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雨降り
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しおりを挟むそれはまだ降り止まない雨音を子守唄にウトウトし始めた時だった。
訪問者を告げる音が鳴り響く。
カーディガンを羽織ってエントランスに降りていくとノートンさんと一緒になった。
「こんな時間にお客様ですか?」
「うん、どうやらセオのようなんだがねぇ。」
既に門はノートンさんが解錠していたらしく扉を開けると雨に濡れた騎士服姿のセオと紫頭のジョセフが飛び込んできた。
「こんな夜にどうしたんだい?」
「実は……」
その姿にタオルを取りにリネン室へ向かおうとしたけれど、セオが厚地の外套を脱ぐと中からタオルにくるまれた小さな赤ちゃんが出てきた。
「うわぁ赤ちゃんだぁ!」
まさかの大好物に俺のテンションが上がった。
「セオさん、抱っこしていいですか?」
「あ、はいどうぞ。」
ずぶ濡れのセオから赤ちゃんを受け取ると少し震えていた。頬も冷たい、身体が冷え切ってる?
「セオさんお風呂!洗濯のたらいにお湯をはってください。ノートンさんはお湯沸かしてください!」
思わず叫んだ俺に2人がバタバタ動き出す。リネン室の作業台に用意されたたらいにはったお湯の温度を確かめるとタオルごと赤ちゃんをお湯に浸けた。沸かしたお湯を少しずつ足してもらいゆっくり温度をあげていくと赤ちゃんの頬もほんのり赤味が差してきた。顔や髪にわずかに付いた泥を洗ってあげていると「ほうっ」と息を吐きながらゆっくり開いたまぶたの下には可愛いほおずきの瞳があった。
「おはよう温かくて気持ちいいね。ノートンさん、赤ちゃんの着るものってありますか?」
「それがうちでは乳児は預からないから準備がないんだよ。」
「そうですか、じゃあこの前のディノの着れなくなった肌着を上下とシャツをお願いします。セオさんは手拭きタオルを2枚出してください。えっと…ジョセフさんはバスタオルでこの子を受け取ってください。」
「え!は、はい。こうですか?」
突然名前を呼ばれたジョセフが慌てながらも腕に広げたタオルの上に赤ちゃんを一度預け自分の手を拭いてからもう一度受け取る。
「セオさん、まだお湯残ってますよね?コップと1番小さなスプーンをお願いします。」
その間にタオルでおむつを代用してパンツを履かせ、上は肌着とシャツを着せた。赤ちゃんは男の子だった。
「────で、何処の子ですか?この赤ちゃん。」
膝の上でセオに準備してもらった白湯を飲ませながらようやく話を聞く体制になる。だって赤ちゃんが最優先だ。
「実は……」
「この子は崩落事故に巻き込まれた馬車の生存者です!現場に入っていた赤騎士隊の方に『桜の庭』に連れて行くよう指示を受けました!」
セオを遮ってジョセフが大きな声を出したので赤ちゃんがびっくりして泣き出す。
「わぁぁす、すいません。」
「大丈夫ですよ。泣いてくれて少し安心しました。ね。」
腕の中であやしながら温まってふくふくのほっぺにチュってする。ほわぁ~柔らかい!
「だけど今のうちじゃ乳児の面倒は見れないんだよ。乳幼児の孤児はナニーを派遣してもらわないと……」
「「え!そうなんですか?」」
ジョセフと同時に思わず俺も叫んでしまった。
「赤騎士隊の方からトウヤさんなら『育児』のスキルを持っているから大丈夫だと言われて来たんですが……」
セオがチラリと俺を見る。
「トウヤくん本当かい?」
「はい、『育児』のスキルなら僕持ってますけど……」
「だったら大丈夫だ。急いで必要なものを手配するよ。2人は戻るのかい?」
「いえ、ここにいて連絡と必要なら手伝うように言われています。」
「そうか、ではセオはここでトウヤくんの手伝いを君は……」
「はい、ジョセフです。」
「ではジョセフくん、急いで書簡を用意するから教会に届けてくれ。」
「わ、わかりました。」
ノートンさんはジョセフを連れて執務室の方へ向かっていった。
「セオさん、さっき事故の生存者って……」
「ええ、事故の連絡を受けて赤騎士隊が駆けつけた時にはこの子だけが両親に守られて無傷でした。黒騎士隊も応援に入ったんですがクラウスさんからこの子をトウヤさんの所に連れて行くよう言われたんです。親族に連絡がつくまでよろしくお願いします。」
クラウスが俺のスキルを知ってるなんて思いもよらなかった。でもおかげでこの子を託してもらえた。
「少しの間よろしくね。」
腕の中で俺を見上げる赤ちゃんのまあるいおでこにちゅうをすると笑ったような気がした。
******
赤ちゃんの名前は『ノアル』と言った。
マデリンとは王都を挟んで反対側にある方の街へ向かっていた馬車が山道で崖崩れに巻き込まれてしまったと今朝早くセオ達を呼びに来た黒騎士隊の方が教えてくれた。
ノアルの両親は4つ向こうの街の出身で産まれた子供を親族に見せるために休暇をとって向かっていたらしい。山道のため早馬を飛ばしても片道2日。親戚が王都に来るのに4日、最低でも6日は預かって欲しいと言われた。
朝は起きてきた子供達は小さなお客さんに大騒ぎだった。
夜のうちに教会から乳幼児に必要な物がミルクからベビーベッドまで届いたので今お腹一杯でごきげんなノアルは小さな訪問者に囲まれていた。
その間に手早く朝食の用意を済ます。
元々手のかからない『桜の庭』の子供達にノアル1人が増えた所で洗濯物が1回増える程度の負担ぐらいしかない。しかも珍しさから子供達も一緒に見ていてくれるのでおむつとミルク以外はほとんど手がかからなかった。
翌日の昼過ぎまでは。
******
今日は長い雨が止んで久し振りに午前中庭で遊ぶことが出来た。お昼ごはんも終わり小さい子組をお昼寝させようとノアルも一緒にマットレスに寝転んで読み聞かせをしていた時、エレノア様の訪問を告げるメロディが鳴った。
ノートンさんも突然の事に驚いた様子で指をパチンと鳴らし音を消してくれたけど、ウトウトし始めた子供達は少し目を醒ましてしまう。
「君たちはこのままでいいよ。」
そう言われてもサーシャはノートンさんについて飛び出して行ってしまった。
「マリーとレインもお出迎えに行って来たら?俺は眠そうな子達といるから。」
言えば素直に部屋を出る。先日の手紙が届いたのかも気になるところだろう。俺もできれば直接コートを頂いたお礼が言えたらいいな。
仰向けに寝転んだ俺の右脇にノアル、左に腕枕のディノ。頭をくっつけるように俺の反対側にロイとライが寝転んでいた。両側に体温の高い2人に挟まれてた上に寝息まじりの子供達の吐息が否応なしに俺まで眠りに誘う。夜中にミルクとおむつ交換があるから流石に少し寝不足だ。今日はこのまま一緒にお昼寝しちゃおうかな……
マレーかレインががプレイルームに戻ってきたかと思ったけれど絵本を脇に置いてウトウトしていた。
「ちょっとあなた達、エレノア様がいらしてるのにお出迎えもしないなんてどうして?」
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