私は貴方に堕ちている

夕香里

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チョコよりも甘い

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 とある日、うきうきとした気分でシャーロットは婚約者であるエドヴィンの住むハリントン公爵邸の地を踏んだ。
 小さい頃から幾度となく訪れているので、ハリントン公爵家に仕える使用人達にも顔を覚えられており、馬車から降りると笑みを深くした執事に迎えられる。

「シャーロット様、いらっしゃいませ」
「ええ、こんにちは」

 シャーロットも満面の笑みで挨拶を返す。

「ロティちゃんいらっしゃい」

 ふと、可愛らしい可憐な声がエントランスホールから聞こえてきて。少し遅れて抱きしめられた。ふわりと品の良い香りがシャーロットを包む。
 この香りをつけている人物はシャーロットの知っている中でただひとり。

「ルディア様、お迎えありがとうございます」
「あらあら、お義母様でいいって言っているのに」
「まだ、結婚したわけではありませんし」
「婚約してる時点で未来は確約されたようなものよ? 私、ロティちゃん以外を息子の妻として認めませんから」

 そうして挨拶代わりに軽いキスを受ける。

 ふわふわな金髪に、エドと同じ月のひとしずくを溶かしたような金の瞳が優しく眇られる。

 軽く談笑しながら、シャーロットはルディアと共にとある場所へ移動する。

「さてと、早速だけど始めましょう」

 パンっと仕切り直しのためにルディア様は手を叩き、置いてあったエプロンを着けた。シャーロットも自前のエプロンを着けて袖をまくる。

「今年は何をこしらえようかしら。ロティちゃん案はある?」
「そうですね、ガトーショコラはどうでしょう。エドも公爵様もチョコレートがお好きなので」
「いい案ね! そうしましょう」

 そう、今日はバレンタインデーなのだ。
 毎年、シャーロットはルディアと共にバレンタインのお菓子を作るのが恒例となっている。

 今年も例年通りルディアとお菓子を作り、エドヴィンの帰りを待っていたのだが。

(…………遅い)

 むうっとふくれながらシャーロットは今日何杯目か分からない紅茶を口に含む。
 お菓子作りが終わり、客間でエドヴィンを待たせてもらうことにしたのだが、一向に帰ってくる気配がないのだった。
 ちなみにルディアの夫であるハリントン公爵は定時と共に速攻帰宅し、シャーロットに挨拶した後にルディアと夫婦の時間を過ごしている。
 
(公爵様の方がお忙しそうなのになんでエドの方が帰ってこないのよ!!)

 足をばたつかせ、膝の上に乗せていたクッションをぽかぽかと殴る。

(……私が来てるってことは知ってるはずなのに)

 ぎゅっとクッションを抱きしめ、顔を埋める。

「こんなことて落ち込んでたらダメよ! いつものことでしょう」

 怒るだけ無駄なのである。そもそも、バレンタインをエドヴィンが覚えているのかさえ怪しい。彼は結構世間の行事に疎いのだ。

「もしかしたら殿下にこき使われているのかもしれないし。もう少し待ってみよう」

(ルディア様からも夕食のお誘いをいただいたからそれまでは)

 そう思い座っていると、いつの間にか眠ってしまった。


 ◇◇◇


「……ティ、ロティ」
「んうう」

 優しく肩を揺すられ、目を覚ましたシャーロットはぱちぱちと瞬きをする。

「エド」
「ロティごめん遅くなった」

(何かを言う前にエドが謝ってくるのは珍しい)
 
 目を擦するシャーロットの正面にエドヴィンは屈む。

「私が今日来ることは知っていたでしょう? お仕事が長引いたの?」
「仕事は……違う」
「では何故」
「それは……」
「理由を教えてくれないと、貴方のこと許さないんだから」

 棘のある声に、エドヴィンはシャーロットが相当怒っていると勘違いしたらしく、珍しく焦り始める。

「それに、後ろに隠している物は何?」
「何も隠してないよ」
「嘘おっしゃい」

 目が泳いでいる。明らかに何かある。
 しばしの間睨みつけていると、彼は観念した。
 エドヴィンは背中に隠していた花束をシャーロットに差し出す。

「外国では男から渡すこともあるらしくて、いつも貰ってばかりだから……」

 赤い薔薇の花束。もちろん数本という量ではなく、何十本も使われていて、芳香な薔薇の匂いがシャーロットの鼻に届く。

「あげると決めたのは言いものの、手配するのを忘れていて慌てて仕事終わりに街に行ったんだ。けど、どこも売り切れで」

 見るとエドヴィンの額には汗がうっすら浮かんでいた。どうやらこれのためだけに街を走り回ったらしい。
 帰宅が遅れた理由が自分のためだと知り、抱いていた怒りが沈静化していく。

(……それに、ちょっと抜けてるのがエドらしい)

 シャーロットは緩む口元を隠すために受け取った花束に顔を埋める。
 そうして少し弾んだ声で返すのだ。

「仕方ないわね。許してあげるわ」
「本当に許してくれるの?」

 シャーロットの表情が読めないエドヴィンが疑ってくるので、唇を尖らせてしまう。

「許すって言ったわ。信じられないの?」
「いつものロティなら三日は引きずって、口を聞いてくれなくなる」
「失礼ね!」

 確かにそうなのだが。今、ここで口にするのはさすがに空気を読めてなさすぎる。

「そんなこと言うならこれあげないわよ」

 テーブルの上に置いていた白い箱の蓋を開けた。出てきたのは昼間、ルディアと手作りしたガトーショコラだ。
 
「食べていいの?」

 箱にエドヴィンの手が伸びる。シャーロットはひょいっと箱を手中に収めた。

「タダではあげないわ」
「…………何をすればいいのさ」
「頬にキスしてくれたらいいわ」

 咄嗟に思いついた案だった。婚約者でいる期間が長すぎてシャーロットとエドヴィンには恋人らしいことはほとんど無いと言って等しい。
 口付けをされることはあるにはあるが、回数は片手で数える程である。
 友人達との茶会で婚約者との仲睦まじい話を沢山聞く度に羨ましいという気持ちが湧いてくるのだ。

(こういう時にしか……ねだれないし)

「分かった」

 しやすいように横を向くと何故かグイッと正面を向かせられた。

「エド? んっ」

 気づけば唇を柔らかいものに塞がれていた。強引でちょっと荒っぽい。どこにキスしているのか無理やり分からせるようなリップ音を響かせ、エドヴィンが離れていく。

「な、な、ほおって」
「頬にする必要ある? 私はロティの口にキスしたい」

 さらりと言ってのけられた。

(あるわ。私の心臓が持たないもの…!!)

 面と向かって言えるはずもなく、口をはくはくと動かしているともう一度、エドヴィンの顔が近づいてきて。

「愛しているよ」
「!」

 とびきり甘い囁きと共に頬にも口づけが落ちてくる。完敗したシャーロットはエドヴィンにガトーショコラを献上したのだった。
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