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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして
隠され続けた秘密(2)
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「大司教様も、先代の聖女様も、……リヒャルト陛下さえも口を揃えて仰っていたわ。『イザベル様は特別な子だから』と」
ぽつりぽつりとフローラは話し始める。
「どうして彼らがそんなことを口にするのか不思議でならなかった。だって私からしたらベルは四大公爵家の娘でしかなくて…………祭祀担当者だから誇張して特別な子だと噂されているのだと思っていたわ。でも、違った。ベルは本当に唯一無二の『特別な子』だったわ」
キョトンとする私を見て自嘲気味に笑い、立ち上がる。
「私が諸処を知ったのは呪いが解けたあとだけど……その辺の話をする前に御伽噺でもしましょうか。この帝国の成り立ちはベルも知っているでしょう」
「ええ、書物で見たことがあるわ。冒頭はこう、『ある日、女神がこの地に降り立ち、一人の青年と恋に落ちた』」
唐突な話題転換に戸惑いながらも冒頭を口にすると、フローラが後を引き継ぐ。
「女神はそのまま地上に残り、愛する初代皇帝の妻になった。以前からあった女神を奉る『シルフィーア教』は勢いを増し、初代皇帝は女神の血が国政にもたらす影響を懸念して息子に後を継がせず、弟に皇位を譲った。だから今の皇家は弟の家系。そして初代皇帝が息を引き取った時、女神は皇帝が愛したこの国に加護を与え、皇帝の魂と天に帰った」
フローラは歩きだし、聖堂内部に描かれた神話の壁画をなぞっていく。
「ただ、女神はその後も地上を気にかけていた。夫が愛した帝国をね。だけど何代か後の皇帝が愚かにも女神の怒りを買い、呪いとなって彼の身体を蝕んだのよ。女神の怒りは血に溶け込んで本家の皇族には忌み子と呼ばれる呪われた子供が時折生まれるようになった」
ユースの呪いがどうして生まれたのか。私が知りたくとも知れなかったことをフローラは明かしていく。
「残念なことにその子たちは総じて大人になるまで生きられない。解決策が見つからないまま時だけが過ぎ、ある時呪われた皇子に恋をした娘が現れるの。娘は女神に祈った。『どうか、彼の呪いが解けますように』と」
どこの書物にも書かれていなかった物語が紐解かれていく。
「かの者は蜂蜜色の瞳と白銀の髪を持ち合わせていたという。それは──女神が愛した娘に瓜二つだと」
──その色合いは前世の私と同じで。
どくんと胸が大きく心音を刻んだ。
「ここで重要なのは女神は皇帝との間に子供をもうけ、一番強く女神の性質を継いだ姫が神殿に入っていること。その子孫が呪われた皇子に恋した娘。女神は悲しんだわ。自分のかけた呪いが、愛した娘の血族の幸せの障害となっていることに。だから呪いを解く力を新たに授けた」
──御伽噺が現代に繋がっていく。
「それからよ。得てして忌み子と呼ばれた皇子が自身の呪いを解いた白銀の花嫁を迎え入れるようになったのは」
時を告げる鐘の音がカランカランと何処からか響いてくる。
最後に私の前までやって来た彼女はトンッと指で私の胸を押した。
「イレイナ様はそんな女神の血を引く末裔。彼女を母とする前世の貴女もね」
静寂が辺りを包む。
(私が女神の末裔?)
にわかに信じ難い内容だが、ここでフローラが偽りを述べる理由もなかった。
「貴女の銀髪がその証拠よ。本来銀の髪を持つ人間はこの世界に存在しない。女神特有の髪色だから」
確かにお母様譲りの銀髪は私を除いて誰一人見かけなかった。疑問に思ってお父様に尋ねたこともあったけれど、「イレイナが珍しい髪色だからそれを継いだんだよ」としか説明されていなかった。
「イレイナ様の美しい白銀の髪と整った容貌の微笑みは、女神の再臨とさえ言われていたらしいわ。彼女のそばを通る者は例外なく感嘆の吐息をもらしてしまうほどだったと」
(イレイナお母様が……)
私の中でのお母様の全ては屋敷に飾られた大きな絵画で、寝台の中で上半身だけ起こし慈しむように赤子を抱く姿。
動くことはなく、声さえも分からない。そんな遠い存在。
だから実感が湧かない。古から伝わる御伽噺みたいな話にお母様が関係していて私にもその血が流れているなんて。
(……ただ、腑に落ちる部分もある)
女神様は癒しの力を持っていたとされる。もし、一部でも受け継いでいるのだとしたら前世の怪我の治りが早かったのも納得がいく。
小さい頃から転んで擦り傷を負っても一日も経たずに跡形もなく傷が消えるのだ。小さい頃は普通のことだと思っていたけれど、ある日侍女のララが足をくじいて膝を擦りむいた際、何日も赤くなっているのを見て自分が変わった体質なのだと悟った。
(お父様もご存知だったってことよね? ……出征する時、渡された手紙。結局読まずに処刑されてしまったけれど、『私の秘密』って言ってなかったっけ? 内容はこのことだった?)
答えはもう聞けない。手紙を読んでいたならば違ったのだろうが、過去の私はお父様が帰ってくると信じて封を開けなかったので中身も知らないのだ。
(とはいえ、私が女神の血筋だとしても……)
私は瞳を伏せて首を横に振った。
「仮に解く力を持っていたとしても、私はユースの呪いを解いてないわ。だって何もしてないもの」
「そんなことないわ。あの時、ベルの体内からはキラキラと輝くような魔力が溢れていたもの。陛下の頬に触れた瞬間、体内から不思議な魔力がパッと弾けて……ベルは倒れてしまったじゃない」
フローラはその光景がきっかけで、隠され続けた女神の血筋を知ったらしい。
「なら……どうやってその事実に辿り着いたの? 神殿の書架にある書物は私も目を通したのよ。聖女である貴女にもそこまで隠されていた秘密をどうやって」
聖女であるフローラは身体の安全面からも行動が制限される。街に繰り出すことは以ての外、神殿内でも接触できる神官は制限され、基本的に神殿の奥の方で生活している。
そんな行動範囲で調べるには伝手が限られているはずなのだが……。
「私が貴女の功績を乗っ取って陛下の婚約者になったからよ」
強ばった顔でフローラは胸に震える手を添えた。
「私の大罪は貴女を処刑に──死に追いやったことだもの」
ぽつりぽつりとフローラは話し始める。
「どうして彼らがそんなことを口にするのか不思議でならなかった。だって私からしたらベルは四大公爵家の娘でしかなくて…………祭祀担当者だから誇張して特別な子だと噂されているのだと思っていたわ。でも、違った。ベルは本当に唯一無二の『特別な子』だったわ」
キョトンとする私を見て自嘲気味に笑い、立ち上がる。
「私が諸処を知ったのは呪いが解けたあとだけど……その辺の話をする前に御伽噺でもしましょうか。この帝国の成り立ちはベルも知っているでしょう」
「ええ、書物で見たことがあるわ。冒頭はこう、『ある日、女神がこの地に降り立ち、一人の青年と恋に落ちた』」
唐突な話題転換に戸惑いながらも冒頭を口にすると、フローラが後を引き継ぐ。
「女神はそのまま地上に残り、愛する初代皇帝の妻になった。以前からあった女神を奉る『シルフィーア教』は勢いを増し、初代皇帝は女神の血が国政にもたらす影響を懸念して息子に後を継がせず、弟に皇位を譲った。だから今の皇家は弟の家系。そして初代皇帝が息を引き取った時、女神は皇帝が愛したこの国に加護を与え、皇帝の魂と天に帰った」
フローラは歩きだし、聖堂内部に描かれた神話の壁画をなぞっていく。
「ただ、女神はその後も地上を気にかけていた。夫が愛した帝国をね。だけど何代か後の皇帝が愚かにも女神の怒りを買い、呪いとなって彼の身体を蝕んだのよ。女神の怒りは血に溶け込んで本家の皇族には忌み子と呼ばれる呪われた子供が時折生まれるようになった」
ユースの呪いがどうして生まれたのか。私が知りたくとも知れなかったことをフローラは明かしていく。
「残念なことにその子たちは総じて大人になるまで生きられない。解決策が見つからないまま時だけが過ぎ、ある時呪われた皇子に恋をした娘が現れるの。娘は女神に祈った。『どうか、彼の呪いが解けますように』と」
どこの書物にも書かれていなかった物語が紐解かれていく。
「かの者は蜂蜜色の瞳と白銀の髪を持ち合わせていたという。それは──女神が愛した娘に瓜二つだと」
──その色合いは前世の私と同じで。
どくんと胸が大きく心音を刻んだ。
「ここで重要なのは女神は皇帝との間に子供をもうけ、一番強く女神の性質を継いだ姫が神殿に入っていること。その子孫が呪われた皇子に恋した娘。女神は悲しんだわ。自分のかけた呪いが、愛した娘の血族の幸せの障害となっていることに。だから呪いを解く力を新たに授けた」
──御伽噺が現代に繋がっていく。
「それからよ。得てして忌み子と呼ばれた皇子が自身の呪いを解いた白銀の花嫁を迎え入れるようになったのは」
時を告げる鐘の音がカランカランと何処からか響いてくる。
最後に私の前までやって来た彼女はトンッと指で私の胸を押した。
「イレイナ様はそんな女神の血を引く末裔。彼女を母とする前世の貴女もね」
静寂が辺りを包む。
(私が女神の末裔?)
にわかに信じ難い内容だが、ここでフローラが偽りを述べる理由もなかった。
「貴女の銀髪がその証拠よ。本来銀の髪を持つ人間はこの世界に存在しない。女神特有の髪色だから」
確かにお母様譲りの銀髪は私を除いて誰一人見かけなかった。疑問に思ってお父様に尋ねたこともあったけれど、「イレイナが珍しい髪色だからそれを継いだんだよ」としか説明されていなかった。
「イレイナ様の美しい白銀の髪と整った容貌の微笑みは、女神の再臨とさえ言われていたらしいわ。彼女のそばを通る者は例外なく感嘆の吐息をもらしてしまうほどだったと」
(イレイナお母様が……)
私の中でのお母様の全ては屋敷に飾られた大きな絵画で、寝台の中で上半身だけ起こし慈しむように赤子を抱く姿。
動くことはなく、声さえも分からない。そんな遠い存在。
だから実感が湧かない。古から伝わる御伽噺みたいな話にお母様が関係していて私にもその血が流れているなんて。
(……ただ、腑に落ちる部分もある)
女神様は癒しの力を持っていたとされる。もし、一部でも受け継いでいるのだとしたら前世の怪我の治りが早かったのも納得がいく。
小さい頃から転んで擦り傷を負っても一日も経たずに跡形もなく傷が消えるのだ。小さい頃は普通のことだと思っていたけれど、ある日侍女のララが足をくじいて膝を擦りむいた際、何日も赤くなっているのを見て自分が変わった体質なのだと悟った。
(お父様もご存知だったってことよね? ……出征する時、渡された手紙。結局読まずに処刑されてしまったけれど、『私の秘密』って言ってなかったっけ? 内容はこのことだった?)
答えはもう聞けない。手紙を読んでいたならば違ったのだろうが、過去の私はお父様が帰ってくると信じて封を開けなかったので中身も知らないのだ。
(とはいえ、私が女神の血筋だとしても……)
私は瞳を伏せて首を横に振った。
「仮に解く力を持っていたとしても、私はユースの呪いを解いてないわ。だって何もしてないもの」
「そんなことないわ。あの時、ベルの体内からはキラキラと輝くような魔力が溢れていたもの。陛下の頬に触れた瞬間、体内から不思議な魔力がパッと弾けて……ベルは倒れてしまったじゃない」
フローラはその光景がきっかけで、隠され続けた女神の血筋を知ったらしい。
「なら……どうやってその事実に辿り着いたの? 神殿の書架にある書物は私も目を通したのよ。聖女である貴女にもそこまで隠されていた秘密をどうやって」
聖女であるフローラは身体の安全面からも行動が制限される。街に繰り出すことは以ての外、神殿内でも接触できる神官は制限され、基本的に神殿の奥の方で生活している。
そんな行動範囲で調べるには伝手が限られているはずなのだが……。
「私が貴女の功績を乗っ取って陛下の婚約者になったからよ」
強ばった顔でフローラは胸に震える手を添えた。
「私の大罪は貴女を処刑に──死に追いやったことだもの」
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