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雨降り
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しおりを挟む部屋に戻ったものの今日はいろいろありすぎてすぐには眠れそうになかった。
でも時間は遅い。
買ったものは明日まで置いておくことにして取り敢えずベッドに入った。
そして何度も俺の心を温めてくれた今日の一日をたどっていく。
ノートンさんにクラウスのことを言えて本当に良かったと思う。セオと同じ様にここに来るのが『運命だ』と言ってくれた。そう思っていいだろうか。俺がこの世界に迷い込んだ理由が『桜の庭』に来るためだったと。
養護施設を出て自分の名前を嫌いになった日から、それまで以上に独りになった。それでもその独りを楽しむ事でなんとか過ごしていたのにこの世界に転移して俺の生い立ちを蔑んだりする人のいない場所で優しさに沢山触れた。
本当は俺の目が濁っていただけで手を差し伸べてくれた人もいたかも知れないけど卑屈になっていたあの頃の俺にはその手を取ることは事は出来なかっただろう。
出掛けた俺を葉っぱまみれでお昼寝もせず待っていたサーシャ、ロイ、ライ、ディノ。俺の代わりに洗濯物を取り込んで門まで迎えに来てくれたマリー、レイン。『おかえり』と言ってくれたノートンさん。
子供達がはしゃぎまわるこの庭の、大きな『始まりの桜』が咲くのをみんなで一緒に見たいと思うようになった。
可愛い子供達に囲まれて、『ただいま』と言える場所が出来て、信頼できる人も沢山出来て、好きな人までいる。
そう、俺の好きな人。
俺の殻を砕いてくれた人。誰よりも俺のみっとも無い部分を知っているのに今日も丸ごと許して、包み込んで抱きしめてくれた。
あれ程嫌いになったこの名前もクラウスになら何度でも呼んで欲しい。
時間にしたら短かったかも知れないけれど『桜の庭』で働き始めてから1番長く、1番近くにいられた。
ギルドの前でクラウスの声が聞こえた時、会いたいと思うあまりの幻聴かと思った。
近すぎた距離は照れくさかったけど、抱きあげられて見下ろした間近で見たクラウスの顔はやっぱり格好よかった。
瞳を縁取る長い金色のまつ毛とか、きれいに通る鼻筋とか、整った唇とか、露わになったおでことピアスがついた耳たぶ。
よく似合ってた。
対だと云われた『お守り』は金と蒼で出来ていてとても綺麗だからピアスが透明の石で良かったと思った。だって黒だったらホクロみたいだ。クラウスの形の良い耳にはキラキラ光る石がよく似合う。
初めて『とまりぎ』で出逢った時のクラウスは長い真っ直ぐな金髪がキラキラして綺麗で、かきあげたりする仕草も凄くカッコよかったけど『騎士様』のクラウスは前髪を上げて後ろに流し首の所できっちり結んだスタイルは王子様みたいだ。あんな人が俺の事を『好き』だなんて未だに夢なんじゃないだろうかと思ったり……
「大丈夫、ちゃんと痛いや。」
少しだけ心配になって頬をぎゅうぅっとつねったら『お守り』が小さく音を立てた。
壊さなくても俺を護ってくれるのはわかった。それは凄く嬉しい事だ。だけどたったあれだけの事で反応っしちゃうんだな。あ、でもサーシャに飛びつかれた時は何ともなかったから俺が『嫌だ』とか『怖い』とか思うときだけかなぁ
そう言えばギルドのお兄さんが『過保護過ぎ』って言ってたっけ。あの人もノートンさんみたいにこの『お守り』の魔法が見えてたんだよね。
………居場所も分かるGPSみたいなのがついてんのかな。何かあって心配掛けたらいけないよね、討伐遠征に行ってる間は外出控えよう。
今日、ギルドでラテ屋のお姉さんが突然抱きつこうとしなければ会えないまま討伐遠征に行ってしまい、もっと会えなかったかも知れない。俺の気持ちもまたどこかで勝手に捻くれていたかも知れない。
でも、もう揺らいだりしない。
何処の誰でも何を云っても気持ちは変わらないのは俺も同じだよ。クラウスを好きでいちゃいけないと思ってあんなに苦しいならこの先どうなろうとクラウスを好きなままでいたほうが幸せな気持ちでいられる。
逃げるつもりなんてまるでなかったけれど、頭の後ろと背中に回されたクラウスの手に俺は身じろぎも出来なくてクラウスの唇が離れるのを待つ間を思い出すとつい息を止めてしまう。
それと同じ様に、思い出すと直ぐに熱を感じてしまう唇の横に当てた指先を横にずらして自分の唇を撫でれば本当にして欲しかった場所が何処だったのかわかってしまった。
俺の『好き』も抱き締められてキスしたい『好き』なのはもう誤魔化しようがない。だけど…そうなんだけど……
「無理だよぅ……」
あれだけの事でいっぱいいっぱいなのに心臓麻痺で死ぬかも知れない。
結局俺は眠れなくなってベッドを降りると机に座って小さな灯りを点けて今日の買い物の袋を開けた。
中から手に入れた刺繍糸を並べる。
「久し振りだけど上手く出来るかな。」
施設にいた頃、文化祭や体育祭、部活の大会が近くなると学校で安受け合いしてきた子の手伝いで何十本も編んだミサンガ。
討伐遠征に行くクラウスに今の俺に何か出来る事は無いだろうかと考えた精一杯がこれだった。ただのおまじないだけど俺からも『お守り』を渡したかった。
安直かも知れないけれどベースは赤青黒の騎士隊の色。そこにこっそり金色を忍ばせて編む。
クラウスが怪我をしませんように。
もしも怪我をしても早く治りますように。
病気をしませんように。
無事に帰ってきますように。
願い始めればキリがなくひと編み毎にクラウスへの祈りを込めたミサンガはあっとゆう間に出来上がった。
「良かった。久し振りだけど上手く出来た。」
出来上がったミサンガを見て満足した俺はそれを引き出しの中にしまってようやく凪いだ気持ちでベッドに入った。
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