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王都で就活?
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しおりを挟むクラウスの話 王都編①
母やお祖母様から解放され宿屋に戻れたのはすっかり夜もふけた頃だった。
こんな時間になるなんて予想してなくてトウヤに何も言ってない。
ブレスレットを使ってないのはわかるがそれが無事だと言う確証ではない。
まだ戻ってなくて教会にいたら?また攫われたりしたら?不安だらけで宿に戻れば『お連れ様なら夕飯時にはお戻りですよ。』といわれ胸を撫でおろした。
鍵を受け取り部屋に入る前にノックをしたが返事がない。寝ているのだろうか。起こしてしまわないようにそっと開ければやけに重い扉にトウヤがもたれかかっていた。
なんでこんな所に?
開くほどに倒れてくるトウヤの頭の下に手を入れて受け止めることでようやく室内に入った。
穏やかな寝息から体調の異変で倒れているわけでは無いのはわかる。伸びた足の上に枕も乗っている。
「トウヤ、トウヤ起きろ、こんな所でどうした?」
仕方なく眠りを遮ると少しだけ覚醒した。
「ん……クラウスさん?良かった僕鍵開けなくちゃって思って。おかえりなさい。……いっぱい話したいけど、もう……ねむ…く…、て‥…」
子供みたいな顔で笑ってそれだけ言うとまた眠ってしまった。
俺が部屋に入れないかと思ってこんな所で待ってたのか。
トウヤがこの国で育ったんでは無いのはわかっているが何がわかって何がわからないのか判断がつかないので先回っての助言が難しい。取り敢えず先に寝てても部屋に入れることを明日一番に教えよう。
相変わらず華奢な身体を抱き上げてベッドへ寝かせ額におやすみのキスを落とす。このぐらい運び賃に貰ってもいいよな。
今日も変わらず俺のシャツを寝間着に着ている。
『とまりぎ』で初めて着ているのを見たときにも驚いたけど、まさか寝る時はこれ一枚で眠るとは思わなかった。
この『たかが一枚のシャツ』に庇護欲と征服欲を掻き立てられ自分の紳士の振る舞いをこれ程試されるとは思ってなかった。
昨日の夜もパタパタさせる白い靭やかな足が気になって手紙もろくに進まずシーツを掛けたっけ。
あの後冒険者をしてた理由を話した事で『皇子様が羨ましい』とトウヤを泣かせてしまった。
自分の出自が刻まれた名前が嫌いだと小さな身体を更に小さくして泣いているトウヤにかける言葉が見つからずしばらく泣かせてしまった。
結局、その名前を好きだと言ってやることしかできなかった。
「名前だけじゃないんだがな。」
涙に濡れた目元に、頬にキスをしてそのまま唇も塞いでしまいたかった。だけどあの時の拒絶の言葉がまだ耳に残っている。
俺に向けられたものじゃないとわかっていてもだ。だからといって『子供扱い』なんてしてるつもりもないんだけどな。
……俺はそもそもトウヤの中で恋愛対象で無いというか、俺への警戒心がまるで無い。俺と同じ部屋では怖がるかと思えば『一緒がいい』と言うし、こんな格好でウロウロしたり、ましてや風呂で眠ったり。
拒絶されるよりいいのかも知れないが意識してもらわないと何も始まらない。
「…………シャワー浴びるか。」
今はトウヤとの関係を考えるよりトウヤの仕事の確保と俺の問題も片付けなくては。
******
トウヤと宿の前で別れた後、俺は王都の家へ向かった。
ギルドで受け取った3通の手紙はそれぞれ『お祖母様』『母』そして『兄』からだった。
俺がマデリンから出した手紙は『お祖母様』と『父』に宛てたものだったのに。
しかも内容が最悪だった。確かにトウヤのゆう通りで、いくら俺がトウヤの事を大丈夫だと言っても駄目なのは理解できる。でも文面がどうもお祖母様らしくない。
母からは『とにかく帰って来ないとお父様に言いつける。』となっている。愛妻家の父は母が駄目だと言えば平気で俺を騎士団に復帰させないで置くだろう。父が復帰しろと言ったから帰ってきたわけだが母の意見が我が家の最優先事項になる。
そして一番の問題は兄だ。
『リカルドから「可愛い子を連れていた」と聞いたよ。内緒にして欲しかったらまずは家に顔を出してお母様とランチを。それからお祖母様とお茶を楽しんでおいで。ナイデルからは2日で着くからこれを読んだ次の日には来れるよね。もうお二人とも明日を楽しみにしているよ。ご婦人を2人も泣かせてはいけないよ?』
…………絶対面白がっている。母とお祖母様を焚き付けて何を企んでいるんだか。わかっていてもこの指示に従わないとトウヤの仕事も決まらないし俺の復帰もさせないつもりだ。
王都の中心にある教会を抜けた先の王城までの間は貴族邸が立ち並ぶ。屋敷の門番に訪問を告げれば『おかえりなさいませ』と門扉を通される。前庭を抜け建物に近付けば自然と扉が開き、エントランスに母と執事を初めとする使用人の出迎えを受けた。
「おかえりなさいクラウス。」
「おかえりなさいませクラウス様」
「ただいま帰りました。」
出迎えてくれた母とハグを交わした。50歳も近いと云うのに我が母ながら若く愛らしい人だ。
「もう!クラウスったらいくらお母様の為とはいえ3年も王都にいないなんてひどいわ!」
「……お忘れですか。新年にはご挨拶に伺いましたよ。」
「半年前じゃない!」
「そうですね。無事に騎士団に復帰できたら王都住まいになるのでもう少しマメに顔を出せるかと思います。」
三男の俺から中々子離れしてくれない母の小言を躱し本題を急ぐ。
「あ、それならユリウスからお手紙を預かってるわよ。」
母がいたずらな顔で笑って兄からの手紙を見せる。手を伸ばすとそれを隣で控えていた執事に渡してしまった。
「なぜですか。」
「ユリウスから『ランチを食べたら渡すように』と言われたもの。」
まさか本当に母とランチを食べる事になるとは思ってなかった。この分だとお祖母様ともお茶会をしないとトウヤの仕事の依頼も出してもらえない様に仕込んであるだろう。悔しいが兄には結局逆らえない。
諦めて手紙を受け取れるまで母のお喋りに付き合うしかない。
「そういえばクラウス。貴方が孤児院で働く人を見つけてきたって聞いたけど本当に?」
まさか母が知っていると思わなかった。
「なぜお祖母様がお母様にその話を?」
「なぜって貴方こそどうしてその人を孤児院で働かせるの?」
「どうしてって……仕事を探していたからですが。なぜお母様がそれを気にするのですか?」
「それは‥‥お母様が引退されたら私が孤児院の支援をしていくのだから今から孤児院の事を知っていく必要があるからよ!」
よくわからない理由だがお祖母様が話したのだからそうなのだろう。
「私がこの3年間お世話になっていた騎士隊の元副団長のマートの所で働いていた者です。孤児院に非常に適したスキルを持っていてお祖母様のお役に立てるかと思い話をしたら「ぜひに」と言ってくれたのでお祖母様に依頼を出すように手紙を送りました。人手不足だと聞いていますが違いますか?」
「………そ、そうなの。適したスキルがあるのならお母様も喜ばれるわね。」
なんだか歯切れの悪い返事だが一体何なのだろう。
帰宅のハグから始まりランチ終了までに半日を費やし、ようやく兄の手紙を手に入れてお祖母様の屋敷へ向かおうとしたら
「お母様から『3年ぶりなのだから正装で来るように』といわれたわ。」
と着替えさせられおまけに馬車に突っ込まれた。祖母とはいえ公爵家に普段着で歩いて行くのは許されないらしい。
『これはトウヤの仕事と俺の騎士団復帰のためだ。』
久し振りの正装に堅苦しさを感じつつも大人しく馬車に揺られてお祖母様の屋敷に向かった。
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