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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして

素直になれない心(3)

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 怪我を意識してしまうとズキズキと軽い痛みを覚える。試しに歩いてみた。

(よかった。歩くことはできそう)

 ただひょこひょこと軽く飛び跳ねるような歩き方しか出来なかった。

「よろしければ、おぶりましょうか?」
「いいえ、そこまでしていただく訳には」

 マッドフォード様のご提案を断ろうとすると、私の前で彼はしゃがむ。

「医務室まで歩きますと悪化する可能性がありますから。ここまで道案内してくださったお礼です」
「ですがリーゼロッテ皇女がお待ちでしょう?」
「姫様のことは気になさらず。道に迷ったとでも言えば信じますし、そもそも少しの間自由にしていいと言われましたしね。貴女を置いていくのは騎士の矜恃としてできません」

 そこまで言われて無下にもできない。私はおずおずとマッドフォード様の背中に乗せていただく。

「医務室はどちらでしょう」
「あちらです」

 不幸中の幸いなことに、ティータイムを楽しんでいた東屋から医務室までは近く、他の人に遭遇することはなかった。おかげで他国の騎士に背負われている侍女という奇妙な光景の説明をする手間が省けた。

 その道中、マッドフォード様が不意に呟く。

「噂には聞いていたのですが……テレーゼさんだったのですね」
「? 噂とは……」

 何か流れていただろうか。皇宮で流れる噂は数多く、日常茶飯事で全てを把握している訳ではない。

「ユリウス陛下にはお気に入りの侍女がいると耳にしまして」
「ああ、それは私ですね」

 ユースとの間にそのような噂が立つのは私しかいない。人前では止めるよう訴えているのだが、ふとした瞬間に彼は人がいても距離を詰めてくる。
 さっきもそうだ。リーゼロッテ皇女を放置して私の方へ来た。

 人の目があるところでは普通の侍女として接するよう務めているが、彼から破られてしまうとどうしようもない。周りの反応も怖いし、出来れば止めてほしいのだが、中々強く言えず私個人としても困っていた。

「陛下はテレーゼさんを大切にされているのですね」
「ええ」

 そこは自信を持って断言できる。でなければ、転びそうになったくらいで私を抱き抱えたりしないのだ。

(とっても大切にしてくれているけど……)

 姫の婚約者候補であるのに、他の女性と噂が立つのは如何なものかと思うのだが、そこら辺は良いのだろうか。ちらりと彼の表情を窺うが、ほがらかな笑顔は気分を害したようには見えない。

「あ、ここです」

 そうこうしてるうちに医務室に到着し、中にあった椅子に下ろしてもらう。常駐している先生に足を診てもらうと、そこまでおかしな捻り方はしてないとのこと。激しい運動は厳禁だが、普通に生活する分には歩いて大丈夫らしいので、痛み止めをもらって少し冷やしてから仕事に戻ることにした。

 ここまで運んでくださったマッドフォード様は、先生の診察を見届けてから医務室を後にした。

 私は楽な体勢になれる寝台に移動して患部を冷やしながら考える。

(このままではユースがリーゼロッテ皇女を迎え入れる可能性は限りなくゼロに近い)

 最優先は私だと言い切ってしまうくらいには、ユースの世界の中心は私らしい。

 好きな人の世界の中で優先度が高いのは嬉しいし、とっても幸せなことだ。だが皇帝という地位に一切の未練がないほど、私に偏っているのは問題だ。

 医務室の先生が所用で出ていき一人になったのを見計らい、ゴロンと両手を広げて横になる。溜息を吐いて顔を覆った。

(伴侶には別の人を迎えてほしいのに)

 私の胸中とは別に、ヘストリアの未来のために利益のある婚姻を結んでほしいのに、当の本人にその気がないならどうしようもない。しかも、ユースは皇帝なのだ。皇帝に異を唱えられる人材はそうそう存在しないし、唱えても権力の頂きにいるのはユースなのだから握り潰されてしまう。

「リーゼロッテ皇女が一番ユースに相応しいのに、初っ端からあのような態度を取るなんて」

 足だけでなく頭まで痛くなってきそうだ。

「可愛くて教養もあって、皇国の姫。これ以上ないほど素晴らしい人よ」

 足を冷やしながら、むむむと唇をへの字に曲げてしまう。
 最近はこのことについて散々頭を悩ませているのだが、私がユースに強制することなんて出来やしないし、したくもない。出来るとしたらその気になれるよう、状況を変えていくことくらいだ。
 なのでユース自らその気になってくれたらいいなと希望的観測を抱くだけに留める。

(それに──)

「ううん、もうおしまい!」

 悩んでいたって仕方ない。上半身を起こして気持ちを切替えると同時に医務室のドアが開いた。
 そこにはリーゼロッテ皇女を部屋まで送り、執務に戻ったはずのユースが息を切らして立っていた。彼の視線が患部を冷やす私の手に移る。

「どうしてここに?」
「ベルが怪我をしていたとエーヴェル皇国の騎士が去り際に教えてくれた」

 リーゼロッテ皇女の元に戻ったマッドフォード様と会ったらしい。どうやら彼が先ほどのユースの過保護ぶりを察して気を回してくれたようだ。
 ユースは私の手から氷嚢を奪い、代わりに患部を冷やしてくれる。

「足を捻ったことに気づかなかったのは失態だ。痛みも全て代わってあげたい」
「大袈裟よ。ただ単に捻っただけじゃない。すぐに治るものよ」
「そういう問題ではない。ベルが怪我をする窪みを残すような疎かな整備は、私の失態だ。すぐに点検して皇宮の窪みという窪みを土でかさ増しして埋める」

 至極真面目にそんなことを言うので、思わず笑ってしまう。

(それに、私のことをなりふり構わず一番に優先するユースを、嬉しいと思ってしまう私も私でどうしようもない人間だわ)
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