生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里

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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして

隠され続けた秘密(1)

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 ユースは座り込んで呆然とする私を抱き上げ、ソファに下ろしてくれた。
 最後に私の手を取り、もう一度甲に口付けする。

「ベル、君を失っていた期間に比べれば今は言葉に表せないほど幸福なんだ。だからいつまでも返事は待てるけど」

 強い抱擁が私を包む。ユースは私の耳元でそっと囁いた。

「理不尽で悪いが僕から逃げることだけはしないでね。次、目の前からいなくなったら本当におかしくなってしまう」

 その切実な声音に深く考えずこくりと頷く。

「…………逃げ、ないわ。貴方のそばにいる」

 彼の言う通りイザベル時代から私のことが好きだったのなら、恋い慕う相手が目の前で首を刎ねられるなんて心に深い傷を負っただろう。私は本当に酷いことをしたのだ。
 償いにもならないが、これからはできるだけ彼の要望に沿いたい。

 膝を折ったユースは握った私の手を額に当てた。彼の熱が直に伝わってきてそわそわと落ち着かない気分になる。

「ありがとう」

 言ってユースは私の部屋を後にした。
 その後、私を現実に引き戻してくれたのはお兄様の声だった。

「レーゼっ」
「ヴィスお兄様、ユー……ユリウス陛下は」 

 駆け寄ってきたお兄様は私の手を取った。

「お帰りになられたよ。それよりも一体どうしたんだい。何か大変なことに巻き込まれていたりしないだろうね?」
「ううん、違くて」

 お兄様は頬に残る涙の跡を見て眉を顰める。

「レーゼ、困っているなら私に話しなさい。お兄様が解決するから」

 優しいお兄様のことだ。本当に解決に向けて尽力してくれるだろう。

(それでもまだ)

 私が始めたことだ。自分で決着をつけなければならない。

「心配をかけてごめんなさい。私と陛下の関係はヴィスお兄様も気になると思います。けど、もう少しだけ何も聞かずに見守っていただけますか?」
「レーゼ、陛下が屋敷にまで足を運ぶのは異常事態だろう。無理やり介入してもいい事案だと思うが」
「ええ、それでもどうかもう少しだけ」

 お願いしますと再度強くお願いするとお兄様はあやすように私の髪を撫でる。

「危険なことではないだろうね」
「はい」
「……なら、今にも押しかけてきそうな父上は私が説得するからレーゼのしたいようにしなさい。私はいつでもレーゼの味方だ。それを忘れないで」

 強く抱き締められる。ヴィスお兄様の背中に手を回して私からもひしと抱きついた。

「ありがとうございます」

 抱擁を受けながらこれからのことを考える。

(呪いを解いたのはフローラではなかった。でも、処刑には関わっている。私はこの間の状況を知らなければ)

 話を振っただけで豹変したユースからはこれ以上の話を聞けない。ならば、もう一度全てを明かした上で彼女に聞くしかない。

(エリーゼ経由でフローラとの謁見を頼もう)

 エリーゼは元祭祀担当者で、今代の当主だ。彼女ならば伝手があるはず。私がイザベルだと知っているなら手伝ってくれるはずだ。

 その後私はエリーゼ宛に手紙をしたため、フローラとの謁見を取り付けた。


◇◇◇


 神殿の中でも厳かな空間である聖堂で私は彼女を待っていた。ぼんやりと壁に描かれた花に囲まれた女神を眺めていると、扉の軋む音と共に靴音が静寂を破る。

「お待たせしました」
「いいえ、こちらこそ急なお願いでしたのにお時間を頂きありがとうございます」

 ふわふわとヴェールを靡かせながら入ってきたフローラはヴェール越しに微笑みを向ける。

「構いませんよ。公爵の話によると何やら私に尋ねたいことがあるとか」
「はい。ですがお尋ねする前に伝えたいことがあります」

 すぅっと息を吸って逸る鼓動を静める。

「単刀直入に言います。私がイザベル・ランドールの生まれ変わりだと聖女様にお伝えしたら信じてくださいますか」

 凪いだ湖面に一滴の水滴が落ちて波紋を作るのに似ている。徐々にフローラは目を見開き、何かを探すように私の胸の辺りに目をこらしてはピタリと止まった。

 はっと微かな吐息が鮮明に耳に残る。

「うそでしょう? まさか、そんな……ベル、なの?」

 ヴェールを捲り、顔を引き攣らせたフローラは顔面蒼白だ。唇をふるわせ、剥いだヴェールをきつく握りしめている。

「ええ」

 静かに肯定すれば彼女は怯え、逃げるように後ずさるので私は距離を詰めた。コツリと響く足音は徐々に早くなり、フローラは聖堂のステンドグラスに背をつけ、ずるずるとしゃがみ込んだ。

 怯えている彼女を見下ろす格好になる。これでは私が脅迫でもしているかのように誤解されそうな状態だが、時間がないのでやむを得ない。このまま話を進めさせてもらおう。

「フローラ、貴女に聞きたいことは山ほどあるけれどまず教えて。ユースの呪いを解いたのは貴女よね?」

 ぐらりと彼女の瞳が揺れた。

「ごめんなさい。ゆる、して」
「許してって何を? 私の質問に答えて。呪いを解いたのは貴女?」
「わたしじゃ、ないわ。私じゃないのよ」

 それは大罪を告解するかのようだった。彼女は両手をしっかりと組み、祈りを捧げるような形で告白する。

「なら、誰なの。私がお会いしたことがある人物かしら」

 ばっと顔をあげたフローラは顔を歪ませた。


「誰って陛下の呪いを解いた人物は──ベル、貴女でしょう?」



 今度は私が固まる番だった。

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