迷子の僕の異世界生活

クローナ

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休暇と告白

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「おっふろ、おっふろ、おっふ~ろ~。おっふろ、おっふろ、おっふ~ろ~。ふわあぁ~。」

作詞、作曲、俺。『お風呂の歌』

ごきげんな俺は、朝風呂を満喫中だ。今はこんな感じで大きな湯船で頭を支えにプカプカ身体を浮かせてリラックスしているけれど、起きたすぐは大騒ぎだった。

寝ぼけていた俺はもぞもぞと動く気配にディノかサーシャだと思ってそのほっぺたにスリスリと頬ずりをしたんだけどふくふくのはずのほっぺが何故か固くて気に入らなくて、ぐりぐりしたら「くすぐったいからやめてくれ。」と声が聞こえて急速に頭が冱えた。

「固くて当たり前じゃんか。」

だって俺が頬ずりしてたのはボタンがとれてはだけたクラウスの立派な大胸筋だったんだから。

元の造りは同じなはずの自分の胸に両手をぺたりと当ててみた。恐ろしいぐらい平らだ。男だから当たり前なんだけど胸だけじゃなくて肩とか腕とかお腹とか力を入れないとそこに筋肉があるのに気づけない。
掃除や洗濯にも子供達と遊ぶのにも使ってるはずなのになぁ。

ささやかに盛り上がった腕の筋肉を撫でて慰めながら昨日はよくこの情けない貧弱な身体を恥ずかしげもなくクラウスの前に晒せたものだと自分のうっかりに感心してしまった。

お湯からあがってさっとシャワーを浴びると、ホカホカのまま服を身に着けていく。昨日は無理やり冷ましてしまったから今じんわり温かいのが心地良い。

部屋に戻ってクラウスに髪を乾かしてもらったらギルドに行く準備は整った。

「顔が赤いな。」

「お風呂上がりだもん。」

クラウスが俺の頬に手を当てると目の下を親指の腹でするりと撫でる。余計赤くなるからやめて欲しい。たまらずギュッと目を瞑ったら途端に唇にキスされてしまった。

今朝からもう何度かされて嬉しいけれど照れくさい。でも感触が後を引いて困ってしまう。だからと言ってゴシゴシ拭ったら駄目なのはわかるので自分の唇をむにょむにょさせてなんとかクラウスの柔らかい唇を忘れようとしているとまたマントを被されてしまった。

「何でコレ着るの?」

「昨日云ったろ?観光地だから多少治安が悪いんだ。店を見て歩きたいなら大人しく被ってろ。」

フードまで目深に被せられてしまったけど身に覚えのある俺は大人しく従う事にした。



宿を出てキョロキョロする俺をクラウスが手を引いて人混みをスイスイ抜ける。
程なくしてたどり着いたギルドの造りは大体同じなんだけど、カウンターの高さが違っていて、いつもの様に来た人も座って対応する場所と立ったまま対応する場所に分かれていた。

「観光地だから冒険者よりも一般のヤツのほうが多いからかもな。」

ほら、とクラウスが指差した先のカウンターの上には『依頼受付』、『道案内』、『その他業務』など細かく分かれていた。
あれだけ人の多い王都のギルドでもこんな案内板はなかった。

「あっちが換金カウンターだな行くぞ。」

右手の奥にそれを見つけて自然に手を引かれそうになった。

「ちょっとまって。お金出して貰うのぐらいもう自分でできるよ。それにクラウスが心配するようなことなさそうだよ?」

ここのギルドにはあんまり筋肉ムキムキの冒険者は見当たらなくて壁に貼り出されていた依頼も宿やお店のアルバイトや観光案内兼護衛依頼のようなものが多かった。

「まあ、この前の騎士団の討伐遠征で実入りのいい仕事はしばらくないからな。」

ざっと見回したクラウスは仕方なさそうに俺を見下ろすと。「行って来い」と背中を軽く叩いた。

「俺はあっちのカウンターで手芸屋の場所でもきいてくるよ。」

「あ、ありがとう!毛糸とか刺繍糸の置いてあるとこでお願いします。」

「分かった。」

軽く手を上げてクラウスは少し離れたカウンターに向かった。俺もその反対側の椅子のないカウンターの前に立った。
こちら側には椅子はないけどカウンターの向こうにはハイチェアーがあって若いギルドの職員さんは書類仕事をしているところだった。オレンジのふわふわパーマの頭が綿菓子みたいでちょっと触って見たいと思ってしまう。

「あのう」

「はい……あれ?空耳?」

俺の声に気付いて顔を上げたけれどキョロキョロした視線は俺を通り過ぎてまた視線を下げてしまった。

───あ、そうか。マントを着せられてたんだった。

フードを外してからもう一度お兄さんに声を掛けた。

「あの、すいません。お金出したいんですけど。」

「うわっと。え?なに?いつからいた?」

顔を上げたお兄さんは驚いて立ち上がると俺をまじまじと見てからまたカウンターに腰掛けた。
クラウスなら軽く背中を曲げて肘を置く高さのカウンターは俺には高い。二の腕を乗せる様にしてるのが情けないけど背伸びはしてないもんね。

「あ~悪いけど迷子なら向こうの『道案内』のカウンターに行ってくれる?ここ、お金扱うところだから。」

顔を書類に向けたまま手の甲を下に向けて「あっちへ行け。」とやられてしまった。むかっ。綿菓子みたいで可愛いと思ったけどナシだもんね。

「はいわかってます、お金出しに来ました。お願いします。」

「あのね、坊っちゃん。確かにお金持ちかも知れないけどお父さんのお金は勝手に出したりできないんだよ。」

王都でもそうだったけどお姉さんはもう少し言い方が丁寧で分かりづらかったから許してあげたけどこの人完全に俺の事子供扱いしてる。今朝お風呂で貧弱な身体を確かめたくせによく知らない人に断言されるのは気に入らなかった。

確かに迷子だけれど道案内できるもんならしてもらおうか?

──なんて事は言えないので久しぶりの営業スマイル全開でタグを取り出した。これが反応したらわかるよね。見た目で人を判断したら駄目なんだよお兄さん。

「大丈夫です。ちゃんと俺のなんで。これお願いします。」

「あのな坊っちゃん。俺これでも忙しいんだわ。お前がどこの金持ちか知らねえけどな例え親のでも人のやつ使っちゃ駄目なの。わかる?」

書類を脇へガサガサとどけてカウンターにどっかり肘をついて俺に説教を始めた。そんなに強気に出たら後で自分が恥ずかしくなるんだからな!

ここまで遠慮のないあからさまな子供扱いは初めてで俺もちょっと。いやかなりカチンと来てたので思わず強気に出た。

「だから俺のだってば。ちゃんと見ろよ。」

首から外すのももどかしく綿菓子頭の鼻先に差し出した。

「だから大人をからかうのはやめろって言ってるだろ?俺は仕事中なんだよ。こんなの確認しなくたってわかるさ。悪い子にはお仕置きだ。お望み通り捕まえてやるよ。」

そう言って明らかに不機嫌さを増して差し出した俺の右手をタグごと掴み、カウンターに乗せていた左手の腕を押さえつけてきた。

「え、ちょっとまって。だから違くて……。」

「今更違うって言ったって遅いんだよ。親に迎えに来て貰うまで怖~いおじさんの説教でも聞いてろガキ。」

目を鋭く光らせて俺を睨みつける。タグごと掴んだ俺の右手と左腕を捕まえたまま立ち上がったせいで身体がカウンター越しに引き寄せられた。

俺の喉が『ひゅっ』て鳴ったのと、目の前の綿菓子頭の人が弾かれたのはどちらが先だったろう。

足に力が入らなくて崩れそうになった俺をクラウスが後ろから受け止めてくれたのが分かった。

「すまないが離れてくれ怖がってる。俺の連れだ、身元は保証する。」

いつの間にか数人のギルド職員に取り囲まれていたけれど今の俺はそれどころではなかった。
何故かすごく怖くて苦しくて、それから逃れようとクラウスの胸にしがみついた。

「トウヤ、もう大丈夫だ。ゆっくり息をしろ。」

ぎゅうっと胸に抱き込んで俺の背中を撫でてくれるのがわかる。視界の塞がれた中でクラウスのトクトクと鳴る心臓の音と声に安心して俺は意識を手放した。





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