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雨降り
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しおりを挟む「もぉ~、全然収まらない。」
ギルドから今までのクラウスと一緒にいた余韻が抜けなくて俺は路地から出られないでいた。
涙なんてとっくに引っ込んでいるけれど顔に熱が何度もぶり返す。
マント……貸してもらえばよかったかも。
秋風の寒さの中でも熱の引かない顔を手で仰いでいた俺は教会の鐘で我に返った。
「そうだった。手芸屋さん行くんだった。」
外出の目的を忘れてしまいそうになるくらいクラウスとの時間に俺の心が占領されていた。深呼吸を2回して「よし!」と気合を入れてから路地を出て手芸屋さんの扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あら、可愛いお客様。何をお探しかしら?」
こじんまりとしたお店の中に足元から天井まで色とりどりの布地がいっぱいある。声を掛けてきた店員さんはここの主だろうか。真っ赤なニットのワンピースとお揃いの帽子はどちらも手編みかな。ところで……お姉さ……ん?かなぁ?
「あの、刺繍糸が欲しいんですけどありますか?」
「あら、可愛いお客様刺繍が好きなの?それならこっちに沢山あるわよ。」
お姉さん?に案内されて布地の奥の棚に行けば引き出しに色とりどりの刺繍糸が並んでいた。良かった、このお店で用事は済みそうだ。
俺は赤と黒と青の刺繍糸を沢山とそれとは別に何種類かの糸を選んだ。
手芸屋さんを出て『桜の庭』まで踏み出した足は自然と走り出していた。なんだかとても長く子供達と離れてしまった気がして出掛ける前のうるうるした可愛い瞳を思い出したら早く会いたくて仕方なかった。
教会の広場を抜け、小道に入ると『桜の庭』の縦格子のフェンスが現れる。
入り口を目指して走ってた横から突然サーシャの声が聞こえた。
「まりー、れいん、かえってきたよぅ」
上がった息を整えながら近付けば、縦格子を握る小さな手がいっぱいある。
「みんなでどうしたの?こんな所で。」
変わった生き物でも見つけたのかな?
「えへへ、みんなでとーやをまってたの。」
普段は来ない敷地の隅だ。サーシャもロイもライもディノも頭や服に落ち葉がいっぱいついている。
「待ってて!すぐ行くから!」
あんな隅っこで?俺が戻ったらすぐわかるから?気持ちは逸るのに『桜の庭』は敷地が広くて門までが遠い。
やっと門をくぐって芝生の上に足を踏み入れたところで走ってきたサーシャにタックルされて尻もちをついた。
「さーしゃたちちゃんと『おるすばん』したよぅ」
へニャリと笑うその顔が可愛くてぎゅうって抱き締めた。
すぐにロイとライもディノの手をつないで走ってきた。
三人も順番に抱っこして服と頭の葉っぱっを払っていると洗濯物を持ったマリーとレインともやってきた。
「何よ案外早かったのね。」
「何言ってんだよ、マリーもチビ達と変わらなかったくせに。」
「2人ともお手伝いありがとう。洗濯物取り込んでくれてるんだね。急に留守にしてごめんね、代わるよ。」
なんだか言い争い始める2人から洗濯物を受け取ろうとしたら、伸ばした手からカゴを遠ざけられた。
「そんなにいっぱいくっついてたら無理でしょ。」
確かにマリーが云う通り立ち上がっても俺の周りには小さい子組が俺の服を引っ張ってくっついていた。
「やぁトウヤくん、戻るなり大人気だね。」
「遅くなりましたノートンさん、お仕事お任せしちゃってすみませんでした。」
「用事は済ませられたかい?」
「はい、ありがとうございました。」
「そうか、じゃあみんなトウヤくんが戻ったしもう中に入ろうか。」
「「「はーい。」」」
「ああ、そうだトウヤくん」
一度扉を入りかけたノートンさんが振り返った。
「はい」
「おかえりなさい」
「は、はいあの……ただいま……です。」
俺の返事に満足したようににっこり笑ってノートンさんが中へ入って行った。随分と口にしてなかったその言葉を云うように促されてようやく気づいた。
そっか、ここには俺の帰りを待っててくれる人がいっぱいいいるんだ。
「ふふっ。ただいま、みんな。」
荷物とコートを部屋に置いてエプロンを付けまずはベッドメイクにかかる。いつもお昼寝時間に済ませてしまうので久し振りに子供達が全員ついて回っている。マリーとレインは『自分でやるよ』と手伝ってくれた。
その後もずっと俺の周りで小さい子組ははしゃいでたんだけど夕飯のお皿の端にのせたドーナツを1番始めに食べた辺りから少し落ち着いたせいかなんだかみんな眠そうだ。
ディノなんてほとんど寝てて、ほっぺをつつかないと口の中のパンを咀嚼しないほどだ。
後片付けを高速で済ませるとみんなをシャワーで綺麗にしてマリーに髪を乾かして貰う頃には次々寝落ちしてしまった。
マリーとレインにもおやすみのハグちゅうをして、俺はリネン室に向かった。静かな部屋の中でひとり後回しにしておいた洗濯物をたたんでいたら「手伝うよ」とノートンさんがやってきた。
「いえ、もう終わります。」
「そうか、じゃあ一緒にお茶でもどうかな?」
「あ、はい頂きます。」
誘われるまま台所でノートンさんに入れてもらったお茶で一息ついた。
「今日はみんな寝るのが早かったろう?」
「はい。髪を乾かす間起きてるのが精一杯でした。そんなに沢山遊んだんですか?」
するとノートンさんがバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「すまない、上手くお昼寝をさせられなかったんだ。」
「そうでしたか。すみません、俺が我儘を言ったからですね。」
やっぱり次に出掛ける用事が出来たらお昼寝させてからにしよう。俺のせいで子供達のリズムが狂ってしまうのは申し訳なかった。
「いや、違うんだよ。まあ確かにトウヤくんがいなかったからなんだけど。小さい子達だけじゃなくてマリーとレインもずっと落ち着かなくてね。」
「2人もですか?」
「どうやらみんなトウヤくんがちゃんと帰って来るか心配だったみたいだ。」
「流石に迷ったりしませんよ。みんな心配性だなぁ」
「いや、そうじゃなくてね。トウヤくんが出掛けたまま戻って来なかったらって心配してたんだよ。」
「……え?」
マリーとレインはいつもしっかりしていて、俺が来るまでは小さい子4人の面倒を起きてから眠るまでノートンさんと一緒にみていたから今だって本当に頼りになる。気がつけば自然に手伝いに入って俺をサポートしてくれている。そんな2人がそんな心配をしていたなんて。
「トウヤくんは本当に子供達に愛されてるね。もちろん私もだよ。キミがちゃんと帰ってきてくれてみんな安心しただろう。だからこれからも気にせず出掛けなさい。それと前も云ったけどトウヤくんも『王妃様の愛し子』なんだから帰ってきたら真っ先に『ただいま』を言いなさい。わかったかね?」
「……はい。」
最後はなんとなく叱られた気がして少し嬉しかった。
「ノートンさん。僕、云わなくちゃいけないことがあるんですけど聞いてもらえますか?」
向けられた優しさに隠し事をしているようで、俺はノートンさんにマデリンで迷子になった事、ビートに拾ってもらった事、『とまりぎ』で働いた事、それから『とまりぎ』のお客さんだったクラウスについて王都に来た事、ここを紹介してくれたのもクラウスでエレノア様が紹介しようとしてたのが俺自身だった事を順に話していった。
「そうか、それは凄い偶然だ。面白いね」
「面白いですか?」
話し終わったあとノートンさんの口から出た言葉は意外だった。しかも笑ってる。『無駄だった』とか云われると思っていたから。
「だって、どうしたってここに来るのがトウヤくんの『運命』みたいじゃないか。」
「セオさんと同じ事を仰るんですね。」
思わずふふっと笑ってしまった。
「なんだ、セオはもう知ってるのか。つまらないな。」
「エレノア様とノートンさんの話を聞いて気がついた時にそう言ってくれました。あと、その……」
「なんだい?」
「ノートンさんが体調が悪くなったのは『嘘』だって……」
「なんだ!それまでバラしてしまったのか。」
「実は半信半疑だったんですけど……でもウソで良かった。ずっと心配してたんですよ。」
「いや、騙して悪かったね。だけど今でもあの時の私が誇らしいよ。いや、トウヤくんの靴をとってきてくれたディノの方が凄いのかな?あの時君と出会わず、エレノア様からの紹介で君と会ったならもしかして私も子供達も素直に君を受け入れられなかったかも知れない。トウヤくんと教会の広場で出会い、キミの真心に触れたからこそ全幅の信頼を寄せることが出来たんだと思うよ。」
眼鏡の奥の金の目が優しい。俺に必ず優しい言葉をくれるノートンさんこそ『真心』の塊の様な人だと思った。
「それじゃあその『お守り』の送り主はその『クラウスさん』かい?」
「え、いえ、あの……はい、そうです。」
「そればっかりは残念だ。」
「そうなんですか……。」
やっぱり釣り合わないだろうか。思いがけない言葉にテーブルの下で『お守り』を撫でていた。
「だって私はトウヤくんにずっとここにいてもらいたいと思ってるんだ。それからセオにもできれば私の後を任せたいと思ってる。だから……あわよくばトウヤくんとセオが結ばれてくれたら『桜の庭』は安泰だと思うんだ。」
「それは……」
「ふふっただの年寄の思いつきだ。わかってるよ、今朝も言ったように昨日までトウヤくんがずっと無理して笑ってるから心配していたけどその左手に『お守り』が戻ってからキミの笑顔が元に戻ったね。トウヤくんの笑顔に『クラウスさん』が必要なんだとよくわかったよ。だから私的には『残念』だ。」
いたずらっぽい顔で笑うノートンさんにそんな事を云われ、変わらなく過ごしてたつもりだったのにもの凄く照れくさくなった。
「さて、私はもうひと仕事しようかな。もう遅いからトウヤくんも部屋に戻りなさい。」
そうゆうとノートンさんは二人分のカップを流しに置いて俺を立たせると廊下まで連れ出した。
「沢山お話できて嬉しかったです。ありがとうございました。おやすみなさいノートンさん」
「私もだよ。おやすみトウヤくん。」
見送られて部屋に戻るのは初めてで、俺はなんだか背中がくすぐったく感じた。
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