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休暇と告白
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しおりを挟む泣いて泣いて眠って、再び起きた朝。今度はちゃんとクラウスの腕の中にいて目を醒ました俺の目元を冷たい手でそっと撫でてくれた。
「腫れてる。」
洗面台で鏡を覗いたら土偶みたいな顔になってた。
「それで帰したら叱られそうだな。」
鏡越しに後ろから覗き込んだクラウスが苦笑いをした。大きな手で俺の両目を覆うとひんやりと冷たい。クラウスの氷魔法だ。
「気持ちいい。」
少し熱を持っていたのかしばらくそのままで冷やして貰っていたけど変わりなかった。
「自分で治せるかやってみるか?」
「自分で?でも俺、ちゃんと使ったことないからどうしたらいいかわからない。」
少し考えたクラウスが俺の手を重ねて持ち上げて今やってたみたいに両目に押し当てると「トウヤの目の腫れがひきますように。」って子供のおまじないみたいに唱えるから可笑しくなってしまった。
「ふふっ。」
「笑うな。俺だって治癒魔法なんて使ったこと無い。」
「じゃあクラウスの氷魔法はどうやって使ってるの?」
「なんとなく。学校でも習うけど俺のは殆んど自己流だ。」
それは何のお手本にもならない答えだ。お互いに残念な顔を見合わせてから「ほら。」ともう一度手を導かれ腫れた瞼に手をあて真似をしてみた。
───瞼の腫れが治りますように。
おばあちゃん先生やカイのような暖かさは感じられなかったけど鏡の中の俺はいつもの顔に戻っていた。
「出来ちゃった。」
治癒魔法が使えると初めて自覚してしまった。でも気持ちは複雑なまま。嬉しいのかそうでないのか。理由はきっと俺の治癒魔法が普通じゃないらしいから。俺にはおばあちゃん先生や教会の人達との違いがいまいちわからない。
だけどクラウスがこんな風に手放しで喜ばない辺りが治癒魔法で幸せが約束されてるラノベの主人公とは違うってことなんだ。
「もう1度聞くけど国に知らせて本当にいいんだな?」
「───イヤ……って言ったら?」
俺の治癒魔法がそうまでしなくちゃいけないことなのだろうかと他の選択肢を探ってみる。
「そうだな。じゃあこのまま王都を離れてどこかで俺と暮らすか?」
「冗談……だよね?」
それは選択肢に入るのだろうか。このまま『桜の庭』に帰らずに?クラウスは騎士をやめて?そんなのありえない。冗談なのかそうでないのか、クスリと笑う鏡越しのクラウスは結局答えてはくれなかった。
「じゃあ帰るか。」
身支度を整えて宿を出れば3日間の休日の終わりだ。
不安な気持ちは消えないけれど泣いて泣いて分かったことは俺はやっぱりこの空の蒼色の瞳の優しい人が好きで仕方ないってことだ。
だから……
「クラウス、俺…クラウスとキスしたい。」
お休みも終わってしまうからこのくらいおねだりしてもいいよね。扉を開けようとしたクラウスのコートを掴んだ。
振り向いて両手で俺の顔を閉じ込めるとおでこと目尻に口づけてから唇に優しいキスが落ちる。
嬉しいのになぜか悲しくてまた涙が出てきた。
「そんなに泣かれると帰せない。」
自分でもよくわからない理由で溢れる涙はどうしたらとまるのだろう。
「大丈夫だよ。腫れても治せるってわかったから。」
「なおさら駄目だ。ひとりで泣かせたくないって前にも言ったろ?」
頬に伝った涙がクラウスの口付けで拭われていく。
「忘れたのか?酷いやつだな。泣くならここだ、ちゃんと覚えておけ。」
トントン、と自分の胸を叩くとそこに俺の頭を抱き込んだ。
そんなのいつ言われたんだろう。でも心配しなくていいのに。俺は元々ひとりでは泣かないんだよ。クラウスといるとねいつも甘えてしまうんだ。
「うん、ありがとうクラウス。」
それとごめんなさい。もうクラウスの前でも泣かないように頑張るからね。
頭を撫でてくれる手を甘受しながらこっそりと100まで数えて身体を離した。そうでないと許されたその場所からいつまでも離れられなくなりそうだった。
「へへ。もう平気。ありがとう。」
最後に甘えさせてくれたおかげで気持ちの切り替えが出来た。
「行こう、クラウス。ノートンさんとの約束の時間に遅れちゃう。」
子供達が寝静まってから出たのだから起きる前に戻らなくちゃ。
「本当に?」と聞きたそうなクラウスをかわして部屋の扉を開けた。
王都の街の冷えた空気の中を少しだけ早足で並んで歩く。来た時に通った近道をクラウスの隣で。薄暗くても朝なら怖くないから不思議だな。
「クラウスはまだお休みがあるんだよね。どこか行くの?」
「いや、王都にいるよ。兄に会ってくる。」
「ユリウス様に?」
「なんであいつに『様』なんてつけるんだ。そっちじゃない、すぐ上のルシウスっていう魔法士だ。飾り紐をみてもらう。まあそっちにも結局会うんだけどな。」
「これを作ってくれたのクラウスのお兄さんだったんだ。」
今も俺とクラウスをつないでいてくれる大切なお守り。お兄さんだからこんな風にクラウスの瞳の色と同じ色の石を使ってくれたんだ。
信頼してる魔法士のお兄さんに第一皇子様の近衛騎士のお兄さん。少し話が出ただけで拗ねたような態度が思春期の男の子っぽくて面白かった。
「そう言えば末っ子だったね。」
どんな子だったのだろう。金髪に蒼色の瞳の小さいクラウスを想像したら案外生意気そうな顔をしていた。
「ふふふっ。」
「やっと笑った。」
「わっ」
早朝の路地を小さな声で話していたのに急に抱き上げられて驚いて声を上げてしまって慌てて口を塞ぐ。
「嫌か?」
子供のように抱き上げた俺を見上げてそう言った。
───まただ。嫌だなんて思うわけないのに。
首を横に振りその肩に掴まるとあっという間に『桜の庭』に着いてしまった。「心配だから」と門の内側に入らせて扉を閉めるように言われてそのとおりにした。
「トウヤの事、上手く話せるように努力するから待ってて欲しい。だけどもし『桜の庭』にいられなくなったらその時は俺を恨んでくれ。」
縦格子の向こう側からクラウスがまた申し訳無さそうに俺を見つめる。悪いのは俺なのにそんな顔をしないで欲しい。俺だってクラウスには笑っていて欲しいんだ。
「それでもその時はクラウスも一緒にいてくれるんだよね。」
「───ああ、もちろんだ。」
「ならいいよ。」
さっきも「王都を離れてどこかで暮らすか?」と言ってくれた『俺と』って。
もしもどちらも叶わなくったって俺の大好きなこの空の蒼色の瞳の人がそう思ってくれただけで充分だ。
「ありがとう、お風呂楽しかったよ。また、ね。」
「ああ、またな。」
ゆっくりと離れて行く後ろ姿を見送くると気合を入れるために両手でバチンと頬を叩いた。もうなるようにしかならない。
「よし!」
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