまう気がした。
まさかあそこで照れて見せるなんて。
マデリンでも今朝のギルドでも間に合わなくてトウヤを護ったのは兄のブレスレットだった。嫉妬も混じっていたしまだ何も知らないトウヤに先の事を考えて『護られる』事がいかに大切なのかを知って欲しかった。だけど怖がるどころか顔を紅くしてその姿が俺の中でこんがらがっていたモノを全て消してしまった。
諦めるなんて出来ない。手を離すなんて無理だ。トウヤが俺に向けてくれる信頼も失いたくないしもちろん好意も。今の俺に護る力が足りないなら更に上を目指せばいいだけだ。
明日トウヤに話しをした後の自分のすべきことを見つけられた。
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ったトウヤを足の間に招き入れて髪を乾かしてやる。こんな初級魔法知も使えないくせに高位の治癒ができる。だけどトウヤ自身は『魔法が使えない』と思っていて、そのおかげでこうして世話を妬ける。指通りのいい真っ直ぐな髪が以前より艶がいい様に思うのは『桜の庭』での生活が合っているからなのだろう。
「───髪伸びたな。このまま伸ばすのか?」
肩まで伸びた髪を指で弄びながらその理由を聞いてみる。
「クラウスとかも長いでしょ?伸ばしたら少しは大人っぽく見えるかなって思ったんだけど変かな。だったらやめて切っちゃおうかな。」
『大人っぽく』か。確かに好みや職業柄もあるが長髪の方が一般的なのかもしれないな。トウヤの髪が伸びたらさぞかし美しいのだろう。
「変じゃない。むしろよく似合ってて綺麗だ。」
つい髪に口付けてしまったら腰を捻って振り返えり俺を見上げるようにしてきた。俺の心の奥を見透かそうとする大きな黒曜石の瞳から目が離せず喉が鳴った。
「この辺りじゃトウヤみたいに真っ黒な髪は珍しいからな。艷やかで綺麗な髪だ。その瞳も吸い込まれてしまいそうでずっと見ていたいと思う。」
「……ありが、とう。そう言えば明日って何時くらいに出るの?ちゃんと起こしてね。行きみたいに寝間着のまま馬車に乗るの嫌だからね。」
湧き出した欲を治めるために少しだけ話しをずらした。明日の朝はもちろんちゃんと起こすと決めているのだけど俺の前からするりと抜け出したトウヤは顔も見せずに話し出した。……気のせいだろうかなんだか不機嫌になった?
「トウヤ、今夜はどっちで寝るんだ?」
その背中にあざとくベッドに入り場所を空けて誘ってみた。抱きしめて眠れるかはトウヤ次第だ。
振り返り俺の姿に唖然としながらも「一緒がいいです。」と言ってくれた。
滑り込んだ風呂で充分に温まった身体を抱きしめる。朝以来触れていなかったけれどトウヤが望んでくれるのなら遠慮はしない。
「髪もだけどそれだけじゃない。」
とじこめた腕の中で前髪を掻き分け、現れた額にキスを落とすと今までなら照れていた。いや、今も確かに照れてはいるけれどトウヤの視線が俺の瞳と重なった後少し下にさがった。
その唇もわずかに不満げに結ばれていて少し前から始まっているその理由を探して追った視線の先は俺の口元……?
「……トウヤ、キスしていいか?」
もしかして『したい』と思うのは俺だけじゃないのだろうか。わずかな期待を込めて小さく結ばれた唇をほぐすように親指で撫でてみた。
「俺も、クラウスと……キス、したい。」
見開いた大きな瞳が俺の視線と再び重なった。撫でていた唇から絞り出されたその声にもう一瞬も待てなかった。その柔らかい唇に吸い寄せられるように自分の唇を重ねた。
「トウヤ、鼻で息して。それから口も開けて。」
目も唇も固く閉じそれでも俺を受け入れる。息までも止めてしまうトウヤについばむようにキスを繰り返すうちようやく鼻で呼吸をする。
無理なら終わろうとしたところでわずかに唇が開く。そして欲が出た。もう少し、あと少しだけと深く重ねた口づけにトウヤの身体が震えた。
───やりすぎた。
怖がらせただろうか。身体を離し顔色を伺えばゆっくりと開いた瞼から現れた黒曜石の瞳も同じ様にこちらを見ていた。
「続きはまた今度な。」
怖がるのではなく恥じらう様子に安心してもう一度だけキスをした。部屋の明かりを落として腕の中に抱き込んだトウヤはしばらくもぞもぞしていたけれどそのうち俺の胸に顔を寄せて寝息を立て始めた。
『続き』なんてきっとしばらく出来ないんだろうな。
ギルドで気を失う前につぶやいていた『嫌だ』『違う』と繰り返した言葉に続くのはきっと『俺は女じゃない』だ。マデリンの病院でそう叫んでいた。
だけど男の俺を『好きだ』と言ってくれた。
今はただそれだけでいい。
腕の中の小さな寝息に誘われて瞼を閉じ、ウォールでの2日目の夜が過ぎていった。
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