迷子の僕の異世界生活

クローナ

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迷子になりました

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「マートさん、今日お昼の片付けが終わったら少し近所をお散歩しに行ってもいいですか?」

「散歩?」

遅い朝ご飯を食べながら聞いてみた。

「はい。僕、橋とギルドしか知らないので。正直言えばどちらもうろ覚えで……」

マートが口に入れようとしたパンを落として今気づきましたみたいな顔をした。
いや、いいんですよ。お互いお仕事いっぱいいっぱいだし奥さんの分も子供達世話して大変ですよね。

「できればビートに道案内してもらいたいんですけどそうするとジェリーも一緒に連れ出す事になってしまいますから駄目なら一人で行きます」

うん、よく考えたら可愛い子供達を怪しい男に預けられないよなぁ

「いいぜ、ビートと行ってこい。ジェリーが一緒でもいい。ただひとりはだめだ。」

ありがたいけどなぜ?思わず眉をひそめる。

「また迷子になるといけないからな」

ビートがにやっと笑った。確かに。

その後は散歩の時間を捻出する為大急ぎかつ丁寧に仕事をこなした。
昼の営業時間前余裕でシーツも干し終わり宿の前を掃き掃除も終わらせ、テーブルをもう一度拭き上げる。
マートから準備OKのサインが出たら表に『営業中』らしき看板を出す。


ーー―さて。実はこの昼の営業が少しだけ憂鬱になりつつある。

「いらっしゃいませ」

マートの作るランチの美味しさと会ったことはないけれどヘレナさんの人柄でいつも常連さんで席はすぐにいっぱいになる。
臨時で雇われた俺に声をかけてくれる人も沢山いるのだけどなんだろう……日を追うごとにあちこち触られる事が増えてきた。
しかも複数。

ロウもだけどこっちの人はスキンシップが多いのだろうか。
でもロウは今朝のもそうだけど高校の同級生にされてた感じと変わらないから気にならない。
バイト先にも時々いたけど睨むとやらなくなるような小物ばかりだった。

でも昼間の客はなんだか気持ち悪い。

初日は手とか足とか当たってるだけで気のせいかと思ったけど昨日はメニューを選ぶ間中腰を掴まれたり、通るたびにお尻を撫でられたりドリンクを置いた手を握られ離してもらえなかったりした。
その度に営業スマイルでやり過ごすのだけど流石にへこむ。

でも俺のこの世界の知識がなさ過ぎてセクハラされてるのかただのスキンシップか判断できない。
あれがこちらでは当たり前の事でヘレナさんも上手くやり過ごしているのだとしたら臨時の雇われの俺が何かして常連さんが減ったりしたら恩を仇で返す事になる。

「よし、上手くかわそう」

そうだ。今まで無防備だったのがいけなかったんだ。クラウスも『嫌なら嫌と言え』って教えてくれたじゃん。ボンヤリ配膳してないで自分で自分を守ろう!

意識をすれば毎日触ってくる客から一歩離れて注文をとったり、テーブルから離れて歩いたりすればそこそこかわす事ができた。

昼の営業時間もあと少し。上手くお客からのセクハラを躱しこの後の散歩の事を考えてウキウキしてたら現れた。1番俺にねっとり触ってくる男だ。

近くに事務所を構えてると言うこの男。でっぷりとしたお腹をスーツで無理やり抑え込んでいる。
他の常連さんと話す事があるからこの人もやっぱり常連さんの1人だろうかと思うとヘタな対応はできない。

「いらっしゃいませ」

空いてる席へ案内すれば

「ありがとう」

と言いながら手を伸ばし座る前に俺の肩から指先まで撫でてそのまま手を取られた。
……しまった。昨日よりパワーアップしてる。

慌てて取られた手を引っ込めて一歩下がって注文をとった。

「豚肉ランチととり肉ランチどちらにされますか?」

「じゃあトーヤくんで」

教えてもないのに名前を呼ばれた。ホント気持ち悪いわこのおっさん。

「僕はメニューにありません。豚肉ランチととり肉ランチどちらにされますか?」

ベタすぎるセクハラ親父に営業スマイルも売切れそうだ。

「じゃあとり肉で」

マートに注文を通し出来上がりを待っていたらビートが隣に立つと
「大丈夫か?」と聞いてきた。

「え?なんで?」

「なんか変な顔してる」

「え~~?」

思わず顔を両手でむにむにしてみたスマイル売り切れてた⁉ビートはお兄ちゃんだから察しがいいのかな。

「なんだどうかしたのか?」

できたてのとり肉ランチを持ってきたマートにも聞かれた。へへへ。二人から心配されて嬉しい。

「なんでもないですよ。」

おかげでスマイルも復活した。

「お待たせしました。とり肉ランチです。」

なるべく男から離れた不自然ではない位置からお皿を配膳する。

「トーヤくんお休みいつだい?今度デートしよう」

そう言われても大丈夫さっきのでスマイルゲージは満タンだ。

「知らない人にはついていかないよう言われてますので」

営業スマイルできっぱり断った。
男は「それは残念だ」と諦めてランチを食べ始めた。

ちゃんと言えた事でまた嬉しくなった。昨日まで嫌な思いもしたけど気をつけたおかげで今日は上手く立ち回れたしこれもここで生活する上の社会勉強だな。いろいろ経験して身につけていかなくちゃ。

そう、できたと思って油断したんだ。

空いたお皿を片付けてる時に奥のテーブルのお客さんが席を立ったので通路を開けるため両手が塞がったまま一歩がったのがあの男の目の前だった。
レジに向かうお客さんに「ありがとうございました」と挨拶してる時に膝の辺りを掴まれてしまい動けない。離してもらおうと顔をみたら

「知らない人だなんてひどいなぁ」

と言って膝を掴んだ手が足の内側をつたい太ももまですり上がって来た。
周りからはエプロンで見えないのをいい事に足の付け根を撫でられる。
気持ち悪いのと驚きと恐怖で動けなかった。でもそれはほんの10秒くらいの間。
両手に持った皿をわざと手放し落とした事で男の手が離れた。

「大丈夫かトーヤ」

お皿の落ちた音でお客さんのレジの対応をしていたマートが俺を見た。

「ごめんなさい。すぐ拾います」

慌ててしゃがんで食器を拾う俺の肩を男がまた「いけないね~」と言いながら撫でてきた。気持ち悪い!急いでお皿を拾って離れたい。

その時「パシンッ」と音がして男の手が振払われた。いつの間にかビートが男と俺の間に立って男を睨みつける。

「とーちゃんこいつ今トーヤ触ってた」

ビートが震えてなかなか皿を拾えない俺の手を取って立たせようとしてくれるけど顔が上げれない。思った以上にダメージ食らってるみたいだ。心配そうに俺の顔を覗き込むとそのままビートの温かい手で握ってくれた。

マートが厨房を出て寄ってくる。

「お皿を落としたから心配してちょっと肩を触っただけさ」

「違う!昨日もその前もトーヤを触ってた。今だって皿を落とす前なんかしてたろ」

しれっと言う男にビートが大声で反論した。店に残ってる客はがみんな見てる気がする。何やってんだ俺。もう少し上手く出来なかった?

「ホントかトーヤ?」

俯いたままの俺にマートが聞いてきた。もういいや。同じ事されたらもう耐えられないかも知れない。
俯いたまま こくん とうなずいた。

その瞬間すごい音がして床に男が叩きつけられた。

びっくりして溢れそうだった涙が引っ込んだ。

え?なに?マートがやったの⁉

「うちはお前みたいなやつは客とみなさねぇ金はいいからとっとと出て行きやがれ」

普段の人柄からは想像できない怖い顔で床に転がる男を睨みつける。
マートを見上げた男は「ヒィィィ」と顔を恐怖にゆがませて店を飛び出して行った。




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