116 / 125
第四章 捧げられる愛に手を伸ばして
お見通し
しおりを挟む
フローラはその後も長い時間泣き続けた。ごめんなさいと何度も謝る彼女をなだめていると太陽も傾くくらいの時間が経っていて、長時間聖女の姿が見えず心配した神官の方々が聖堂に入ってきたところでようやく泣き止んだ。
去り際、一体何があったのかと驚きと怪訝な目を私に向けてくる神官を他所に、フローラは私の手を取って何やら唱えながら甲に口付けした。
唇が触れたところから温かな魔力が全身に行き渡るのを感じる。包み込むようなそれはふわりと消え、フローラは表情をがらりと変えて聖女の振る舞いに戻る。
「女神に愛された貴女には不必要かもしれないけれど…………私からも祝福を授けました。今後、テレーゼ様の人生が素晴らしいものになりますようお祈り申し上げます。またお会いしましょう」
ヴェールを被り、彼女は膝を折って深く頭を下げた。神官を連れて聖堂を出ていくフローラを見送った私は置かれている椅子に腰掛け、正面に設置された女神の像を見上げる。
「生まれ変わっても記憶を引き継いでいるのは……女神様のおかげですか?」
摩訶不思議なことが私の周りでは起こっているけれど、もしかして死んだ私を哀れんでもう一度、やり直す機会をくれたのだろうか。
(女神様の末裔。愛していたとされる女神様の娘の子孫だから……)
実感はないけれど、そのおかげで今があるとするならば。恩恵を受けているならば。
「新たな人生を与えてくださってありがとうございます。女神様の恩寵を無下にしないよう、悔いなく生をまっとうしますね」
立ち上がった私は心の底から感謝を込めて深く頭を下げると、窓も開いていないのに柔らかな風が頬をくすぐったような気がした。
◇◇◇
頂いた休暇が終わり、仕事の復帰日を迎えた私は皇宮に到着後、直ぐにチェルシーさんの居る部屋に向かう。
「チェルシーさんおはようございます」
「テレーゼさんおはよう。休みの間はゆっくりできたかしら」
「……まあまあです」
頬をかく。
怒涛の如く色々起こりすぎてちっとも休めていないけれど、おかげで前世での謎が解消されたのでその意味では有意義な休暇だった。
「では、今日からまたしっかり働いてくださいね」
「…………そのことでお伝えしたいことがあります」
私は懐に入れていた書簡をチェルシーさんに差し出した。
「これは?」
「退職届です。直ぐにとは言いませんが、新しい人が決まった所で辞めさせていただきたく」
散々悩んだ。バレているんだからこのまま侍女として仕えていればいいんじゃないかって。でも……。
(どうやったって私はユースのことが好きだから)
求婚の返事は置いておいて、よこしまな想いを抱えた上でこの仕事を続けることは出来ない。チェルシーさんや真面目に働く他の同僚や先輩方に対して不誠実であるし、私が嫌いな侍女という職を使ってユースに近づく令嬢と同じになってしまうから。
侍女になった理由の一つである前世の謎が解けたのも辞めていいかなと思った要因だった。
「多大なご迷惑をおかけすることは理解しています。本当に申し訳ありません。ですが、今の私では仕事を全うすることが困難であると判断しました。ですので……」
辞めさせていただきたいと続けようとしたのだけれど、チェルシーさんに制される。
「陛下が仰った通りですね」
「…………はい?」
どうしてここでユースが出てくるのだろう。ぱちぱちと瞬きする私にチェルシーさんは頬に手を当てて微苦笑を浮かべる。そして受け取った退職届を突き返した。
「私は侍女長として侍女として働く全員の物事を決定する権限が与えられています。本来ならこの退職届は私が受理、不受理を決めるものですが……テレーゼさんに関しましては今後、全てユリウス陛下がお決めになります」
「ど、ど、どういうことですか!?」
想定外すぎて思わず詰め寄ってしまう。
「さあ、詳しいことは分かりません。ただ貴女の退職に関してもお決めになるのは陛下です。昨日『もし、退職届を持ってきたとしても受け取るな』と言付かっています」
どうやら既にユースが手を回しているらしい。
(え、これ……辞められないのでは?)
別に侍女の職を辞めるだけだ。そばにいるという約束を破るつもりは毛頭ない。破るつもりはないけれど、侍女の職を辞するのは傍から見たら逃げようとしているようにも受け取られるかなと思い、ひっそり辞めようとしていたのに!
(すごい嫌な予感しかしないわ)
ユースに退職届を渡すところを想像して、どうしてだか受け取ってもらえる気がしない。
「ほら、貴女は陛下付きなのだからこれは自分で手渡しなさい」
中々退職届を受け取らない私に、チェルシーさんは無理やり届けを握らせた。
「ああそれと、出勤したら執務室に来るよう陛下が仰っていましたよ。陛下の多忙な身を影から支えるのが貴女の務めです。早く行きなさい」
「…………はい」
私はずしりと容量以上に重くなった退職届を携え、さながら死地に赴く兵士のように重い足取りで執務室へ向かったのだった。
去り際、一体何があったのかと驚きと怪訝な目を私に向けてくる神官を他所に、フローラは私の手を取って何やら唱えながら甲に口付けした。
唇が触れたところから温かな魔力が全身に行き渡るのを感じる。包み込むようなそれはふわりと消え、フローラは表情をがらりと変えて聖女の振る舞いに戻る。
「女神に愛された貴女には不必要かもしれないけれど…………私からも祝福を授けました。今後、テレーゼ様の人生が素晴らしいものになりますようお祈り申し上げます。またお会いしましょう」
ヴェールを被り、彼女は膝を折って深く頭を下げた。神官を連れて聖堂を出ていくフローラを見送った私は置かれている椅子に腰掛け、正面に設置された女神の像を見上げる。
「生まれ変わっても記憶を引き継いでいるのは……女神様のおかげですか?」
摩訶不思議なことが私の周りでは起こっているけれど、もしかして死んだ私を哀れんでもう一度、やり直す機会をくれたのだろうか。
(女神様の末裔。愛していたとされる女神様の娘の子孫だから……)
実感はないけれど、そのおかげで今があるとするならば。恩恵を受けているならば。
「新たな人生を与えてくださってありがとうございます。女神様の恩寵を無下にしないよう、悔いなく生をまっとうしますね」
立ち上がった私は心の底から感謝を込めて深く頭を下げると、窓も開いていないのに柔らかな風が頬をくすぐったような気がした。
◇◇◇
頂いた休暇が終わり、仕事の復帰日を迎えた私は皇宮に到着後、直ぐにチェルシーさんの居る部屋に向かう。
「チェルシーさんおはようございます」
「テレーゼさんおはよう。休みの間はゆっくりできたかしら」
「……まあまあです」
頬をかく。
怒涛の如く色々起こりすぎてちっとも休めていないけれど、おかげで前世での謎が解消されたのでその意味では有意義な休暇だった。
「では、今日からまたしっかり働いてくださいね」
「…………そのことでお伝えしたいことがあります」
私は懐に入れていた書簡をチェルシーさんに差し出した。
「これは?」
「退職届です。直ぐにとは言いませんが、新しい人が決まった所で辞めさせていただきたく」
散々悩んだ。バレているんだからこのまま侍女として仕えていればいいんじゃないかって。でも……。
(どうやったって私はユースのことが好きだから)
求婚の返事は置いておいて、よこしまな想いを抱えた上でこの仕事を続けることは出来ない。チェルシーさんや真面目に働く他の同僚や先輩方に対して不誠実であるし、私が嫌いな侍女という職を使ってユースに近づく令嬢と同じになってしまうから。
侍女になった理由の一つである前世の謎が解けたのも辞めていいかなと思った要因だった。
「多大なご迷惑をおかけすることは理解しています。本当に申し訳ありません。ですが、今の私では仕事を全うすることが困難であると判断しました。ですので……」
辞めさせていただきたいと続けようとしたのだけれど、チェルシーさんに制される。
「陛下が仰った通りですね」
「…………はい?」
どうしてここでユースが出てくるのだろう。ぱちぱちと瞬きする私にチェルシーさんは頬に手を当てて微苦笑を浮かべる。そして受け取った退職届を突き返した。
「私は侍女長として侍女として働く全員の物事を決定する権限が与えられています。本来ならこの退職届は私が受理、不受理を決めるものですが……テレーゼさんに関しましては今後、全てユリウス陛下がお決めになります」
「ど、ど、どういうことですか!?」
想定外すぎて思わず詰め寄ってしまう。
「さあ、詳しいことは分かりません。ただ貴女の退職に関してもお決めになるのは陛下です。昨日『もし、退職届を持ってきたとしても受け取るな』と言付かっています」
どうやら既にユースが手を回しているらしい。
(え、これ……辞められないのでは?)
別に侍女の職を辞めるだけだ。そばにいるという約束を破るつもりは毛頭ない。破るつもりはないけれど、侍女の職を辞するのは傍から見たら逃げようとしているようにも受け取られるかなと思い、ひっそり辞めようとしていたのに!
(すごい嫌な予感しかしないわ)
ユースに退職届を渡すところを想像して、どうしてだか受け取ってもらえる気がしない。
「ほら、貴女は陛下付きなのだからこれは自分で手渡しなさい」
中々退職届を受け取らない私に、チェルシーさんは無理やり届けを握らせた。
「ああそれと、出勤したら執務室に来るよう陛下が仰っていましたよ。陛下の多忙な身を影から支えるのが貴女の務めです。早く行きなさい」
「…………はい」
私はずしりと容量以上に重くなった退職届を携え、さながら死地に赴く兵士のように重い足取りで執務室へ向かったのだった。
68
お気に入りに追加
1,110
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
花冠の聖女は王子に愛を歌う
星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』
国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。
しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。
期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。
選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。
「それは王家の宝石よ!!」
…え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど?
※他サイトにも投稿しています。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる