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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして
素直になれない心(2)
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「大丈夫ですか」
「あ、ありがとうございます」
どうやらマッドフォード様が私のことを抱きとめてくれたようだった。頭を上げると彼の綺麗な顔が間近にあってどぎまぎとしてしまう。
「間に合って良かったです」
そんな優しい声が耳朶に触れ、再度お礼を言おうとしたところでマッドフォード様から引き剥がされた。ふわりと足が地面から遠ざかる。腹部に腕を回され、グイッと強引に持ち上げられた。
「近すぎだ」
いつの間にかユースが席を立って私のことを抱き抱えたようだった。共に居た姫様はどうしたのだろうかと東屋の方に目を向けると、リーゼロッテ皇女は固まっている。
(わああああ馬鹿!)
どうしてリーゼロッテ皇女を放置してこっちに来ているのだろうか。彼女の機嫌を損ねて外交問題になったら、至る所に悪影響を及ぼす。
ぽこぽことユースの胸元を叩くが、無視される。それどころか私を抱きしめる力がますます強まるばかりだ。
私はマッドフォード様に聞こえないよう、彼の耳元で強く訴える。
「ユース降ろして!」
「嫌だ」
「国際問題になるわ!」
鬱陶しそうに首を振ったユースは眉をひそめた。
「別にかまわない。この国がどうなろうと興味はない。むしろベルを殺した国なんて滅んでしまえばいい」
物騒なことをこのような場で言わないでほしい。
まるでユースの周りから黒いモヤが出てきていると目の錯覚を起こしてしまいそうなほど、ぶわりと負の感情が噴出している。
「言っただろう? 最優先はベルだ。如何に多大な損害が周りに出ようとも、知ったことではない」
(あ、駄目だこれ)
もはや聞く耳を持っていない。長年の勘からこのような時のユースは何を言っても聞かないのだ。説得は諦め、最終手段をとる。
「降ろさないともう一生口を聞かないわよ」
睨みつければユースは私をすぐ下ろした。
(最初からしてくれればいいのに)
恨めしげに見上げるが、彼は何も気にしてない。それよりも私が転びそうになって怪我をしていないかが気がかりのようだ。
「ははは、陛下は心優しいのですね」
マッドフォード様は目の前で繰り広げられた光景を柔らかく言い替えてくれる。転びそうになったところを助けていただいた上、お見苦しいところを見せてしまった。それに自国の姫が放置されているのだ。気分が悪いだろう。
なのに気遣ってくれる優しさが心に染みる。大変申し訳ない。
──と、そこでようやくリーゼロッテ皇女が動き出した。彼女は男心をよく分かっていると思う。大きな瞳には今にも零れそうな涙がキラリと光っていた。長いまつ毛が儚く揺れて、肩が微かにかすかに震えている。
そしてつんっと小さくユースの服を引っ張るのだ。
「陛下、わたくしのことを忘れないでくださいな。悲しくなってしまいますわ」
だが、ユースにとっては悪手らしい。脈なしという言葉がぴったりなくらいに、冷めた視線をリーゼロッテ皇女に送っている。服を握った手を無造作に払った。
続けざまに心無い言葉を投げかけそうになっていたので、私が目で訴えると渋々ながら本音を隠すが、隠しきれずに声音に漏れ出る。
「…………忘れていたわけではないのだが不快に思わせたなら謝罪する」
「でしたら謝罪は不要です。ただ、その代わりに少しでも申し訳ないというお気持ちをお持ちでしたら部屋まで送ってくださいな」
コロリと涙を引っこめて微笑を浮かべるリーゼロッテ皇女の変わり様に感心してしまう。これが処世術だとしたら、私は到底真似出来ない。
(私だったらすぐに気持ちを切り替えたり、演技だとしても表情を自分の考えた通り瞬時に変えられないわ)
リーゼロッテ皇女は微笑を崩さず、ユースのことを見上げている。どの国の姫でもこのように上手く立ち回るのだろうか。だとしたら本当に凄い。
「…………送ろう」
背後に控えた側近たちの無言の圧力と私の訴えと諸々を足してようやくユースは頷いた。
「まあ! ありがとうございます」
リーゼロッテ皇女はすかさず自身の腕をユースの腕に搦めて頭を預ける。
ユースは眉を僅かにひそめたが、今度は振り払わなかった。
「オスカー、貴方は少しの間自由にしていいわ。後でわたくしの部屋に来てちょうだい」
「かしこまりました」
頭を下げたマッドフォード様と私を置いて、リーゼロッテ皇女はユースとこの場を後にする。
去り際に彼は何やら私に言いたそうに口を開きかけたが、些か強引にリーゼロッテ皇女が引っ張るので何も言えずに立ち去った。
取り残された私達は目を合わせた。
「リーゼロッテ様がすみません」
「いえ、それを言うならユリウス陛下のリーゼロッテ皇女への態度の方が悪いですし……。普段はもう少し穏やかなのですが……お気を悪くされましたら申し訳ございません」
嘘である。普段のユースも同じくらい態度が悪い。でも、それは国内の貴族達にだ。
(まさか他国の使節団……姫君にまでも同じ態度だなんて)
見ているこっちの寿命が縮む。これ以降はどうか勘弁してほしい。ユースにもう一度言うのは当然として、ヘンドリック様辺りに伝えておけば多少対応は変化するだろうか。
「いえ、姫も些か強引でしたし、気にしないでください。ところでテレーゼさん、足は大丈夫でしょうか? 足を捻られましたよね」
マッドフォード様の視線が靴に落ちる。つられて私も足元を見る。ついさっきまでユースの態度にハラハラしていたからか、全く痛みを感じなかったのだが、挫いた際に軽く足を捻ってしまったようだった。
「あ、ありがとうございます」
どうやらマッドフォード様が私のことを抱きとめてくれたようだった。頭を上げると彼の綺麗な顔が間近にあってどぎまぎとしてしまう。
「間に合って良かったです」
そんな優しい声が耳朶に触れ、再度お礼を言おうとしたところでマッドフォード様から引き剥がされた。ふわりと足が地面から遠ざかる。腹部に腕を回され、グイッと強引に持ち上げられた。
「近すぎだ」
いつの間にかユースが席を立って私のことを抱き抱えたようだった。共に居た姫様はどうしたのだろうかと東屋の方に目を向けると、リーゼロッテ皇女は固まっている。
(わああああ馬鹿!)
どうしてリーゼロッテ皇女を放置してこっちに来ているのだろうか。彼女の機嫌を損ねて外交問題になったら、至る所に悪影響を及ぼす。
ぽこぽことユースの胸元を叩くが、無視される。それどころか私を抱きしめる力がますます強まるばかりだ。
私はマッドフォード様に聞こえないよう、彼の耳元で強く訴える。
「ユース降ろして!」
「嫌だ」
「国際問題になるわ!」
鬱陶しそうに首を振ったユースは眉をひそめた。
「別にかまわない。この国がどうなろうと興味はない。むしろベルを殺した国なんて滅んでしまえばいい」
物騒なことをこのような場で言わないでほしい。
まるでユースの周りから黒いモヤが出てきていると目の錯覚を起こしてしまいそうなほど、ぶわりと負の感情が噴出している。
「言っただろう? 最優先はベルだ。如何に多大な損害が周りに出ようとも、知ったことではない」
(あ、駄目だこれ)
もはや聞く耳を持っていない。長年の勘からこのような時のユースは何を言っても聞かないのだ。説得は諦め、最終手段をとる。
「降ろさないともう一生口を聞かないわよ」
睨みつければユースは私をすぐ下ろした。
(最初からしてくれればいいのに)
恨めしげに見上げるが、彼は何も気にしてない。それよりも私が転びそうになって怪我をしていないかが気がかりのようだ。
「ははは、陛下は心優しいのですね」
マッドフォード様は目の前で繰り広げられた光景を柔らかく言い替えてくれる。転びそうになったところを助けていただいた上、お見苦しいところを見せてしまった。それに自国の姫が放置されているのだ。気分が悪いだろう。
なのに気遣ってくれる優しさが心に染みる。大変申し訳ない。
──と、そこでようやくリーゼロッテ皇女が動き出した。彼女は男心をよく分かっていると思う。大きな瞳には今にも零れそうな涙がキラリと光っていた。長いまつ毛が儚く揺れて、肩が微かにかすかに震えている。
そしてつんっと小さくユースの服を引っ張るのだ。
「陛下、わたくしのことを忘れないでくださいな。悲しくなってしまいますわ」
だが、ユースにとっては悪手らしい。脈なしという言葉がぴったりなくらいに、冷めた視線をリーゼロッテ皇女に送っている。服を握った手を無造作に払った。
続けざまに心無い言葉を投げかけそうになっていたので、私が目で訴えると渋々ながら本音を隠すが、隠しきれずに声音に漏れ出る。
「…………忘れていたわけではないのだが不快に思わせたなら謝罪する」
「でしたら謝罪は不要です。ただ、その代わりに少しでも申し訳ないというお気持ちをお持ちでしたら部屋まで送ってくださいな」
コロリと涙を引っこめて微笑を浮かべるリーゼロッテ皇女の変わり様に感心してしまう。これが処世術だとしたら、私は到底真似出来ない。
(私だったらすぐに気持ちを切り替えたり、演技だとしても表情を自分の考えた通り瞬時に変えられないわ)
リーゼロッテ皇女は微笑を崩さず、ユースのことを見上げている。どの国の姫でもこのように上手く立ち回るのだろうか。だとしたら本当に凄い。
「…………送ろう」
背後に控えた側近たちの無言の圧力と私の訴えと諸々を足してようやくユースは頷いた。
「まあ! ありがとうございます」
リーゼロッテ皇女はすかさず自身の腕をユースの腕に搦めて頭を預ける。
ユースは眉を僅かにひそめたが、今度は振り払わなかった。
「オスカー、貴方は少しの間自由にしていいわ。後でわたくしの部屋に来てちょうだい」
「かしこまりました」
頭を下げたマッドフォード様と私を置いて、リーゼロッテ皇女はユースとこの場を後にする。
去り際に彼は何やら私に言いたそうに口を開きかけたが、些か強引にリーゼロッテ皇女が引っ張るので何も言えずに立ち去った。
取り残された私達は目を合わせた。
「リーゼロッテ様がすみません」
「いえ、それを言うならユリウス陛下のリーゼロッテ皇女への態度の方が悪いですし……。普段はもう少し穏やかなのですが……お気を悪くされましたら申し訳ございません」
嘘である。普段のユースも同じくらい態度が悪い。でも、それは国内の貴族達にだ。
(まさか他国の使節団……姫君にまでも同じ態度だなんて)
見ているこっちの寿命が縮む。これ以降はどうか勘弁してほしい。ユースにもう一度言うのは当然として、ヘンドリック様辺りに伝えておけば多少対応は変化するだろうか。
「いえ、姫も些か強引でしたし、気にしないでください。ところでテレーゼさん、足は大丈夫でしょうか? 足を捻られましたよね」
マッドフォード様の視線が靴に落ちる。つられて私も足元を見る。ついさっきまでユースの態度にハラハラしていたからか、全く痛みを感じなかったのだが、挫いた際に軽く足を捻ってしまったようだった。
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