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騎士とミサンガ
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しおりを挟むクラウスの話 王都編⑪ ~ 討伐遠征 その2~
「戻れセオ────!」
暗闇の向こうでオースター団長の声が聞こえる。セオには己の未熟さは充分わかっていた。今の行動がどんな結果を産むのかも。だけど向けられた魔獣の鼻先にいた仲間が『あの時』助けられなかった家族に見えた。
そして仲間へ向かう魔獣の気を惹き付け走り抜けた先に逃げ場がなかった。
正面に剣を構えたが後ろに引いた右足は崖のギリギリを捉えていのだ。
セオの剣は振り下ろされた魔獣の腕に弾かれ、その勢いのまま鋭く大きな爪がセオの肩から胸を切り裂いた。
「セオ──────!」
セオの耳にクラウスの声が届いたかわからない。弾かれた体はそのまま崖の下に落ちていった。
「うわああああ──────っ!!」
叫び声を上げ起き上がったセオの手は何かを振り払うように空を切った。
「気がついたか?」
「────え?」
「大丈夫か?酷い汗だな。どこか痛む所はないか?違和感のある所とかは?」
俺が渡したタオルを受け取りながらセオは唖然としている。それもそうだろう。セオが叫び声を上げたそこは森の中ではなく、焚き火の炎に照らされた洞窟の中なのだから。
「え?……クラウス…さん?う…うげっゴホッ、ゴホッ!」
何か言葉を発しようとしたところでむせ返る。のどの奥にへばりついた錆びた味がこみ上げたのだろう。
セオが土の上に吐き出したものは血だ。
「まだ残っていたな。これで口をすすげ。」
意識を取り戻したばかりで混乱しているだろうセオに水を差し出した。
「すいません……何がなんだか……」
「だろうな、焦らなくていい。先ずは息を整えろ。」
セオは悪夢から醒めたばかりで心拍も息も上がっていて肩を大きく上下させながら短く息を吐いている。
震えた手で口に運んだ水は半分がこぼれてしまった。
「あの、えっと。……夢?俺…確か団長達とはぐれて……それから──」
こぼれた水を手で拭い、口から首、胸へ撫でおろしたところでセオの顔色が変わった。
それもそうだろう。流れ出た血は拭ってあるが、その手は切り裂かれた血塗れの騎士服の下の素肌に触れたのだから。
「夢…………じゃないんですか?でも傷が……。」
「夢じゃない。お前はあの魔獣に襲われて傷を負って崖から滑り落ちた。」
ようやく俺と視線のあったセオにその身に起きた事を話す。
「俺が崖の下に降りたときにはお前は血だらけで横たわっていたよ。」
「じゃあ、クラウスさんが助けてくれたんですか?こんな傷が跡形もなくなるような高価なポーション俺なんかに……」
セオの言葉に首を横に振り否定を表す。
「俺じゃない。確かにお前をこの洞窟まで運んだのは俺だけど傷を治したのは俺じゃない。」
「クラウスさんの言ってる意味が理解できません。じゃあなんで……」
セオの云うように跡形もなく傷を治すポーションはあるにはある、しかしそれは国宝級だろう。俺の手持ちのポーションでは足りない。それほどにセオの傷は深かった。
今の時点で考えられる可能性は2つ。
「……俺も正直よくわからない。だけど俺がお前を見つけた時、目の前でお前の傷がみるみる塞がって行った。でもそれはお前の能力じゃないんだな?」
「違います。」
「そうか。じゃあ多分、いや間違いなくこれだと思う。」
セオが否定したことで可能性は1つに絞られてしまった。
俺は左手にあるものを指し示す。同じ物がセオの右手にもある。
「トウヤさんのくれた飾り紐ですか?まさかそんな……」
「ああ、でもそうだと思う。俺もお前を追って崖を降りた時に枝で顔を切ったが今はかすり傷ひとつ無いだろう。前にもあったんだ。キールにやられた傷が2日後には傷跡すらなかった。見えにくい場所だったがトウヤが触れるまでは確かにあったはずなんだ。今思えばあれもそうなのかも知れない。」
「でもトウヤさんは魔法が使えないって聞いてます。」
「知ってる。でも俺でもお前でも無いならこれしか考えつかない。それに昨日団長も言っていた。『今年の部隊は優秀だ。体調を崩すやつも怪我をするやつもいない』って。確かにおかしいんだ。討伐遠征はいくら日頃鍛錬していても毎年小隊ひとつくらいは使えなくなるものなのに。」
その言葉にセオが口元に手を当てて記憶を探る様な仕草を見せた。
「お前も何か思い当たるのか?」
「トウヤさんが来てから子供達が体調がいいってノートンさんが言ってました。特にライ……双子の弟の方なんですが割と身体が弱くて熱もしょっちゅうだしその上喘息持ちなんですがトウヤさんが来て以来発作もなくて健康そのものだって喜んでました。」
セオがためらいながら話したそれはただの『偶然』かも知れない。だけど重なりすぎるとそれは『不自然』だ。
崖の下でセオを見つけた時、自分の目の前で起きていることが常識を超えているのはわかった。
あの時、魔獣の姿に阻まれてセオに何が起こったか見ていたのは俺だけだった。セオの容態を確認するのと氷漬けにして足留めしてきた魔獣の討伐の完了を連絡してきたオースターには『無事』の知らせと『脳震盪を起こしているから回復次第合流する』と伝えておいた。
セオが気を失ってる間、そうじゃない可能性を考えた。ソフィアに見せられたトウヤの記録には魔法属性が読み解けなかった。もちろん『治癒』でもない。トウヤ自身、自分に魔力があることもわかっていなかった。
けれど、トウヤは魔法を『使えない』んじゃなくて『使ったことがない』が正しいのかもしない。
「……セオ、お前この事誰にも言わないでおけるか?」
「なぜですか?これがトウヤさんの力なら凄いじゃないですか!」
「ダメだセオ、まだトウヤだと決まったわけじゃない。それに…トウヤだとしてもダメだ。」
「どうしてですか?」
「治癒能力が高すぎるんだよ。起きた時に血を吐いただろう?お前の傷は多分肺まで達していた。見つけた時はもう助からないかと思った、足だって折れてたからな。それがどうだ、残ってるのは騎士服を切り裂いた爪の痕だけだ。こんな事できる治癒魔法士なんて聞いたことがない。こんなのがバレてみろ。良くも悪くもトウヤは『桜の庭』にいられなくなる。」
「あ……」
今現在、国内外に俺が目にした奇跡の様な事ができる治癒魔法士など噂にも耳にした事がない。これが本当にトウヤの能力なら誰もが手に入れようとするだろう。それは我が国フランディールも同じだ。
「俺誰にもいいません。約束します。」
「ありがとう。王都に戻ったら俺の方でこの飾り紐の事調べて見る。ああでも……ダメだな。兄に聞いたらすぐに聞きつけられそうだ」
先日ルシウスの所に行った折、俺がいるとわかっていてユリウスが来た。それこそ秘密にはしておけなくなる
「それならノートンさんはどうですか?ノートンさんは前にトウヤさんがつけていた『お守り』の付与魔法を読み取ってました。ノートンさんなら話しても大丈夫だと思います。それにあの人元王国魔法士です。」
「院長か……確かに相談するには最適かも知れないな。」
見送りの日にわずかに言葉を交わしただけだが、祖母の紹介を断って自らトウヤを選んだ人物だ。元王立魔法士ならこの飾り紐の危うさもすぐに理解するに違いない。
「わかった、セオ。王都に戻ったら院長に会わせてくれ。それまでこの事は二人だけの秘密だ。トウヤにも話すなよ。」
「わかりました。」
話の折り合いがついたところで俺たちは本体に合流することとなった。
セオは貧血の症状以外はやはりかすり傷ひとつなく、遠慮するのを無理やり背負って拠点に戻った。
心配していた隊員が駆け寄ってきたけれどセオの胸の包帯と裂かれた騎士服に更に心配の声を上げた。暫く演技力がいりそうだ。
取り敢えずセオの胸には俺の腰に付けていた小さな魔法鞄から包帯を取り出して巻きつけてある。これから先、王都までの移動の間セオにはまるで減っていないだろう救護の備品を積極的に減らして貰う事にした。
「最後はヒヤっとさせられたがセオも無事だった。これで今年の討伐は完了だ。みんなよくやった。さあ王都に帰ろう!」
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