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『桜の庭』の暮らし方
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しおりを挟むクラウスの話 王都編⑤
『桜の庭』の前に捨て猫を置き去りにするような感覚でトウヤと別れた。
いつもなら俺に合わせようとそれなりに早く歩くのに今日のトウヤは気を抜くと置いていきそうになるほどゆっくりで、更にはなんだか俺を観察していて視線がくすぐったかった。
俺もそうだがトウヤも口数は少ない。……はずなのにやたら話しかけてくるから自然と会話が続く。
教会に『俺と行こうか』と誘えば途端に耳まで赤く染める。
あの日、あんなに興奮して『桜の庭』で働くことを話してくれたのに今日のトウヤからは俺と離れたくないような素振りが透けて見える。これで自惚れない奴がいたら方法を教えて欲しい。
『元気でな』と言った途端、大きな黒曜石が濡れて零れ落ちそうだ。噛み締めた小さな紅い唇をこじ開けたくなる気持ちをギリギリで抑え込んでその横に口づけをした。『待つ』と行ってしまった自分が恨めしい。
攫ってしまいたくなるから縋るような顔はやめてくれ。
******
「ようクラウス。早いな、もうさっぱりしたのかよ?」
初日の業務が終わりシャワー室のロッカーで濡れた身体を拭いていると同じ赤騎士隊のキールと出くわした。
兄の無茶振りで3人掛かりで攻撃された時俺に傷を付けたのはこいつだ。
「まあな、随分汗をかかされたから夕飯前にさっぱりしたくてな。」
「大してかいてもいないくせにっと、…なんだよ痣にもなってねえじゃん。結構入ったと思ったのによ。」
右腕を掴んで持ち上げられた。
「何がだ?」
乱暴にその手を振りほどき睨み返す。
「何がってひでぇな、3人掛かりでようやく1撃入れたやつだよ。たった3年でバカみたいに強くなりやがって。俺も冒険者やってみっかなぁ?」
何をバカな事を。冒険者になったからってそれだけで強くなれるわけじゃない。
ふとキールの別の言葉に引っかかり、腕を無理やり捻って確認してみた。
自分で引っ掻いて開いた傷さえ確かに傷痕は確認できない。でも自分に腹が立っていてまじまじと怪我の程度も確認していなかったからもともと痛みの割には大した事なかったのか?それともここの救護室で診てくれた時にそれなりの治癒効果の高い薬でも使ってくれたのだろうか。
「だったら最初からすっぱり治してくれりゃあ泣かせずに済んだのに。」
自分の不甲斐なさをあろうことか手当をしてくれた人間に責任転嫁する。そうしたいほどに俺はトウヤを泣かせてばかりなのだ。
でも昨日の夜、返事こそもらえなかったがトウヤも俺の事を憎からず思っているのは確かだろう。これから先は俺がずっと笑わせていたい。
愛想よくいつもニコニコしてるが勿論あれではなく、ギルドの前で俺の腕に飛び込んで来た時の様な、この先も俺に会えるのが嬉しいと言った時の様なあの春の花が咲くような笑顔が見たい。
トウヤはすぐ近くの『桜の庭』にいるんだからいつでも会えると思っていたけれど、俺の考えが甘かった。
「……なぁ、俺の記憶が確かなら騎士団の休みが9日ごとにあったと思ったんだが……。」
今日はその9日目だ。俺が休みでも人手不足の『桜の庭』じゃあトウヤの休みはないかも知れない。
でも1時間くらいなら休憩を貰って話すぐらいできないだろうか。そんな事を考えながら眠ったがいつもより早く叩き起こされた挙げ句今は王都から半日離れた森の中だ。
「いや、間違っちゃいねーよ?俺3日前休みだったし。」
「じゃあなんで俺は今日ここにいるんだよ。」
実践訓練も兼ねて王都に近い場所に住みついた魔獣を討伐するのは赤騎士隊の仕事だ。休日に当たるはずの日に10人編成の討伐部隊に組み込まれてしまった。
「さあな、団長にでも聞いてみれば?」
キールが俺の背後に視線を向けてニヤリと笑うと同時に俺に肩を組んできたいかつい腕の持ち主は赤の騎士団を率いる団長のオースターだ。
「はっはっは。3年も休んだんだから当分休みはやらなくていいってユリウスに言われてるから!思う存分使い倒せる奴が出来て俺は嬉しい!いや~腕の良い冒険者は騎士団のいる王都より実入りの良い地方に行っちまうから討伐案件が溜まってたんだよ。」
笑いながら言うだけ言って去っていく背中が恨めしい。入れ替わりにキールが肩を組んできた。
「だってさ。まぁ最低1ヶ月くらいは覚悟しとけってことだな。ユリウス様も噛んでんだ、潔く諦めろ。」
騎士団の堅苦しいところも、こうやっていつも兄の気配がするのも嫌で理由を見つけて逃げ出したのに戻った途端結局こうなるのか。
「……やりゃあ良いんだろ。行くぞ、さっさと終わらせてやる。」
3年で成長したのは力だけじゃない。精神的にも随分成長した、と思う。王都にいた頃は追いつけない兄達を煙たく思ってたが冒険者になり、狭い王都を飛び出して余計にその凄さを素直に実感した。
並び立つことは出来なくとも少しは頼られるような自分でいたい。そう思える様になった時にトウヤと出逢った。
無謀と言ったらそれまでかも知れないが、文字も読めない異国に身一つで迷い込んだにも関わらず不安そうな素振りなど欠片も見せずに働いていた。生い立ちがそうさせたのだと言うけれどそんなトウヤが躊躇わず頼ってくれるような存在でありたい。
「出たぞ!大型3体!」
先遣隊の声に使い慣れた長剣を抜く。王都周辺の森に出る魔獣なんて大型と言ったってたかが知れてる。
「1体寄越せ!」
「ヒュ~言うねえ!なら任せた!お前ら人数掛けといて復帰したてのやつに遅れんなよ!」
オースターの怒声に8人の騎士が剣を掲げ応える。
上手く誘導され真っ直ぐ向かってきた俺の3倍近くあるであろう猪型の魔獣を剣で受け止めた後一太刀で首を切り落とし残り2体を討伐する騎士達のサポートに回る。
だけど俺が1体討伐したことで逃げ回り出した魔獣に手こずっている。
「クラウス!手ぇ空いたなら足止めしてくれよ!」
「いいのか?俺が手伝ったら訓練にならないんじゃないのか?」
オースターの団長とは思えない発言に確認を取る。
「踏み潰されるよかマシだ!勿体付けずに早くやれって!」
悲鳴のようなキールの声に氷魔法を剣に乗せ放てば足の凍り付いた魔獣が転がる。そこへキールが急所を狙って剣を付き立てれば3人の騎士が加勢に入った。
もう一体も同じ様に足止めしそいつをオースター団長率いる4人で討伐した。
「相変わらず便利だよなぁ、さすが『クラウス様』だな!」
貴族の血筋に強く現れる魔法に頼る事にしても兄の足元に及びもしないうちから学校の同期等に揶揄されて捻くれてた俺ももういない。
「顎で便利に使ってんじゃねーよ。」
ニヤリと笑ってからかうキールに応える。
もう出し惜しみをしたりはしない。せっかく持って生まれたんだ、トウヤを守るために使えるもんなら遠慮なく使ってやる。
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