70 / 333
雨降り
70
しおりを挟む聞き慣れない声に驚いて目を開けると知らない女の子が立っていた。
柔らかい薄いレモン色のドレスを来た俺と同い年くらいに見える女の子だ。真っ赤な髪をハーフアップに結あげてドレスと同じレモン色の瞳が俺を睨んでいた。それでも驚くほど可愛いお姫様みたいな娘だ。
「え?あの、誰?」
俺がびくっと震えたせいかノアルが泣き出してしまい同時にディノも起きてしまった。
「あ~よしよし、ごめんねノアル、ディノ。」
抱き上げてあやすと横からディノも抱っこしてほしそうにくっついてきた。寝たばかりを起こされたから当たり前だ。泣くノアルとグズグズのディノをあやしてるうちにロイとライも起きてしまう。
「起きたのならさっさといらっしゃいよ。」
確かにこれじゃあ流石にお昼寝出来ない。
「お茶のみに行こうか。ロイとライは?」
「とーやといく。」
2人も目を擦りながら立ち上がった。
誰なんだろう。俺と身長が変わらない女の人なんて初めてかも知れない。しかもドレス姿。間違いなく『貴族様』だよね。
そんな彼女の後ろについて歩く形で食堂に向かうとやっぱり来訪者はエレノア様だった。
「エレノア様!残りの者を連れてきましたわ!」
中に入るなり誇らしげに言い放った。
……別にあなたについてきたわけじゃありませんけどって思ってしまう。
「まぁありがとうアンジェラ。皆さんこんにちわ」
「こんにちわエレノア様。すみません、みんなお昼寝の時間だったもので。」
「ええノートンから聞いてるわ。そのままで良かったのにアンジェラが起こしてしまったかしら。」
「そんな事ありませんわ!寝ていたのはこの者だけです!」
は!?
『アンジェラ』と呼ばれたその娘に、ビシリッ!と指を刺された。突然の言い掛かりに声が出ない。ナニ言ってんだこいつ。確かにウトウトしてたけどさぁ……
「すみません、僕ちょっとノアルのおむつ変えてきます。」
ロイ達のお茶をお願いして腕の中で再び泣き出したノアルを理由にリネン室まで逃げ出した。ディノも離れないので手を繋いで一緒に連れてきた。
リネン室の作業台の上にはおむつが変えやすいように小さなマットレスを置いてある。そこにノアルを寝かせると代わりにディノを抱っこしながらおむつ替えの準備をする。
「とーやのどかわいた。」
俺の胸に頭をぐりぐり押し付けながらディノが甘える。可愛いなぁもう。
「ちょっとだけ待てる?ノアルのおむつ替えたら一緒に。ね?」
そう言えばこくんと頷いてくれたディノのほっぺにちゅっとして足元に降ろすと手早くおむつを交換した。
台所にこの前のメイドさんがいたのでお湯を分けてもらってノアルの白湯も準備して食堂に戻った。
今回はユリウス様の様な護衛の方は付いて来てはいないみたいだ。
「ミルクじゃないの?」
マリーが傍に寄ってきて白湯を飲ませる俺に不思議そうに聞いた。
「うん、寝起きだしね。それにまだミルクの時間までは早いかな。」
「それお水?」
「違うよ。お湯を冷ましたものだよ。」
「お水じゃダメなの?」
「うん、お腹壊しちゃうからね。」
気がつけば子供達とエレノア様まで俺の周りに集まっていた。
「ノートンから聞きましたが本当にナニーの様ね。」
「あ、ありがとうございます?」
褒められてるんだよね?返事をしながらノアルにゲップをさせると「まあお行儀が悪いのね。」とさっきの娘だ。赤ちゃん相手に何言ってるんだろう。
「エレノア様、先日は僕にまでコートをありがとうございました。」
「いいえお礼を言いたいのは私の方よ。『桜の庭』の子供達からお手紙を頂くのなんて初めてでとても嬉しかったの。だからみんなの顔が見たくて来てしまったわ。小さな子供達の絵にもあなたが解説を付けてくれたでしょう?私を描いてくれているのがよくわかって本当に素敵なお手紙だったわ。」
子供達を褒められて凄く嬉しい。エレノア様の笑顔にもつられて俺も自然と笑顔が浮かぶ。
「その子抱かせてもらっても良いかしら?」
「はい、ぜひ」
赤ちゃんを抱っこするのは久し振りだと言うので子供達に抱かせる時と同じ様に座って頂き、腕の形を決めてもらってその上にそっとのせる。
「あぁ懐かしいわこの感じ。孫を抱いて以来ね。初めましてノアル。」
ノアルを抱くエレノア様を子供達が囲むように寄ってきた。
「ノアル、この度は大変でしたね。あなたのご両親は神様の元へ行ってしまったけれどあなたが元気に大きくなることでご両親も嬉しいわ。そしてあなたが大きくなってまた子供を育んで頂戴な。そうしてお父様とお母様があなたに繋いだ命の絆を次へ繋いでくれればそこにご両親の生きた証が残っていくのよ。」
そうか、エレノア様は子供達だけじゃなくノアルにも会いに来てくれたんだ。
「おばあ様。お父さんとお母さんだけ?私のお姉ちゃんは?」
「勿論同じですよ。」
「本当?」
マリーが目を輝かせた。
「勿論ですよ。私の孫がその証よ。あなた達には物語や絵本の中の人かも知れないけれど私の旦那様はね、『失われた皇子様』のいとこなの。フランディールの直系の皇子様達はもちろんだけど、私の孫達も妹姫様の生きていらした証なのよ。」
ちょっとだけしんみりしたマリーだったけどエレノア様の話に驚いて他の子供達も一斉に歓声をあげた。
『桜の庭』の子供達にとって『失われた皇子様』は特別な存在だ。その命が繋がっていると聞けば『絵本の中の人』から『実在する人』に変わる。
みんなの声に驚いてまた泣き出してしまったのでエレノア様から抱き上げたノアルのほおずきの瞳をあやしながら覗き込んでいたら子供達をかき分けアンジェラさんがエレノア様の手をとった。
「素敵ですわエレノア様。ぜひそのお手伝いをさせてください。私に『失われた皇子様』の証を繋がせてくださいな。」
「まぁアンジェラったら。そうねぇそうなったらうれしいわねぇ。」
「だったらもっとクラウス様に会わせてください。お帰りになった時にお会いして以来お顔も見てませんもの。」
アンジェラさんから思いがけない人の名前が出て息を呑む。
「そうね、近いうちにユリウスにでも聞いてみるわ。」
「クラウス様こちらで働かせたい方がいらしたのでしょう?なら私もお手伝いしますわ、急に赤子も預かって大変そうですもの!」
「それもそうねぇ。ノートンどうかしら?確かに乳児がいたらトウヤさんの手が子供達に回らないわよね。」
「いえ、トウヤくんはとても優秀ですしマリーやレインも手伝ってくれるので特には……」
「まあいけませんわ!子供達に手伝わせるなんて。やはり私お手伝いしに参りますわ。」
降って湧いた様な話をノートンさんがなんとか断ろうとするけれどそれを言われるとこちらも痛い。結局それ以上断ることはノートンさんにも出来なかった。
俺はもちろん黙って成り行きを見守る事しかできなかった。
「では明日参りますわ。」
そう言ってエレノア様とアンジェラさんは帰って行った。
「すまないトウヤくん、断りきれず。明日、君には迷惑を掛けてしまうかも知れない。」
ノートンさんが気不味そうにしているけど断れる雰囲気じゃなかったのは俺でもわかった。
「いえ、ノアルを見る分子供達に手が回らないのも本当ですから。それに子供達も喜んでましたしね。」
何しろ絵本のお姫様みたいにきれいな娘だ。マリーやサーシャは当然で明日遊びに来てくれると聞いて子供達は喜んでいた。
その夜は以外にも中断したお昼寝の影響はあまりなく、サーシャがずっとあくびをしながらご飯を食べたり、ディノがシャワーの間ほぼ寝てたりはしていたけどそれぞれベッドに入るとまさにバタンキューと眠ってしまった。
おかげで俺もノアルと早くから部屋に戻りすぐ横に設置してもらったベビーベッドに寝かせると俺もベッドに入る。
そして長いため息をついた。
なんだか今日は長い1日だった。突然のエレノア様の訪問、そしてアンジェラ様と明日の約束。
左手の『お守り』の存在を確かめながら俺は、アンジェラさんからクラウスの名前が出てからの会話をぼんやりと思い出していた。
「……可愛かったなアンジェラさん。」
真っ赤な髪が華やかで自信に満ちたレモン色の瞳が綺麗で華奢な可愛い女の子だ。
こんな暗い真っ黒の髪の真っ黒の瞳の痩せギスの男に比べたらずっと良い。こんな俺に興味を持つんだからクラウスはソフィアみたいな女性よりアンジェラみたいなか弱い感じの娘がタイプなのかも知れない。
2人が並んで立ったらさぞかし人目を惹くんだろうな。
100年前の皇子様はエレノア様の旦那様のいとこなんだ。その証はクラウスが持っている。
そしてその証を自分が繋ぎたいとアンジェラさんは言っていた。
命を繋ぐ。
考えた事もなかった。
俺の命なんてどこにも繋がってないんだから。
171
お気に入りに追加
6,529
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった
藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。
毎週水曜に更新予定です。
宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

漆黒の瞳は何を見る
灯璃
BL
記憶を無くした青年が目覚めた世界は、妖、と呼ばれる異形の存在がいる和風の異世界だった
青年は目覚めた時、角を生やした浅黒い肌の端正な顔立ちの男性にイスミ アマネと呼びかけられたが、記憶が無く何も思い出せなかった……自分の名前すらも
男性は慌てたようにすぐに飛び去ってしまい、青年は何も聞けずに困惑する
そんな戸惑っていた青年は役人に捕えられ、都に搬送される事になった。そこで人々を統べるおひい様と呼ばれる女性に会い、あなたはこの世界を救う為に御柱様が遣わされた方だ、と言われても青年は何も思い出せなかった。経緯も、動機も。
ただチート級の能力はちゃんと貰っていたので、青年は仕方なく状況に流されるまま旅立ったのだが、自分を受け入れてくれたのは同じ姿形をしている人ではなく、妖の方だった……。
この世界では不吉だと人に忌み嫌われる漆黒の髪、漆黒の瞳をもった、自己肯定感の低い(容姿は可愛い)主人公が、人や妖と出会い、やがてこの世界を救うお話(になっていけば良いな)
※攻めとの絡みはだいぶ遅いです
※4/9 番外編 朱雀(妖たちの王の前)と終幕(最後)を更新しました。これにて本当に完結です。お読み頂き、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる