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騎士とミサンガ
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しおりを挟む「髪と着替えとどちらが先なの?」
「どっちでも平気よ。」
「じゃあドレスを踏んじゃうといけないから髪を先にやらせてね。」
椅子に座ってもらいポニーテールのリボンをほどきキレイな紅い髪に櫛を通していく。健康的な艷やかな髪だ。
部屋に2人きりと云う状況を確保したけれど、保身とアンジェラの名誉の為にドアは全開にした。
こういった行為は癖みたいなもので自然と身についた。まあ施設の女の子に異性扱いされたことなんて一度もないけど大人の視線は問題が起きることをいつも心配していたから仕方ない。
「あの…アンジェラ。聞いてもいいかな?どうして泊まりたかったの?帰りたくないの?」
アンジェラの正面に置いた鏡越しに櫛を通しながら聞いてみた。
「……お父様と喧嘩したの。今日も屋敷から逃げ出したかったのが1番の理由。『桜の庭』にならでかけてもいいと言われたから。」
「どうしてここならいいの?」
「『桜の庭』なら貴族の娘の嫁入り修行の場所って言われてるからよ。知らないの?」
前にノートンさんが迷惑そうに言ってたあれかな?エレノア様からの紹介もきっとそれだって……でも俺の事だったから思い違いだったんだけどね。
「そうなんだ。」
編み込みをはじめながらその先に踏み込んでいいものか考えているとアンジェラが理由を話し始めた。
「だからね、どこまで行ってもお父様と私の話が噛み合わないの。」
アンジェラの話は簡単に言ってしまえば『娘の幸せな結婚を望む父親』と『国のため、伯爵家のための結婚を望む娘』の意見の相違。普通は逆なんじゃないのかな?
そんなアンジェラのお父さんがクラウスの事が好きだから結婚をしたがっていると思っていたのに『クラウス様はお相手が決まったみたいだからその次に後継じゃない魔力の高い人と見合いをするからよろしく』なんて言われたらそりゃあ慌てるだろう。
「お父様がそう言ってるんだからアンジェラは好きな人と結婚できるんだから嬉しくないの?」
「嫌よ!私の代で伯爵家を潰したらご先祖様に顔向けできないわ。トウヤにはわかんないんだから口出ししないで!」
急に声を荒げたアンジェラに驚いた。でもただそれだけだ。
どこよりも身分の上下のない国で育った俺には貴族に対する畏怖も平民というコンプレックスもまるでない。
でも鏡の中のアンジェラが自分が思わず発した言葉に顔色を無くしていた。
「ごめんなさい。私ったら。」
「ダメだよいま下向かないで!」
両側から編み込んだ髪を丁度リボンで結ぶところなんだから。
「ごめんね。ちょっと引っ張っちゃった。」
アンジェラに謝ったけど視線を合わせてくれない。俺を傷付けたと思って気まずいんだろうな。
「……俺はお父さんの気持ちわかるな。だってマリーやサーシャ。もちろん他の子たちもだけど俺の為に好きじゃない人と結婚するって言ったら凄く怒るよ。怒って、それから悲しくなって、自分が大嫌いになって、最後は消えたくなっちゃうかなぁ。」
「────え?」
俺の言葉に驚いたアンジェラとようやく目が合った。
「はい、できたよ。ふふっ、やっぱりこの髪型はドレスじゃないとちょっとおかしいね。」
我ながら上手く結い上げた髪に満足してベッドの上に腰を降ろす。鏡から消えた俺の姿を追ってアンジェラが俺の方に向き直った。
「でもホントは偉そうなこと言えないんだ。前にいた町で男の人にお世話になった人の事で脅されてさ、元々俺が原因だったから相談もしないでついてったんだ。そうしたらさお茶を飲むだけの約束だったのに攫われちゃったんだよね。」
「ど、どうなったの?」
「気になる?薬を使われて眠ってるうちに好きなようにされるところだった。お世話になった人やクラウスやギルドの人達が寸前で助けてくれたよ。それで勝手な事して怒られると思ってたらみんなに謝られたんだ。『すまなかった。』って。俺沢山の人を悲しませてたんだ。」
唐突な俺の話にアンジェラが不安な顔になるのであえて明るい口調で話すのに努める。
「それにね、好きでもない人に触られたことを思い出すと今でも凄く嫌な気分になるよ。男の俺がそれだけの事で最悪な気分になるのに女の子のアンジェラが好きでもない人と結婚して子供作る事なんてさせたくないな。アンジェラのお父様もきっとそう思うんじゃないかな。」
16歳の女の子にする話じゃないと思ったけどアンジェラの言ってることはまるでついこの前の俺みたいだった。誰に言われたわけでもないのに勝手に考えて自己完結して、周りを悲しませる。あれ?俺常習犯じゃん。
「でも跡継ぎは私だけだわ。優秀な後継を望むのは当然のことなのよ?」
「うん、きっとアンジェラにとって凄く大事なことなんだろうね。さっき言われたみたいに俺は貴族の人の立場とかまるでわからないからあんまり役に立たないかもしれないけどさ、俺の気持ちとお父さんの気持ちは同じだと思うからそれだけは忘れないで?」
「同じ気持ち?」
「うん、アンジェラには幸せでいて欲しい。『桜の庭』で子供達と遊んでる時みたいにずっと笑っていて欲しいな。」
アンジェラがその返事を迷ってると窓際の小鳥が鳴いてカイとリトナが来たのを知らせた。
「もうこんな時間だ、ごめん俺行くね。着替える時は鍵を掛けるんだよ。それから俺みたいにひとりで考えてひとりで答えを出したりしないでアンジェラの気持ちをきちんとわかってくれる人に相談してね。」
そうは言っても結局は他人の考えは押し付けにしかならないからアンジェラ自身が納得する答えをを見つけるしかない。でもできれば今とは違う答えにたどり着いて欲しいと思う。
「じゃあ、後で」と閉じかけたドアをもう一度開く。
「もしも……もしもだよ?アンジェラがやっぱりクラウスがいいって言うなら俺も負けないよう頑張るから。」
早口でそれだけ言ってドアを閉めた。ひと呼吸おいてからアンジェラの笑い声が聞こえてきた。
顔が赤かったのを笑っているのかな。でも言っておかないとダメだと思ったんだ。
俺が下に降りてからしばらくすると台所の窓から1台の馬車が門の前に止まるのが見えた。
アンジェラを迎えに来た侍従さんとメイドさんにエントランスで待ってもらっているとドレスを来たご令嬢が階段をゆっくりと降りてきた。
馬車に気付いた子供達もエントランスにやってきてアンジェラの美しい姿に見とれている。
「本日はお世話になりました。」
「こちらこそ子供達を見ていただいでありがとうございました。よろしければまたいらしてください。」
ノートンさんの挨拶の終わりに令嬢のアンジェラに向かって頭を下げるとドレスの裾を持って少し腰を落として挨拶を返してくれた。
「「おねーちゃんまたね」」
「「また遊びに来てね」」
「うん、また来るわね。トウヤ。」
子供達にもさよならをしてそれで帰ると思ったのに名前を呼ばれて近寄った。
「『もしも』だけは本当に絶対無いから安心しなさいよ。」
そう言ってにやにや笑うアンジェラは全然令嬢の顔じゃなかった。
長い間それが正しいと思っていたことの考えを変えるのは難しい。俺もよくわかる。でもそれが本当に正しいかどうかは自分では気付けない。俺の間違いはクラウスが教えてくれた。アンジェラにもいるよ。
『アンジェラのお父さん頑張って!』
馬車を見送りながら心の中でエールを贈った。
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