109 / 333
休暇と告白
109
しおりを挟む「おっふろ、おっふろ、おっふ~ろ~。おっふろ、おっふろ、おっふ~ろ~。ふわあぁ~。」
作詞、作曲、俺。『お風呂の歌』
ごきげんな俺は、朝風呂を満喫中だ。今はこんな感じで大きな湯船で頭を支えにプカプカ身体を浮かせてリラックスしているけれど、起きたすぐは大騒ぎだった。
寝ぼけていた俺はもぞもぞと動く気配にディノかサーシャだと思ってそのほっぺたにスリスリと頬ずりをしたんだけどふくふくのはずのほっぺが何故か固くて気に入らなくて、ぐりぐりしたら「くすぐったいからやめてくれ。」と声が聞こえて急速に頭が冱えた。
「固くて当たり前じゃんか。」
だって俺が頬ずりしてたのはボタンがとれてはだけたクラウスの立派な大胸筋だったんだから。
元の造りは同じなはずの自分の胸に両手をぺたりと当ててみた。恐ろしいぐらい平らだ。男だから当たり前なんだけど胸だけじゃなくて肩とか腕とかお腹とか力を入れないとそこに筋肉があるのに気づけない。
掃除や洗濯にも子供達と遊ぶのにも使ってるはずなのになぁ。
ささやかに盛り上がった腕の筋肉を撫でて慰めながら昨日はよくこの情けない貧弱な身体を恥ずかしげもなくクラウスの前に晒せたものだと自分のうっかりに感心してしまった。
お湯からあがってさっとシャワーを浴びると、ホカホカのまま服を身に着けていく。昨日は無理やり冷ましてしまったから今じんわり温かいのが心地良い。
部屋に戻ってクラウスに髪を乾かしてもらったらギルドに行く準備は整った。
「顔が赤いな。」
「お風呂上がりだもん。」
クラウスが俺の頬に手を当てると目の下を親指の腹でするりと撫でる。余計赤くなるからやめて欲しい。たまらずギュッと目を瞑ったら途端に唇にキスされてしまった。
今朝からもう何度かされて嬉しいけれど照れくさい。でも感触が後を引いて困ってしまう。だからと言ってゴシゴシ拭ったら駄目なのはわかるので自分の唇をむにょむにょさせてなんとかクラウスの柔らかい唇を忘れようとしているとまたマントを被されてしまった。
「何でコレ着るの?」
「昨日云ったろ?観光地だから多少治安が悪いんだ。店を見て歩きたいなら大人しく被ってろ。」
フードまで目深に被せられてしまったけど身に覚えのある俺は大人しく従う事にした。
宿を出てキョロキョロする俺をクラウスが手を引いて人混みをスイスイ抜ける。
程なくしてたどり着いたギルドの造りは大体同じなんだけど、カウンターの高さが違っていて、いつもの様に来た人も座って対応する場所と立ったまま対応する場所に分かれていた。
「観光地だから冒険者よりも一般のヤツのほうが多いからかもな。」
ほら、とクラウスが指差した先のカウンターの上には『依頼受付』、『道案内』、『その他業務』など細かく分かれていた。
あれだけ人の多い王都のギルドでもこんな案内板はなかった。
「あっちが換金カウンターだな行くぞ。」
右手の奥にそれを見つけて自然に手を引かれそうになった。
「ちょっとまって。お金出して貰うのぐらいもう自分でできるよ。それにクラウスが心配するようなことなさそうだよ?」
ここのギルドにはあんまり筋肉ムキムキの冒険者は見当たらなくて壁に貼り出されていた依頼も宿やお店のアルバイトや観光案内兼護衛依頼のようなものが多かった。
「まあ、この前の騎士団の討伐遠征で実入りのいい仕事はしばらくないからな。」
ざっと見回したクラウスは仕方なさそうに俺を見下ろすと。「行って来い」と背中を軽く叩いた。
「俺はあっちのカウンターで手芸屋の場所でもきいてくるよ。」
「あ、ありがとう!毛糸とか刺繍糸の置いてあるとこでお願いします。」
「分かった。」
軽く手を上げてクラウスは少し離れたカウンターに向かった。俺もその反対側の椅子のないカウンターの前に立った。
こちら側には椅子はないけどカウンターの向こうにはハイチェアーがあって若いギルドの職員さんは書類仕事をしているところだった。オレンジのふわふわパーマの頭が綿菓子みたいでちょっと触って見たいと思ってしまう。
「あのう」
「はい……あれ?空耳?」
俺の声に気付いて顔を上げたけれどキョロキョロした視線は俺を通り過ぎてまた視線を下げてしまった。
───あ、そうか。マントを着せられてたんだった。
フードを外してからもう一度お兄さんに声を掛けた。
「あの、すいません。お金出したいんですけど。」
「うわっと。え?なに?いつからいた?」
顔を上げたお兄さんは驚いて立ち上がると俺をまじまじと見てからまたカウンターに腰掛けた。
クラウスなら軽く背中を曲げて肘を置く高さのカウンターは俺には高い。二の腕を乗せる様にしてるのが情けないけど背伸びはしてないもんね。
「あ~悪いけど迷子なら向こうの『道案内』のカウンターに行ってくれる?ここ、お金扱うところだから。」
顔を書類に向けたまま手の甲を下に向けて「あっちへ行け。」とやられてしまった。むかっ。綿菓子みたいで可愛いと思ったけどナシだもんね。
「はいわかってます、お金出しに来ました。お願いします。」
「あのね、坊っちゃん。確かにお金持ちかも知れないけどお父さんのお金は勝手に出したりできないんだよ。」
王都でもそうだったけどお姉さんはもう少し言い方が丁寧で分かりづらかったから許してあげたけどこの人完全に俺の事子供扱いしてる。今朝お風呂で貧弱な身体を確かめたくせによく知らない人に断言されるのは気に入らなかった。
確かに迷子だけれど道案内できるもんならしてもらおうか?
──なんて事は言えないので久しぶりの営業スマイル全開でタグを取り出した。これが反応したらわかるよね。見た目で人を判断したら駄目なんだよお兄さん。
「大丈夫です。ちゃんと俺のなんで。これお願いします。」
「あのな坊っちゃん。俺これでも忙しいんだわ。お前がどこの金持ちか知らねえけどな例え親のでも人のやつ使っちゃ駄目なの。わかる?」
書類を脇へガサガサとどけてカウンターにどっかり肘をついて俺に説教を始めた。そんなに強気に出たら後で自分が恥ずかしくなるんだからな!
ここまで遠慮のないあからさまな子供扱いは初めてで俺もちょっと。いやかなりカチンと来てたので思わず強気に出た。
「だから俺のだってば。ちゃんと見ろよ。」
首から外すのももどかしく綿菓子頭の鼻先に差し出した。
「だから大人をからかうのはやめろって言ってるだろ?俺は仕事中なんだよ。こんなの確認しなくたってわかるさ。悪い子にはお仕置きだ。お望み通り捕まえてやるよ。」
そう言って明らかに不機嫌さを増して差し出した俺の右手をタグごと掴み、カウンターに乗せていた左手の腕を押さえつけてきた。
「え、ちょっとまって。だから違くて……。」
「今更違うって言ったって遅いんだよ。親に迎えに来て貰うまで怖~いおじさんの説教でも聞いてろガキ。」
目を鋭く光らせて俺を睨みつける。タグごと掴んだ俺の右手と左腕を捕まえたまま立ち上がったせいで身体がカウンター越しに引き寄せられた。
俺の喉が『ひゅっ』て鳴ったのと、目の前の綿菓子頭の人が弾かれたのはどちらが先だったろう。
足に力が入らなくて崩れそうになった俺をクラウスが後ろから受け止めてくれたのが分かった。
「すまないが離れてくれ怖がってる。俺の連れだ、身元は保証する。」
いつの間にか数人のギルド職員に取り囲まれていたけれど今の俺はそれどころではなかった。
何故かすごく怖くて苦しくて、それから逃れようとクラウスの胸にしがみついた。
「トウヤ、もう大丈夫だ。ゆっくり息をしろ。」
ぎゅうっと胸に抱き込んで俺の背中を撫でてくれるのがわかる。視界の塞がれた中でクラウスのトクトクと鳴る心臓の音と声に安心して俺は意識を手放した。
163
お気に入りに追加
6,383
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる