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『桜の庭』の暮らし方
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しおりを挟むせっかく自分の気持ちを自覚したけれどあれ以来クラウスには会えずに9日経った。お陰様で俺の心臓はすっかり通常運転です。因みに、指折り数えた訳ではなくセオがまた来てくれているから。
「トウヤさん、次何処ですか?」
「もう終わりです。ありがとうございました。」
セオが腕まくりをして片手に雑巾を握りしめ爽やかに振り返る。せっかくセオが来てるのに今日はノートンさんが子供達の相手をしている。それはなぜか。
昨夜遅くに『桜の庭』に戻ったセオに今日も朝からみんなが群がっていて、すっかり洗濯物も干し終わってしまった俺は赤騎士隊のチェックも終わり、持て余した時間を埋めるために普段子供達が居たら出来ない所の掃除をしようと思いついた。
それで1階の用具室から脚立を持ち出して小さい子組の寝室の高窓の窓拭きを始めた。
いつもは必ず誰かついて歩くし、お昼寝の時間には文字の勉強したり洗濯物を取り込んで畳んだりと忙しくなかなか出来なかったのだ。
この世界の人は大きいからもちろん建物の造りも大きくて大変だ。少し拭いては移動してまた拭くのを3回くらい繰り返した所で外にいたレインに見つかった。
「危ないだろ!また落ちたらどうするんだよ。」
子供みたいに叱られた。もうしません。
「嘘ばっかり!私達の見てないとこでやるでしょう」
マリーちゃんは超能力者ですかね。
「それならセオはトウヤくんのお手伝いをしてもらおうか。」
むくれている俺を見たノートンさんの一声で子供達からセオを取り上げてしまった。でもせっかくなのでマリーとレインの部屋の高窓も拭いて貰う。おかげでスッキリだ。
「せっかくのお休みなのに掃除なんてさせてすみませんでした。」
「いいえ、このくらいいつでも言ってください。」
俺が一生懸命運んだ脚立も軽々抱え物入れに片付けてくれた。俺だって元々は非力ではないはずなんだけどどうやら身体がこの世界の物の大きさに合ってないのだ。
「お茶いれますね。」
お礼に、と誘った時だった。屋敷全体に聞いたことのないメロディーが流れ出した。
「セオさん、これなんの音ですか?」
「これは『おばあ様』がいらした合図です。トウヤさん外に行きましょう。」
セオに促されて庭に出れば門扉の前には俺が王都に来た時に乗っていたものとはまるで違う豪華な装飾の施された馬車が止まっていた。
子供達も庭に揃っていてノートンさんが門扉を開けると白い制服を着た人が馬車の扉を開け、中から上品な老婦人が白い制服の人にエスコートされゆっくり降りてきた。
「『桜の庭』の支援をしてくださっている方の1人でエレノア様です。俺達は『おばあ様』と呼ばせて頂いています。」
セオが俺にそっと耳打ちしてくれた。
「こんにちはノートン、こんにちは子供達。元気そうですね。」
「「「こんにちは、おばあさま」」」
子供達が嬉しそう。
「エレノア様、いらしていただくのは大変嬉しいのですが先触れくらい頂きませんとなんのおもてなしも出来ません。」
「もてなしなど子供達の笑顔で充分ですといつも言ってるでしょう。さあみなさん私を中に案内してくださるかしら?」
ノートンさんが形ばかりの苦言を言うけれど、エレノア様が優しく微笑むとマリーとサーシャが照れながら差し出された手を引いて屋敷の中にエスコートする。プラチナブロンドを素敵に結い上げたその人はモスグリーンのドレスを身に着けまさに『貴婦人』だった。
『貴族様』……なのかな?
王様とか王妃様とか云うから貴族様もいるんだろうけど初めての遭遇でどうしたら良いかわからない。取り敢えずお茶でも入れるべきかと台所に行けばいつの間にかメイドさんが2人居て「ここはお任せください、どうぞあちらに。」と追い出された。
仕方なくみんなのいる食堂の壁の端っこに立つことにした。
「1番小さい子がディノね。そして貴方がサーシャ。ロイとライ。そしてマリーとレインも大きくなったわね。」
子供達の名前を間違える事なく一人ひとり呼んでプレゼントを渡してくれている。
「ごめんなさいね、セオの分はないのよ?」
「いえ、もう子供ではありませんのでお気遣いなく。」
そう言いながらセオも嬉しそうだ。既に『桜の庭』を出ているセオの事までちゃんとわかってるなんて凄いな。なんて微笑ましく見ていたらロイとライが俺のところにやってきた。
「おかしたべてもいい?」
しゃがんだ俺に両側から同時に内緒話をするみたいに小さな声だ。それぞれ貰った袋からマドレーヌの様な美味しそうな香りがしている。これを我慢するのは難しい。
でもそれを見ていたマリーから「ダメよ」と声がかかった。
「お昼ごはん食べれなくなっちゃうでしょう?」
これにはロイとライだけではなくサーシャとディノもがっかり顔だ。小さいお腹に甘い物を食べたら確かにお昼ごはんが食べきれなくなってしまうかも知れない。
「あらあら、ごめんなさい。私ったら考えなしで。」
エレノア様もそれに気づいてさっきまで子供達の笑顔にほころんでいたのに申し訳なさそうにしていた。
「じゃあその中の1番食べたいのを1つだけ食べてもいいよ。もしもお昼ごはん食べきれなかったらセオさんと俺が食べてあげるね?」
そうしたらみんな大喜びでテーブルにつくと頂いた袋の中のお菓子を出して「どれにしようかなぁ。」って一生懸命選び始めた。
「ところでノートン、あの子はだあれ?新しい子がいるなんて聞いてないわ。人数分しかお菓子の用意をしてこなかったのどうしましょう。」
俺に気づいたエレノア様がノートンさんを見て困った顔になった。甘い物は大好きだけど俺も子供じやないのでお気遣いなく。
「彼は先日お話した者です。トウヤくん、エレノア様にご挨拶を。」
ノートンさんから紹介されてようやく自己紹介をする機会を得た。いや、ずっと壁に居ても良かったんですけどね。
「初めまして。冬夜と申します。」
壁際から少しだけ前に出て、当たり障りなく名前だけで頭を下げる。
「まあ、随分可愛らしい方なのね?学校は大丈夫なのかしら?」
「エレノア様、トウヤくんはセオと同い年ですよ。働き者でとても助かっているんです。」
「そうですか。ごめんなさいね?貴方が私の紹介を断って雇った程ですものね。トウヤさん、子供達をよろしく頼みますね。」
「は、はい。」
びっくりした。この人の紹介を断って俺を選んでくれたんだ。すみません、エレノア様。
心の中でこっそり恐縮している俺の所にサーシャがお菓子を持って近寄ってきた。
「どうしたの?迷っちゃって決まらない?」
「ううん。えっとねぇトーヤにもひとくちあげる。」
そう言って小さくちぎったお菓子を俺の口にあーんしてくれた。味もわからないほどの小さなかけらだけど大事なお菓子を分けてくれて嬉しい。嬉しくて思わずハグちゅうしちゃう。
「ロイもおかしトーヤにあげる。」
「ライもあげる。」
「ディノも~」
次々やってきて俺の口にお菓子を入れてくれる。……くれるんだけどあれ?ハグちゅう待ち?
「お菓子をくれなくてもぎゅうってするよ?」
それでも小さい子組は俺に食べさせるのが面白いのかちっちゃなかけらを『あ~ん』と口に入れてはぷにぷにほっぺを差し出した。
「ほら、もうおしまいね。みんなのお菓子もなくなっちゃうし俺がお腹いっぱいになっちゃうとみんなのお昼ごはん食べてあげられないよ?」
三周目に入りそうになったのをおでこにちゅってしてやめてもらった。
「とっても仲がいいのね。ね、貴方もこちらにおいでなさい。」
声を掛けられ来客中だったのを思い出した。しまった、子供達を独り占めしてた。小さい子達を連れて俺もテーブルに掛けさせてもらうとさっき台所にいたメイドさんが紅茶を出してくれた。
「美味しい……」
茶葉が違うのか淹れ方が違うのか普段飲んでいる紅茶とは全然味が違った。
「それじゃあ『桜の庭』も暫く安泰と思って良いのかしら?」
「ええ、トウヤくんのおかげでマリーとレインに負担をかけることもなくなり子供達もよく笑うようになりました。食事も沢山食べる様になったので成長が楽しみですよ。セオと一緒に永く『桜の庭』を支えてくれればなおいいのですがね。」
ノートンさんが凄く俺のことを褒めてくれた後優しく笑ってセオに視線を移した。セオのことも同じ様に、いやそれ以上に思ってるんだろうな。
「ちょ……ノートンさん、何言ってるんですか!」
ふふっ褒められてセオが真っ赤だ。
マリーとレインも頷いていてセオさんを頼りにしてるアピールだ。
「まあ羨ましいこと。私は『桜の庭』より我が孫の心配をすべきかしらね。」
「おや、先日ご紹介下さろうとなさった方はどうなったのですか?」
ディノのほっぺについたお菓子のクズを払ってあげながら『俺がお仕事取っちゃった人の事だ。』とちょっとだけ聞き耳を立ててしまった。
「それが貴方に断られたと手紙を送ったのだけどそれ以来音沙汰なしなのよ、どうなってるか私のほうが知りたいわ、本当にクラウスったら。ねえユリウス?」
………………ん!?
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