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休暇と告白
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しおりを挟む「そろそろ街も様子が変わる頃だけどどうする?ゆっくり夜店でも見ながら夕飯を食べる店でも選ぶか?」
夕食にはまだ早いけれど冬の夕闇は早い。『桜の庭』に引きこもりの俺は洗濯物を取り込んだ辺りから室内にいるので忘れてたけれどソファーに座っていたクラウスの向こう側に見えるお風呂場越しの窓から覗く空が陽の傾きを知らせていた。
「うん。じゃあ服直すね。」
手に入れたみんなへのお土産をクラウスに出してもらってトランクに詰めていた俺はお風呂でポカポカしてたからシャツと薄いカーディガンだけだったのを厚地のセーターに着替えてコートを羽織った。
「じゃあ出るか。」
俺が鞄を掛けたタイミングで立ち上がったクラウスが部屋の扉を開けて一歩外へ出て俺を誘う。
「あ、うん。」
クラウスの後ろをついて階段を降りる。宿の外に出てみれば窓からはもう少し暗く見えた空は外に出ると案外まだ明るくて立ち並び始めた昼間とは少し雰囲気の違う夜店のような屋台と灯りの入り出した飲食店がまだまばらな客たちを迎え入れる準備を始めていた。
今夜のクラウスは俺のごく普通の格好に合わせるように、騎士でも冒険者でも無くてボルドーのハイネックセーターに黒のパンツにブーツをはいてこげ茶のジャケットコートを羽織っている。ラフな普段着なんて殆んど見たことなかったから見失いそうで不安になってしまう。
袖とか掴んだらクラウスがかっこ悪いだろうか。
伸ばしかけて引っ込めた手をコートでこすり落ち着かせる。隣で並んで歩くのは普通の事なのに抱っこされたりマントを着せられたり腕を掴んでもらったりするのが当たり前過ぎて今が落ち着かないなんておかしな話だ。
それでも普通に歩いていても誰にもぶつからないのはクラウスがとても目立っていて周りが避けて歩くし、時々クラウスに見とれて俺に気が付かない人からはそっと俺の身体をクラウスの前に引き寄せてぶつからないように護ってくれた。
ウォールの夜店の中には食べ物だけじゃなく、ダーツやパチンコみたいな俺でもよく知ってる遊び的なものがあって思いの外はしゃいでしまった。
「楽しそうで何よりだ。」
的を外して悔しがる俺をみて呆れているのか薄く笑っていた。
「だってお祭りみたいで楽しい。ありがとうクラウス。」
人付き合いが苦手でお祭りの日は女の子達が浴衣を着たりそれに合わせた髪型を強請られ結ってあげたあとはバイトに行くか部屋で本を読んでるかだったから。やってみたかった事がクラウスと一緒なのが一層嬉しく感じた。
ふと、隣の屋台が目に入った。子供向けだろうかいかにもオモチャっぽい大きな石のアクセサリーが並んでいた。
「指輪に興味があるのか?」
「あ、ううん、マリーやサーシャも女の子だから欲しかったりするかなって。」
髪型を気にしたり、アンジェラのドレスに目をキラキラさせたり時々顔を出す女の子らしい部分が可愛いんだよな。
「どうだろうな、その子達は魔法士になりたいのか?」
「え?どうだろう。ただのアクセサリーじゃないの?」
どれにしようか、女の子だけだと男の子たちは拗ねるかな?なんて選んでたのに思ってもみない事を聞かれて手が止まった。
「それもあるがどちらかと言えばそのブレスレットみたいに『魔道具』としての意味合いが強いな。高価な魔石ほど魔法が付与できる。トウヤの所は違うのか?」
「うん、女性のアクセサリーかな。あ、でも男の人もつけるよ結婚指輪とか。」
「結婚指輪?」
「うん、あ、でもそれはお揃いのシンプルな銀色のが多いのかな、理由は詳しく知らないんだけどお互いの左手の薬指にするんだ。そう言えばマートやヘレナは指輪してなかったけどそういった習慣はないの?」
「さあな、俺も詳しくないが教会へ行くくらいじゃないのか?」
「そっか。」
おもちゃのつもりで渡した所為で魔法士にならなくちゃなんて思ったりしないだろうけどやめておこうと屋台を離れた。
魔法のある世界では指輪の役割が違うなんて面白かった。それに他愛のない話を何もごまかさず話せる。その相手がクラウスであることが何よりも嬉しい。
楽しくて自然に笑顔が溢れる。なんだかデートみたいだ。いや、デートでいいのか。
気を抜くとニマニマとだらしなくなる顔を時折引き締めながらお腹が空くまで夜店を覗いて歩いた。
俺達は結局昨日と同じ店に入って夕飯をとることにした。
クラウスはあんな事があったせいか少し躊躇ったけど、お店の雰囲気も良かったし何より昨日食べた魚のソテーが美味しかったからもう一度同じお店で食べたかったんだ。
だけど今日は誰にもナンパされることもなくゆっくりご飯を食べられていた。
「クラウスはお酒飲まなくていいの?」
果実水のグラスを飲み干したクラウスに言ってみる。周りを見てみればお酒を飲んでいないのはこのテーブルぐらいだ。
「俺飲まないから気付かなくてごめんね。付き合って上げられないけど気にせず飲んでもいいよ?」
「いや、いいよ。酒なんていつでも飲めるからな。それより果実水のおかわりをもらおうかな。」
悩んで選んだお魚のフリッターは美味しかったけれど味付けが少し辛くてすっかり空になった俺のグラスに手を伸ばし自分に寄せた。
「あ、ありがとう。」
そうか、飲み干したのは俺のグラスに気付いたからなんだ。気遣いの仕方が大人だ。だから昨日も美人さんが次から次へと……
「トウヤは酒は苦手なのか?」
顔だけじゃないイケメンぶりにこっそりイチャモンをつけてる最中話しを振られてしまった。
「飲んだこと無いからわかんないよ。俺のいたところは20才過ぎないと駄目だったからまだ飲もうと思わないと云うか……」
こっそり買おうにもレジで必ず身分証を求められる。味のわからないモノを背伸びのために買うとか、その所為でトラブルを自分から寄せるくらいなら安価なスイーツで満足だった。
「じゃあ来年の誕生日を過ぎた時に一緒に飲んでみるか?」
「飲めるかな?あ、だけどこれがあったら意味ないんでしょ?」
袖で隠れて見えないけれど左手を上げれば『これ』が何かは言わなくてもわかる。それを見てクラウスの口元もわずかに上がった。
「確かにな。店混んでるからカウンターまで行ってくる。」
手を上げてもなかなか来ない店員さんにクラウスが席を立った。
『来年の誕生日』
俺はこの世界にいるんだろうか。
本当は今まで『捨てられた日』だったものが『生まれた日』に変わることができるなら。来年のその日も『桜の庭』にいて幸せに暮らす俺に『おめでとう』を贈りたい。
でもクラウスと約束をする事はためらってしまって昨日も今も曖昧なごまかし方をしてしまった俺はやっぱりズルいのかも知れない。
「───ふぅ。」
いつの間にか詰めてた息を静かに吐き出した。
「あら、いい男独り占めにしておいてため息なんて贅沢ね。」
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