113 / 125
第四章 捧げられる愛に手を伸ばして
隠され続けた秘密(1)
しおりを挟む
ユースは座り込んで呆然とする私を抱き上げ、ソファに下ろしてくれた。
最後に私の手を取り、もう一度甲に口付けする。
「ベル、君を失っていた期間に比べれば今は言葉に表せないほど幸福なんだ。だからいつまでも返事は待てるけど」
強い抱擁が私を包む。ユースは私の耳元でそっと囁いた。
「理不尽で悪いが僕から逃げることだけはしないでね。次、目の前からいなくなったら本当におかしくなってしまう」
その切実な声音に深く考えずこくりと頷く。
「…………逃げ、ないわ。貴方のそばにいる」
彼の言う通りイザベル時代から私のことが好きだったのなら、恋い慕う相手が目の前で首を刎ねられるなんて心に深い傷を負っただろう。私は本当に酷いことをしたのだ。
償いにもならないが、これからはできるだけ彼の要望に沿いたい。
膝を折ったユースは握った私の手を額に当てた。彼の熱が直に伝わってきてそわそわと落ち着かない気分になる。
「ありがとう」
言ってユースは私の部屋を後にした。
その後、私を現実に引き戻してくれたのはお兄様の声だった。
「レーゼっ」
「ヴィスお兄様、ユー……ユリウス陛下は」
駆け寄ってきたお兄様は私の手を取った。
「お帰りになられたよ。それよりも一体どうしたんだい。何か大変なことに巻き込まれていたりしないだろうね?」
「ううん、違くて」
お兄様は頬に残る涙の跡を見て眉を顰める。
「レーゼ、困っているなら私に話しなさい。お兄様が解決するから」
優しいお兄様のことだ。本当に解決に向けて尽力してくれるだろう。
(それでもまだ)
私が始めたことだ。自分で決着をつけなければならない。
「心配をかけてごめんなさい。私と陛下の関係はヴィスお兄様も気になると思います。けど、もう少しだけ何も聞かずに見守っていただけますか?」
「レーゼ、陛下が屋敷にまで足を運ぶのは異常事態だろう。無理やり介入してもいい事案だと思うが」
「ええ、それでもどうかもう少しだけ」
お願いしますと再度強くお願いするとお兄様はあやすように私の髪を撫でる。
「危険なことではないだろうね」
「はい」
「……なら、今にも押しかけてきそうな父上は私が説得するからレーゼのしたいようにしなさい。私はいつでもレーゼの味方だ。それを忘れないで」
強く抱き締められる。ヴィスお兄様の背中に手を回して私からもひしと抱きついた。
「ありがとうございます」
抱擁を受けながらこれからのことを考える。
(呪いを解いたのはフローラではなかった。でも、処刑には関わっている。私はこの間の状況を知らなければ)
話を振っただけで豹変したユースからはこれ以上の話を聞けない。ならば、もう一度全てを明かした上で彼女に聞くしかない。
(エリーゼ経由でフローラとの謁見を頼もう)
エリーゼは元祭祀担当者で、今代の当主だ。彼女ならば伝手があるはず。私がイザベルだと知っているなら手伝ってくれるはずだ。
その後私はエリーゼ宛に手紙をしたため、フローラとの謁見を取り付けた。
◇◇◇
神殿の中でも厳かな空間である聖堂で私は彼女を待っていた。ぼんやりと壁に描かれた花に囲まれた女神を眺めていると、扉の軋む音と共に靴音が静寂を破る。
「お待たせしました」
「いいえ、こちらこそ急なお願いでしたのにお時間を頂きありがとうございます」
ふわふわとヴェールを靡かせながら入ってきたフローラはヴェール越しに微笑みを向ける。
「構いませんよ。公爵の話によると何やら私に尋ねたいことがあるとか」
「はい。ですがお尋ねする前に伝えたいことがあります」
すぅっと息を吸って逸る鼓動を静める。
「単刀直入に言います。私がイザベル・ランドールの生まれ変わりだと聖女様にお伝えしたら信じてくださいますか」
凪いだ湖面に一滴の水滴が落ちて波紋を作るのに似ている。徐々にフローラは目を見開き、何かを探すように私の胸の辺りに目をこらしてはピタリと止まった。
はっと微かな吐息が鮮明に耳に残る。
「うそでしょう? まさか、そんな……ベル、なの?」
ヴェールを捲り、顔を引き攣らせたフローラは顔面蒼白だ。唇をふるわせ、剥いだヴェールをきつく握りしめている。
「ええ」
静かに肯定すれば彼女は怯え、逃げるように後ずさるので私は距離を詰めた。コツリと響く足音は徐々に早くなり、フローラは聖堂のステンドグラスに背をつけ、ずるずるとしゃがみ込んだ。
怯えている彼女を見下ろす格好になる。これでは私が脅迫でもしているかのように誤解されそうな状態だが、時間がないのでやむを得ない。このまま話を進めさせてもらおう。
「フローラ、貴女に聞きたいことは山ほどあるけれどまず教えて。ユースの呪いを解いたのは貴女よね?」
ぐらりと彼女の瞳が揺れた。
「ごめんなさい。ゆる、して」
「許してって何を? 私の質問に答えて。呪いを解いたのは貴女?」
「わたしじゃ、ないわ。私じゃないのよ」
それは大罪を告解するかのようだった。彼女は両手をしっかりと組み、祈りを捧げるような形で告白する。
「なら、誰なの。私がお会いしたことがある人物かしら」
ばっと顔をあげたフローラは顔を歪ませた。
「誰って陛下の呪いを解いた人物は──ベル、貴女でしょう?」
今度は私が固まる番だった。
最後に私の手を取り、もう一度甲に口付けする。
「ベル、君を失っていた期間に比べれば今は言葉に表せないほど幸福なんだ。だからいつまでも返事は待てるけど」
強い抱擁が私を包む。ユースは私の耳元でそっと囁いた。
「理不尽で悪いが僕から逃げることだけはしないでね。次、目の前からいなくなったら本当におかしくなってしまう」
その切実な声音に深く考えずこくりと頷く。
「…………逃げ、ないわ。貴方のそばにいる」
彼の言う通りイザベル時代から私のことが好きだったのなら、恋い慕う相手が目の前で首を刎ねられるなんて心に深い傷を負っただろう。私は本当に酷いことをしたのだ。
償いにもならないが、これからはできるだけ彼の要望に沿いたい。
膝を折ったユースは握った私の手を額に当てた。彼の熱が直に伝わってきてそわそわと落ち着かない気分になる。
「ありがとう」
言ってユースは私の部屋を後にした。
その後、私を現実に引き戻してくれたのはお兄様の声だった。
「レーゼっ」
「ヴィスお兄様、ユー……ユリウス陛下は」
駆け寄ってきたお兄様は私の手を取った。
「お帰りになられたよ。それよりも一体どうしたんだい。何か大変なことに巻き込まれていたりしないだろうね?」
「ううん、違くて」
お兄様は頬に残る涙の跡を見て眉を顰める。
「レーゼ、困っているなら私に話しなさい。お兄様が解決するから」
優しいお兄様のことだ。本当に解決に向けて尽力してくれるだろう。
(それでもまだ)
私が始めたことだ。自分で決着をつけなければならない。
「心配をかけてごめんなさい。私と陛下の関係はヴィスお兄様も気になると思います。けど、もう少しだけ何も聞かずに見守っていただけますか?」
「レーゼ、陛下が屋敷にまで足を運ぶのは異常事態だろう。無理やり介入してもいい事案だと思うが」
「ええ、それでもどうかもう少しだけ」
お願いしますと再度強くお願いするとお兄様はあやすように私の髪を撫でる。
「危険なことではないだろうね」
「はい」
「……なら、今にも押しかけてきそうな父上は私が説得するからレーゼのしたいようにしなさい。私はいつでもレーゼの味方だ。それを忘れないで」
強く抱き締められる。ヴィスお兄様の背中に手を回して私からもひしと抱きついた。
「ありがとうございます」
抱擁を受けながらこれからのことを考える。
(呪いを解いたのはフローラではなかった。でも、処刑には関わっている。私はこの間の状況を知らなければ)
話を振っただけで豹変したユースからはこれ以上の話を聞けない。ならば、もう一度全てを明かした上で彼女に聞くしかない。
(エリーゼ経由でフローラとの謁見を頼もう)
エリーゼは元祭祀担当者で、今代の当主だ。彼女ならば伝手があるはず。私がイザベルだと知っているなら手伝ってくれるはずだ。
その後私はエリーゼ宛に手紙をしたため、フローラとの謁見を取り付けた。
◇◇◇
神殿の中でも厳かな空間である聖堂で私は彼女を待っていた。ぼんやりと壁に描かれた花に囲まれた女神を眺めていると、扉の軋む音と共に靴音が静寂を破る。
「お待たせしました」
「いいえ、こちらこそ急なお願いでしたのにお時間を頂きありがとうございます」
ふわふわとヴェールを靡かせながら入ってきたフローラはヴェール越しに微笑みを向ける。
「構いませんよ。公爵の話によると何やら私に尋ねたいことがあるとか」
「はい。ですがお尋ねする前に伝えたいことがあります」
すぅっと息を吸って逸る鼓動を静める。
「単刀直入に言います。私がイザベル・ランドールの生まれ変わりだと聖女様にお伝えしたら信じてくださいますか」
凪いだ湖面に一滴の水滴が落ちて波紋を作るのに似ている。徐々にフローラは目を見開き、何かを探すように私の胸の辺りに目をこらしてはピタリと止まった。
はっと微かな吐息が鮮明に耳に残る。
「うそでしょう? まさか、そんな……ベル、なの?」
ヴェールを捲り、顔を引き攣らせたフローラは顔面蒼白だ。唇をふるわせ、剥いだヴェールをきつく握りしめている。
「ええ」
静かに肯定すれば彼女は怯え、逃げるように後ずさるので私は距離を詰めた。コツリと響く足音は徐々に早くなり、フローラは聖堂のステンドグラスに背をつけ、ずるずるとしゃがみ込んだ。
怯えている彼女を見下ろす格好になる。これでは私が脅迫でもしているかのように誤解されそうな状態だが、時間がないのでやむを得ない。このまま話を進めさせてもらおう。
「フローラ、貴女に聞きたいことは山ほどあるけれどまず教えて。ユースの呪いを解いたのは貴女よね?」
ぐらりと彼女の瞳が揺れた。
「ごめんなさい。ゆる、して」
「許してって何を? 私の質問に答えて。呪いを解いたのは貴女?」
「わたしじゃ、ないわ。私じゃないのよ」
それは大罪を告解するかのようだった。彼女は両手をしっかりと組み、祈りを捧げるような形で告白する。
「なら、誰なの。私がお会いしたことがある人物かしら」
ばっと顔をあげたフローラは顔を歪ませた。
「誰って陛下の呪いを解いた人物は──ベル、貴女でしょう?」
今度は私が固まる番だった。
63
お気に入りに追加
1,110
あなたにおすすめの小説

魔法学園のパーティを追い出されたら、「僕と付き合ってくれるならパーティ組んでもいいですよ?」と後輩に迫られました
リコピン
恋愛
魔法学園の三年生メリルは、卒業を間近に学園内のパーティを追い出されてしまう。理由は「うるさい」から。困り果てたメリルに救いの手を差し伸べてくれたのは、一つ年下の男の子ウィルバートだった。ウィルバートは無表情に告げる。「僕と付き合ってくれるなら、パーティ組んでもいいですよ?」
花冠の聖女は王子に愛を歌う
星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』
国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。
しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。
期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。
選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。
「それは王家の宝石よ!!」
…え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど?
※他サイトにも投稿しています。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる