迷子の僕の異世界生活

クローナ

文字の大きさ
上 下
72 / 333
雨降り

72

しおりを挟む



夜中に泣き声で起きることもなく久し振りにゆっくり眠った翌朝、ぽっかり空いたノアルの隙間を埋めるみたいにセオがやってきた。

「いつもありがとうございます。子供達もセオさんのおかげで楽しそうでよかった。」

「今日はトウヤさんの為に来ました。赤ん坊を預かってくださってありがとうございました。大変だったでしょう?子供達は俺に任せて今日はゆっくりしてください。」

「いえ預かるって決めたのはノートンさんですよ。お礼ならノートンさんに言ってください。」

本当は子供達を構い倒して淋しい腕の重みを紛らわせたいところだけど仕方ないよね。俺にはロイとライを同時に抱っこして背中にサーシャを背負うなんて無理だもん。

「いいえ。トウヤさんがみてくれなかったらあの子は病院で独りぼっちでした。今まで孤児でも赤ん坊のうちはよそで育ててもらってたんです。なのであの子は迎えが来るかはっきりするまでは病院に預けられるはずだったんです。両親を失った上に独りぼっちなんて可哀想で……そうしたらクラウスさんがトウヤさんなら大丈夫だって言ってくれたんです。」

「クラウス…さんは元気ですか?」

「はい、あれから崩落場所の復旧に従事してらっしゃいました。他の方に聞いたんですが何でも上からのお達しで暫くお休みがいただけないそうですよ。」

「そうですか。……俺、洗濯物干してるので何かあったら呼んでくださいね。」

1回目はみんなの服。2回目はみんなのシーツ。この3回目の洗濯は昨日までノアルが使ってたおむつだ。
干しながら思わず頬ずりしてしまった。

せっかくセオが来てくれたので、ノアルがいた時手が回らなかった廊下や台所のコンロとかとにかく手を休める暇なく動いていたかった。

でないとあれ以来、息のしづらいままの胸の苦しさに押し潰されるようだったから。

午後になって小さい子組に癒やされながら絵本を読んで寝かしつけをした後、洗濯物の片付けは1人で大丈夫と手伝いを断るとセオは庭で鍛錬を始めたようだった。
リネン室で洗濯物をたたんでいるとセオが窓の外をコツコツと叩いた。

「何かありましたか?」

「あの、外にクラウスさんが来てます。」

……会いたくないと言ったらセオが困ってしまうだろうか。

セオが案内してくれたのはクラウスの姿を探し続けてやっと会えた場所だった。そこに俺がしていたように縦格子のフェンスに背中を預けた鮮やかな騎士服姿のクラウスがいた。
俺の顔を見ると優しい笑顔を見せてくれた。

「すまない仕事中に来てもらって。時間が無いから要件だけいいか?明日やっと休みがもらえるんだ。だから少しでもいいからトウヤの身体が空く時間に二人で話せないかと思って。」

時間がないのに来てくれたんだ。変わらない優しい言葉に胸が詰まる。
今まで休みが無かったのにその大事な1日を俺に使っていいわけ無いだろ?それはきっとエレノア様がアンジェラのためにお願いしてくれたものだよクラウス。

「急すぎてダメなら諦める。トウヤ、なんでそんなに離れてるんだ?その…もっと近くで顔がみたいんだが。」

俺の大好きな空の蒼色の瞳が優しく微笑んで俺を見つめる。エレノア様と同じだ。エレノア様から繋がれた瞳でユリウス様と同じ金色の髪。

クラウスの命は100年前の皇子様やエレノア様、沢山の人と繋がっててこれから先も繋ぐ価値がそこかしこに詰まってるね。

エレノア様もクラウスのこの先の幸せを願って貴族の女の人との結婚を望んでるんだ。
綺麗で可愛くて子供好きのアンジェラだってクラウスを望んでる。クラウスの為に。

じゃあ俺は?クラウス為に何がしてあげられる?今でさえクラウスが来てくれなきゃ逢うことも出来ない。騎士隊の寄宿舎の場所さえ知らない。

───ずっと息苦しかったのはこのせいだったんだね。

魔力の弱い平民どころかこの世界の人間じゃない。俺はただの孤児院の従業員で身体も小さくて魔法も使えやしない。出来る事なんてシーツの交換くらいだ。

それにある日突然この世界に理由もなく迷い込んだ様にいつか突然元の世界に戻るかも知れない。
そうしたらこの優しい人をひとりにしてしまう。

そんな俺にクラウスを好きだと言う権利はひと欠片もない。

左手の半透明の石が連なるブレスレットをそっと外した。クラウスのネックレスと対になっている俺の大切な『お守り』

「ごめんなさい忙しくて時間…取れそうにありません。……クラウス、さん。今までコレ貸してくれてありがとうございました。僕にはもう必要ありませんからお返ししますね。」

フェンスから手を出して、ブレスレットをクラウスの手に握らせると直ぐにそこを離れた。
温かい大きな手。ここで唇を撫でられた日にあなたが好きだと確信したんだ。

「ノートンさんにセオと一緒に『桜の庭』を守って欲しいって言われたんです。僕もそうできたらなって思って。ね、セオ。」

「ちょっと!トウヤさん何言ってるんですか!」

「やだな、本当の事じゃないですか。それにいい加減俺の事『冬夜』って呼んで?」

セオの腕に絡みつき甘えてみる。

「やめて下さいってば!」

「……お願い、セオ。」

強くしがみついて俺を払おうとするセオの手を拒んだ。

「……俺よりそいつを選ぶのか?」

俺を真っ直ぐ見つめるクラウスの空の蒼色が陰りを見せる。そうさせてるのは間違いなく俺なのが嬉しいなんて最低だ。でもクラウス、貴方が『好きだ』と言ってくれたのはそうゆう人間なんだよ。

「選ぶもなにもセオは『僕と同じ』なんです。一緒にいてとても安心できるんです。」

クラウスがハッとしたような顔をした後フェンスから手を離した。

「クラウスさん、僕を『桜の庭』連れてきてくれてありがとうございました。お陰様で毎日楽しくて。もう心配して下さらなくても大丈夫ですよ。」

クラウスから視線を外さないままにっこり笑って、それから深々と頭を下げた。

「……わかった。」

クラウスの聞いた事のない低い声が聞こえたあとに、ブチンッと音がしてバラバラと何かがこぼれた。

「お前が必要ないならこれはもう不要だな。」

驚いて顔を上げるとそれは俺が返したブレスレットを引き千切った音だとわかった。
クラウスは既に背を向けていて、そのまま足早に去って行った。



クラウスの背中が見えなくなってからフェンスの外に出て散らばった石を探した。だけど思ったより広範囲に飛び散ってしまったようでなかなか見つからない。

「いち、にい、さん、し、ご、ろく……」

見つけた分を数えては握り込んでまた探す。

「なな、はち、きゅう……」

落ち葉が邪魔だな。

「じゅう、じゅういち……」

何度も数えた石は全部で12粒ある。あと1つだ。歩道に這いつくばるようにして探すけど残りのひとつがなかなか出て来ない。

「なぜあんな事言ったんですか。トウヤさんクラウスの事好きなんですよね?クラウスさんだってトウヤさんの事あんなに想ってるのにどうして!」

セオがやって来て俺の前に立ち怒ってる。突然利用されたんだ、当たり前だよね。

「やだなぁクラウスさんは遠くから連れてきた俺がちゃんとやれてるか気になるだけですよ。もうこれで煩わしい思いもさせる事がなくなって良かったです。俺もずっと子供扱いされてうんざりしてたんですよ。……セオさんの事巻き込んでごめんなさい。『僕と同じ』だなんて言っちゃって。」

セオもマリー達も『桜の庭』の子供達は両親から繋がれた大切な命だ。俺とは根本から違う存在なんだ。

「じゃあなんでこんなもん拾ってるんですか?いらないものでしょう。」

セオが石を握り込んだ手を強く掴んでこじ開けようとしてきた。

「やだ!取らないで!」

慌てて振り解いて最後のひとつを探すのを続ける。

「俺にはあんたが何考えてるのかわかりません。……中に戻ります。」

そう言って立ち去るセオのいた場所に光る物があった。

「───あった。いち、にい、さん………全部ある……良かった。」

見つけた石をハンカチの中にそっと包み込んでポケットにしまった。ごめんなさいクラウス。これは俺に持っていさせて。たとえバラバラになってしまっても大切な『お守り』なんだ。

胸の奥に薄く広がっていたシミの様なものは消えていくような気がした。この息苦しさもそのうち消えて行くだろう。クラウスへの想いと共に。

大丈夫、18年間生きてきた元の自分に戻るだけなんだから。




しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

処理中です...