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雨降り
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しおりを挟む結論から言うと、アンジェラさんはとってもいい人だった。
彼女はみんなの朝食が終わった頃『桜の庭』へやってきた。可愛らしいピンクのドレスを着たお姫様に子供達は大喜びだったけど直ぐに俺の様なシャツとパンツに着替えてしまったのだ。
「だってドレスじゃ子供達と遊べないじゃない。」
綺麗に巻かれていた髪も自分でさっさとポニーテールにしてしまった。
その結果俺はまるでセオが来てるときみたいに暇になった。
洗濯物を干したりしている間、ノアルはノートンさんの側で過ごす。本当におとなしい子なのでおむつとミルク以外俺がいなくてもきっと大丈夫なんだ。
疎外感を感じながらも庭のベンチに腰を降ろすと隣にアンジェラが座った。
「あ~楽しぃ!こんなに遊んだの久し振りだわ!学校卒業してから毎日行儀見習いばっかりで逃げ出したいばっかりだったもの。」
うっすら汗をかくぐらい全力で鬼ごっこしてたもんね。
「アンジェラさんのおかげで子供達が凄く楽しそうです。今日は来てくれてありがとうございます。」
紛れもない本心だ。
「アンジェラでいいわよ、その代わり私もトウヤって呼んでいいかしら。」
「はい、勿論です。」
「あ~その敬語もいらない!同い年でしょ?」
「じゃあ遠慮なく。でもどうかな?僕は18だけど。それに来月くらいには19…」
「え!?2才も上なの?働いてるから16以上だとは思ってたけど……」
……じゃあ本当はいくつに見えてるんだろうね。
「ま、若く見えるのも良いことよ、うん。トウヤ可愛いからきっとお嫁さんに欲しがる人がいっぱいいるわよ、うん。」
1人で納得してまた子供達の中に戻って行ってしまった。もしかしてこの世界でちっさい俺は旦那さんの選択肢はもらえないのだろうか。アンジェラだって同じくらいなのに……ひょっとしてまだ伸びちゃうの?
元気に遊ぶ子供達とアンジェラに俺は必要なさそうだなぁと思ってノアルの元へ向かった。
「彼女はどうだい?負担になってないかい?」
ノートンさんが気にしてくれるけど全然負担じゃない。
「むしろセオさんが来てる時くらい子供達と遊んでくれてみんな楽しそうにしてますよ。」
「そうなのかい?貴族の令嬢なんて昔は子供がドレスに触れただけで悲鳴をあげてたものだけど。時代がかわったのかあの娘が変わってるのかどちらだろうねぇ。」
「悲鳴どころか汗をかいて鬼ごっこしてますよ。」
「昨日はどうなるかと心配したけどいやはや、見かけで判断するのは良くないね。」
その通りだと思った。
お昼の配達が来たら台所にやってきて俺に聞きながら小さい子組の分を危なっかしい手付きで一生懸命細かく刻んでくれたり、『おねえちゃんあ~ん』とおねだりするディノの口におかずを運んでくれたりもする。
「アンジェラ子供好きなんだね。」
「早く終わればトウヤはノアルを見てあげれるでしょ?」とお昼の後片付けまで手伝ってお皿を拭いてくれる彼女に聞いてみた。
「私一人っ子なの。ずっと弟か妹が欲しかったから今日は本当に楽しいの。」
「そうなんだ。おかげで僕大助かりだよ。」
「……そう、カナ?これなら家庭的って思って貰えるかな?」
「……昨日話してた人?アンジェラはその人が好きなの?」
相手が知らないと思って聞いてしまうなんて俺って結構ズルい。でも聞きたかった。
「私ね、こう見えて伯爵家の跡取り娘なの。だからそれなりの人とどうしても結婚しなくちゃいけなくて。それならクラウス様がいいなぁって。」
それは『好き』ではないって事でいいのかな。
「クラウス様ってエレノア様のお孫さんでね、私が初等部2年の時にクラウス様は最高学年でその時剣術大会で優勝したのよ!すっごく格好良くて素敵で、私の初恋の人なの!剣術だけじゃなくて素晴らしい氷魔法の使い手でもあるの!そんなに凄い方がいくら三男だからって平民になるなんて勿体無いと思わない?」
「僕その辺りのことあまり知らなくて……」
「そう?学校でも成績上位は貴族籍の人間がしめてるでしょ?この国は王様がとっても強くていらしてその力も血脈が近いほど受け継いでるの。だから私もそうだけど爵位のあるものはそうでない人と比べると格段に魔力量が違うのよ。この先もフランディールが強国でいるためには高い魔力を持った者を維持する必要があるの。伯爵家を継ぐ私にもその責任があるわ。」
「そうなんだ。貴族って大変なんだね。」
「侯爵家であれ程にお強いクラウス様に魔力の弱い平民の血が混ざるのなんて勿体無いわ。それに私、水魔法が得意なの。クラウス様の氷魔法とも相性が良いのよ。私ならきっとクラウス様の強さも『失われた皇子』の証も繋いで差し上げれると思うの。」
自信に満ちた顔で笑うアンジェラはとても綺麗だと思った。
「トウヤくん、もう終わるかい?ノアル泣いてるんだが…」
「あ、はいすぐ行きます。」
ノートンさんが呼びに来たことで話は終わってしまった。
でも俺の知らないクラウスの事が聞けてしまった。
ビートが言ってた『剣術大会』って学校の話だったんだ。最高学年て16才?16才のクラウスってどんな風だった?今と変わらず格好良かったんだろうな。女の子とかキャーキャー言われてたのかなぁ。
「もったいないんだってさ。」
おむつを替えてごきげんなノアルのぷくぷくほっぺを突きながら呟いてみた。
それがくすぐったいのかキャッキャと声をたてて笑う。
「ノアルもそう思う?」
今更だけど俺はクラウスの年齢も知らないことに気づく。
なんとなく胸の奥に黒いシミのようなものが薄く広がっていく気がした。そのせいかなんだかずっと息苦しい気がする。
アンジェラが『また遊びに来るわね。』と子供達と約束して帰ってからもしばらくその息苦しさを感じたままでいた。
そしてノアルを預かって7日目の夕方、赤騎士隊の隊長さんがノアルのお祖父さんとお祖母さんを連れてきた。
2人とも涙を流しながら残されたノアルを抱き締めていた。そのお祖父さんの瞳はノアルと同じほおずきの瞳。
ああ、ご両親はこの瞳をノアルに繋いだんだね。
エレノア様の言っていた『命を繋ぐ』と言う言葉がようやく俺の中にストンと落ちた。
ノアルはご両親の遺体と共に祖父母の住む街へ行って暮らすのだそうだ。だからこのまま今夜でお別れだ。
「ノアルくん、お祖父様とお祖母様の元で元気に大きくなるんだよ。」
「またね、のある」
「またあそぼうね、のある」
みんなでお祖母さんの腕の中ですやすや眠るノアルにサヨナラを言って、乗り込んだ馬車が見えなくなるまで見送った。
「トウヤ淋しいでしょ。」
ほんの7日間の事だったのに腕の中にノアルの温もりがなくて寂しい。マリーに言われて素直にそうだと頷いて「だから慰めて」と抱き締めた。
「しょうがないなぁ」と言いながらレインが横から抱き締めてくれるとサーシャもロイもライもディノも俺を抱き締めに来てくれた。結局みんなノアルがいなくなって淋しいんだ。
ノアルは行っちゃったけど俺にはみんながいる。温かくて幸せだと思った。
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