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第四章 捧げられる愛に手を伸ばして

もう一度、ここから(4)

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 全身が茹で上がってしまったかのように熱い。

「すき、なの?」

 信じられない。繋いだ手が震えている。

「この世界の誰よりも愛しているよ。はっきり言っておくが、家族愛ではない」

 暗に私が言いたいことをはっきり否定され、心臓はますます鼓動を早めた。

「約束はまだ有効?」
「貴方が……破棄したいと思ってないなら」
「破棄なんて死んでもしないさ」

 ならその手を取ってしまいたくなるが、ぐっと堪える。熱に浮かされたまま承諾してはいけないのだ。

(はっきりさせなければならないことがある)

 最大の謎と言っても過言ではないあれを。私は今まで手を替え品を替え探してきたけれど、書物では簡潔な一文で終わり、詳細を知ることは叶わなかった。

 当事者は二人。一人には誤魔化され、もう一人は目の前の人。

「ユースにとってフローラはどんな存在なの?」 

 途端、甘やかな空気が消え去ってぶわりと背中に悪寒が走った。あまりの変わりように動揺する私を他所に、ユースは形だけ笑っているが瞳の奥は凍りついていた。

 そうして心の奥底から積年の憎悪を凝りかたまらせたようなゾッとする声音で告げる。

「吐き気がするほど嫌いだけど?」

 あまりにも過去のユースから逸脱していて私の体は強ばってしまう。

「──呪いを解いてくれたのはフローラよ? ユースも解呪に感謝していたじゃない」
「解呪には感謝しているけど、解呪者はアイツではないよ」

 衝撃の事実に目が点になる。
 頬を撫でるユースの手は優しいのに、血の気が引いた頬は指の感触を捉えられない。

(騙されていたから遠ざけることにしたの? でもそうなると……)

 ──誰がフローラの代わりにユリウスの呪いを解いたのか。

(聖女より強い神聖力を持つ人物は存在しない。聖女の次に強い神聖力を持つのは大司教様。彼が解いたということ?)

 それでまだ疑問が残る。突然ユースの周りが光に包まれ、解呪されたあの場に大司教様は立ち会っていないのだ。

「──ベル」

 笑みを絶やさないユースにほんの少しだけ恐怖を覚える。

「ベルの認識は間違っている部分が多くて訂正箇所が山積みだけど、一度に説明しても混乱するしおいおい話すよ」
「…………ならもう少しだけこの件について聞いてもいい? 騙されていたから婚約を破棄したの? 今は……私のことを好き……みたいだけど、あの時はユースもフローラのことを好いていたのよね?」

 ユースはきょとんとして面白い冗談でも聞いたかのように笑い声を上げた。口元を覆い、目線を右に逸らした彼はやっぱり冷ややかな眼差しだ。

「そっか知らないのか。ゴシップ記事を書こうとした出版社は潰したしな。情報統制の効果はあったのか」

 何やら物騒な言葉が耳に入ってくる。

「汚いところはベルの耳に入れたくないんだけど……何一つ伝えないとなると納得せず、勝手に動き回るんだろう?」
「そうね」

(というか今まで勝手に動き回っていたし)

 するとユースは秘密話を打ち明けるように告げる。

「最初から好いてないよ。一目惚れの相手はベルだし、君しか興味無い。そんな僕にとって大切な存在を死に追いやったのだから、婚約破棄で留まって殺されてないだけ幸運じゃないか?」
「ころ……」

 言葉が出てこない。

 フローラと全く同じだ。彼女もまた「私が陛下の珠玉を殺したも同然だからです」と言っていた。関与する部分がないにも関わらず。

(私が見落としていただけでフローラも加担していたということ?)

「フローラは何をしたの?」
「血の話になるから聞かせたくないな」

 曖昧に笑ったユースはぎゅっと強く私を抱きしめてくる。そうしてあやすように背中をさするのだ。

「ねえ、真面目に……」
「──僕はベルさえいればいいんだ。他はどうでもいい。大罪を犯した者を許せるのは慈愛に満ち溢れた自己犠牲の強い人だけだ。僕は心優しい善人とは正反対の人間だから不可能だ」

 私の言葉を遮り、話は終わりとばかりに背中をポンポン叩かれ、離れていく。

「求婚の返事は後日でかまわないけど覚えていて」

 ユースは掬った私の髪を弄び、印を付けるように口付けを落とした。リップ音がやけに耳に残り、掬いあげられた髪が彼の掌からこぼれ落ちていく。

「君が思っているよりも僕がベルに寄せる想いは重いよ」

 艶のある声音は惚れ惚れするけれど、その節々には執着が滲み出ている。

 彼の眼差しは私を通り抜けて部屋の一角に設置されていたテーブルへ向かう。蓋をせず開けたままにしていた、陽光によってきらきらと輝く指輪へと。
 目を眇めたユースは座り込んだままだった私の手を再度搦め取る。

「他の男に渡すつもりは一切ない。ベルを僕の花嫁にするまで決して諦めないから。覚悟してね」

 宣戦布告のように言ってのけて、開きかけた私の唇を奪っていく。火照った吐息が零れる頃には、何も考えられなくなっていた。

 唇を離したユースは平然と自身の口に移った口紅を親指で拭う。私はいっぱいいっぱいなのに、余裕があるユースはもう一度、愛を囁く。


「愛してる。だからを選んで」


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