上 下
9 / 84
第一章 私と殿下

晩餐会です(5)

しおりを挟む
「お帰りなさいませ……ってお嬢様、如何なさったのですか!? 何故……」

 馬車が公爵邸のエントランスに着いた途端、ルーナは主人の帰りに一度腰を折り、顔を上げた。そして悲鳴のような驚きのような声を上げて私に近づいてきた。

「あっルーナ。まだお母様とお父様は帰ってこないわ。私が先に帰ってきたの」

「そんなことはどうでもいいのです! いや、ダメなんですけど……何故アタナシア様が泣いているのですか? ギルバート殿下に何かされたのですか? それとも晩餐会で何か……?」

 あたふたといつもは冷静な彼女が戸惑っている。

(泣いている……? 私が?)

 ルーナはそっと持っていたハンカチを私の目じりに優しく置く。

「だっ大丈夫よルーナ! 私は……泣いてなんか……ヒック」

 彼女にハンカチで目頭を押さえられ、気付いてしまった。私は先程の出来事が、今になって何故か酷く悲しくて泣いているのだ。
 全てを受け入れるかのように優しく私を包み込んでくれるルーナに、顔を埋めて私は嗚咽混じりにいっそう泣いてしまう。

「お嬢様……大丈夫ですよ。ルーナはずっと何があってもお嬢様の味方です。晩餐会で何が起こったかは私には図りかねますが、きっとお辛かったのでしょう? お嬢様が泣き止むまでずっと一緒にいますよ」

「ルーナぁ」

──何故涙が出てくるのか。こんな悲しいのか。

 それは私を優しく見てくる殿下も、仲睦まじくずっと夫婦でいるお母様とお父様。自分が慕うご令息と踊るために頑張るご令嬢、私を恨めしそうに見てくる貴族達、私が王妃となり、彼と結婚する未来を疑わない人々。悪意ある視線。

 全部全部、辛くて悲くて羨ましい。だって周りが思っている、描いているは私には来ない。全部儚く消えてしまうことを知っているから。
 それなのに私に期待させるような行動を取る殿下も仲睦まじいお母様とお父様の姿も恨めしくて羨ましい。

──私には手に入れられない未来と未来に繋がる瞞しだから。

 このまま行けば私は王妃となり彼と共にこの国を支えていくと誰もが思っているだろう。だから、恨めしそうに貴族達は見てくる。仲睦まじいわねとからかう人もいる。

 それは彼等が描いている「」があるのが大前提だ。それが覆ると思っていないから、信じているから言えるのだ。

 でも私は知っている。私はこのままいくと真実の愛を見つけたという殿下に婚約破棄をされる
 記憶さえ思い出さなければ私もを信じて、彼から向けられる視線にも嬉しさを持っただろう。

 でも、蘇ってしまったからには持てないのだ。潔く身を引くことしか私には出来ないのだ。

 だから、悲しくてルーナという私のことを一番知っている彼女を見たら安堵して泣いてしまった。

 泣き続けている内に漠然と未来に向かう一歩を踏み出すのが怖いと思っている自分に気付く。
 自分の行動によって、そのあとの出来事が変わってしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。ルーナからも見捨てられてしまうかもしれない。

────何もしてないのに私がしたことにされて、濡れ衣を着せられたあの日のように。

 誰も助けてくれなかった。見捨てられた日のように。

 ぞわりと足元から恐怖が私に襲いかかる。

「ルっルーナは私のことを見捨てないわよね? ずっと私の味方よね?」

「勿論ですよ。見捨てるわけないじゃないですか。お嬢様は私の中でたった一人の可愛いお嬢様です」

 怯えて震えている私の手をそっと握り、目の位置まで持っていくと彼女は私を見ながら微笑んだ。

「そっそうよね。ルーナが私を見捨てるなんてないわよね……」

「……お嬢様どうしたのですか? いつものお嬢様らしくないですよ。さっ涙を拭いて、御屋敷の中に入りましょう?」

「いつもと同じよ。ただちょっとだけ悪い夢を見てしまったから不安になってしまったの。今日は疲れたから部屋に戻ってもう寝るわ」

 夢なんて今見ているはずもないのに分かりやすい嘘をついてしまった。それでも、ルーナは何も言わなかった。

「……そうですか。分かりました。ネグリジェを持ってきますのでお嬢様は部屋の中に居てくださいね。くれぐれも、そのドレスのままベッドにダイブしないで下さいね! 絶対ですよ!」

「ねっ寝ないわよ。だってしわになっちゃうじゃない!」

「……そう言って、しわを作った人はどこのどなたでしたっけ?」

 じーっとこっちを見つめるルーナ。きっ気まずい…そうよ。私……しわを作ったことあります。ええ。

「寝ないから! 寝ないから、そんな表情で見ないで! 悪いとは思ってたのよ? でも眠たかったんだもん! ……貴方、信用してないわね……」

 そう言って一旦ルーナと別れてわたしは自室へと向かう。
数分経ってコンコンっとノックが聞こえたのでドアを開ける。

「お嬢様、これに着替えてください。あと今着ているお召し物を此方に」

「ええ分かったわ」

 ルーナに手伝ってもらって素早くドレスや髪飾りを全て取る。
 そしてゆったりとした光沢のある絹のネグリジェに着替え、靴を脱いでスリッパに履き替える。

「それではお嬢様、いい夢を。おやすみなさいませ」

「ルーナ、お休みなさい」

 私がベッドに入ったことを確認して彼女は私の部屋から退出した。

 目をつぶると直ぐに眠気が私を夢の中に誘い、すぐに私は眠ってしまった。

 少し時間がたったあと、部屋のドアがゆっくりと中で寝ている彼女を起こさないように開く。
 
 半分ほど開けた所で、中を覗いた人物はルーナだった。ルーナは抜き足さし足で起こさないようにアタナシアの元へ歩く。
 そしてアタナシアを覗き込み、ちゃんと寝ているか確認してから傍にあった靴を見つけて目を見張る。

(これは……汚れているわ。何故お嬢様の靴が……)

 大体予想はついていた。主が泣きながら帰ってくるなんて、基本的に嫌がらせを受けた時なのだ。

 いつもは気高く振舞っているが、こういうのに主は弱い。まあ、誰であっても傷つくものではあるが。

(ロン様と公爵様にお伝えしないと)

 そっと音を立てずに靴を持つと、急いで彼女は退出する。
 ルーナは自室へと戻ると書き付けられる紙に急いでアタナシアの靴が汚れていたこと、泣きながら帰ってきた事を綴り魔法で王宮にいるはずの公爵とロンの元に飛ばす。

「お嬢様は何をあんなに恐れているのだろう? 嫌がらせだけにしては変だわ」

 魔法で飛んでいく手紙を、窓から見ながらルーナは自身の主人を心配していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

伯爵夫人を殺したのは誰だ

mios
恋愛
伯爵は夫人の葬儀の途中、自分が前世女性であったことを思い出す。夫人は伯爵家の別邸で何者かに殺された。 容疑者として浮上したのは、夫人の元親友のエミリだった。

殿下の御心のままに。

cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。 アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。 「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。 激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。 身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。 その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。 「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」 ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。 ※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。 ※シリアスな話っぽいですが気のせいです。 ※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください  (基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません) ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄になって屋敷も追い出されたが、それ以上の名家の公爵に好かれて

ワールド
恋愛
 私はエリアンナ・ヴェルモント、一介の伯爵家の娘。政略結婚が突如破棄され、家族にも見放されてしまった。恥辱にまみれ、屋敷を追われる私。だが、その夜が私の運命を変える。ある名家の公爵、アレクサンダー・グレイヴィルが私に手を差し伸べたのだ。彼は私をただの避けられるべき存在とは見ず、私の真の価値を見出してくれた。  アレクサンダーの保護の下、私は新たな生活を始める。彼は冷酷な噂が絶えない男だったが、私にだけは温かい。彼の影響力で、私は社交界に再び姿を現す。今度は嘲笑の対象ではなく、尊敬される女性として。私は彼の隣で学び、成長し、やがて自分自身の名声を築き上げる。

完璧令嬢が仮面を外す時

編端みどり
恋愛
※本編完結、番外編を更新中です。 冷たいけど完璧。それが王太子の婚約者であるマーガレットの評価。 ある日、婚約者の王太子に好きな人ができたから婚約を解消して欲しいと頼まれたマーガレットは、神妙に頷きながら内心ガッツポーズをしていた。 王太子は優しすぎて、マーガレットの好みではなかったからだ。 婚約を解消するには長い道のりが必要だが、自分を愛してくれない男と結婚するより良い。そう思っていたマーガレットに、身内枠だと思っていた男がストレートに告白してきた。 実はマーガレットは、恋愛小説が大好きだった。憧れていたが自分には無関係だと思っていた甘いシチュエーションにキャパオーバーするマーガレットと、意地悪そうな笑みを浮かべながら微笑む男。 彼はマーガレットの知らない所で、様々な策を練っていた。 マーガレットは彼の仕掛けた策を解明できるのか? 全24話 ※話数の番号ずれてました。教えて頂きありがとうございます! ※アルファポリス様と、カクヨム様に投稿しています。

ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた

ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。 やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。 ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。 一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。 2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

処理中です...