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雨降り
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しおりを挟む夜中に泣き声で起きることもなく久し振りにゆっくり眠った翌朝、ぽっかり空いたノアルの隙間を埋めるみたいにセオがやってきた。
「いつもありがとうございます。子供達もセオさんのおかげで楽しそうでよかった。」
「今日はトウヤさんの為に来ました。赤ん坊を預かってくださってありがとうございました。大変だったでしょう?子供達は俺に任せて今日はゆっくりしてください。」
「いえ預かるって決めたのはノートンさんですよ。お礼ならノートンさんに言ってください。」
本当は子供達を構い倒して淋しい腕の重みを紛らわせたいところだけど仕方ないよね。俺にはロイとライを同時に抱っこして背中にサーシャを背負うなんて無理だもん。
「いいえ。トウヤさんがみてくれなかったらあの子は病院で独りぼっちでした。今まで孤児でも赤ん坊のうちはよそで育ててもらってたんです。なのであの子は迎えが来るかはっきりするまでは病院に預けられるはずだったんです。両親を失った上に独りぼっちなんて可哀想で……そうしたらクラウスさんがトウヤさんなら大丈夫だって言ってくれたんです。」
「クラウス…さんは元気ですか?」
「はい、あれから崩落場所の復旧に従事してらっしゃいました。他の方に聞いたんですが何でも上からのお達しで暫くお休みがいただけないそうですよ。」
「そうですか。……俺、洗濯物干してるので何かあったら呼んでくださいね。」
1回目はみんなの服。2回目はみんなのシーツ。この3回目の洗濯は昨日までノアルが使ってたおむつだ。
干しながら思わず頬ずりしてしまった。
せっかくセオが来てくれたので、ノアルがいた時手が回らなかった廊下や台所のコンロとかとにかく手を休める暇なく動いていたかった。
でないとあれ以来、息のしづらいままの胸の苦しさに押し潰されるようだったから。
午後になって小さい子組に癒やされながら絵本を読んで寝かしつけをした後、洗濯物の片付けは1人で大丈夫と手伝いを断るとセオは庭で鍛錬を始めたようだった。
リネン室で洗濯物をたたんでいるとセオが窓の外をコツコツと叩いた。
「何かありましたか?」
「あの、外にクラウスさんが来てます。」
……会いたくないと言ったらセオが困ってしまうだろうか。
セオが案内してくれたのはクラウスの姿を探し続けてやっと会えた場所だった。そこに俺がしていたように縦格子のフェンスに背中を預けた鮮やかな騎士服姿のクラウスがいた。
俺の顔を見ると優しい笑顔を見せてくれた。
「すまない仕事中に来てもらって。時間が無いから要件だけいいか?明日やっと休みがもらえるんだ。だから少しでもいいからトウヤの身体が空く時間に二人で話せないかと思って。」
時間がないのに来てくれたんだ。変わらない優しい言葉に胸が詰まる。
今まで休みが無かったのにその大事な1日を俺に使っていいわけ無いだろ?それはきっとエレノア様がアンジェラのためにお願いしてくれたものだよクラウス。
「急すぎてダメなら諦める。トウヤ、なんでそんなに離れてるんだ?その…もっと近くで顔がみたいんだが。」
俺の大好きな空の蒼色の瞳が優しく微笑んで俺を見つめる。エレノア様と同じだ。エレノア様から繋がれた瞳でユリウス様と同じ金色の髪。
クラウスの命は100年前の皇子様やエレノア様、沢山の人と繋がっててこれから先も繋ぐ価値がそこかしこに詰まってるね。
エレノア様もクラウスのこの先の幸せを願って貴族の女の人との結婚を望んでるんだ。
綺麗で可愛くて子供好きのアンジェラだってクラウスを望んでる。クラウスの為に。
じゃあ俺は?クラウス為に何がしてあげられる?今でさえクラウスが来てくれなきゃ逢うことも出来ない。騎士隊の寄宿舎の場所さえ知らない。
───ずっと息苦しかったのはこのせいだったんだね。
魔力の弱い平民どころかこの世界の人間じゃない。俺はただの孤児院の従業員で身体も小さくて魔法も使えやしない。出来る事なんてシーツの交換くらいだ。
それにある日突然この世界に理由もなく迷い込んだ様にいつか突然元の世界に戻るかも知れない。
そうしたらこの優しい人をひとりにしてしまう。
そんな俺にクラウスを好きだと言う権利はひと欠片もない。
左手の半透明の石が連なるブレスレットをそっと外した。クラウスのネックレスと対になっている俺の大切な『お守り』
「ごめんなさい忙しくて時間…取れそうにありません。……クラウス、さん。今までコレ貸してくれてありがとうございました。僕にはもう必要ありませんからお返ししますね。」
フェンスから手を出して、ブレスレットをクラウスの手に握らせると直ぐにそこを離れた。
温かい大きな手。ここで唇を撫でられた日にあなたが好きだと確信したんだ。
「ノートンさんにセオと一緒に『桜の庭』を守って欲しいって言われたんです。僕もそうできたらなって思って。ね、セオ。」
「ちょっと!トウヤさん何言ってるんですか!」
「やだな、本当の事じゃないですか。それにいい加減俺の事『冬夜』って呼んで?」
セオの腕に絡みつき甘えてみる。
「やめて下さいってば!」
「……お願い、セオ。」
強くしがみついて俺を払おうとするセオの手を拒んだ。
「……俺よりそいつを選ぶのか?」
俺を真っ直ぐ見つめるクラウスの空の蒼色が陰りを見せる。そうさせてるのは間違いなく俺なのが嬉しいなんて最低だ。でもクラウス、貴方が『好きだ』と言ってくれたのはそうゆう人間なんだよ。
「選ぶもなにもセオは『僕と同じ』なんです。一緒にいてとても安心できるんです。」
クラウスがハッとしたような顔をした後フェンスから手を離した。
「クラウスさん、僕を『桜の庭』連れてきてくれてありがとうございました。お陰様で毎日楽しくて。もう心配して下さらなくても大丈夫ですよ。」
クラウスから視線を外さないままにっこり笑って、それから深々と頭を下げた。
「……わかった。」
クラウスの聞いた事のない低い声が聞こえたあとに、ブチンッと音がしてバラバラと何かがこぼれた。
「お前が必要ないならこれはもう不要だな。」
驚いて顔を上げるとそれは俺が返したブレスレットを引き千切った音だとわかった。
クラウスは既に背を向けていて、そのまま足早に去って行った。
クラウスの背中が見えなくなってからフェンスの外に出て散らばった石を探した。だけど思ったより広範囲に飛び散ってしまったようでなかなか見つからない。
「いち、にい、さん、し、ご、ろく……」
見つけた分を数えては握り込んでまた探す。
「なな、はち、きゅう……」
落ち葉が邪魔だな。
「じゅう、じゅういち……」
何度も数えた石は全部で12粒ある。あと1つだ。歩道に這いつくばるようにして探すけど残りのひとつがなかなか出て来ない。
「なぜあんな事言ったんですか。トウヤさんクラウスの事好きなんですよね?クラウスさんだってトウヤさんの事あんなに想ってるのにどうして!」
セオがやって来て俺の前に立ち怒ってる。突然利用されたんだ、当たり前だよね。
「やだなぁクラウスさんは遠くから連れてきた俺がちゃんとやれてるか気になるだけですよ。もうこれで煩わしい思いもさせる事がなくなって良かったです。俺もずっと子供扱いされてうんざりしてたんですよ。……セオさんの事巻き込んでごめんなさい。『僕と同じ』だなんて言っちゃって。」
セオもマリー達も『桜の庭』の子供達は両親から繋がれた大切な命だ。俺とは根本から違う存在なんだ。
「じゃあなんでこんなもん拾ってるんですか?いらないものでしょう。」
セオが石を握り込んだ手を強く掴んでこじ開けようとしてきた。
「やだ!取らないで!」
慌てて振り解いて最後のひとつを探すのを続ける。
「俺にはあんたが何考えてるのかわかりません。……中に戻ります。」
そう言って立ち去るセオのいた場所に光る物があった。
「───あった。いち、にい、さん………全部ある……良かった。」
見つけた石をハンカチの中にそっと包み込んでポケットにしまった。ごめんなさいクラウス。これは俺に持っていさせて。たとえバラバラになってしまっても大切な『お守り』なんだ。
胸の奥に薄く広がっていたシミの様なものは消えていくような気がした。この息苦しさもそのうち消えて行くだろう。クラウスへの想いと共に。
大丈夫、18年間生きてきた元の自分に戻るだけなんだから。
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