上 下
107 / 124
第四章 捧げられる愛に手を伸ばして

大混乱と決意

しおりを挟む
 廊下を駆け抜けた私はそのままチェルシーさんの元へ急ぐ。彼女はいつもこの時間は割り当てられた部屋で書類仕事をしている。

 バンッと勢いよくドアを開けた私にチェルシーさんはびっくりして手元の書類を取り落とした。

「テレーゼさん? いったいどうしたのですか。貴女らしくもない。陛下の用事は終わったのですか?」
「……はぁ……お、終わりまし……た。あの、ご無礼をお許しくだ……さい」

 ケホケホと咳き込みながら肩で息をする。呼吸を整えチェルシーさんと向き合った。

「明日お休みをいただく予定でしたが、私事でちょっと大変な事がおきまして、どのくらいの期間までなら連続して休暇を取れるでしょうか」

(このままここには居られない。とにかく一時的にでも離れなくちゃ)

 あの時何がなんでも否定して動揺を隠せばよかったのに、大声を出して飛び出してきてしまったのだから取り繕うにも難しい。

 それに私自身混乱していてまともに考えられない。身分、名前、顔貌、髪色だってイザベルから変わっている。同一人物だとバレるなんてそんなこと考えたことなかった。今後の進退を決めるためにも時間が必要だ。

「身内に不幸でもありましたか」
「ええっと不幸はないのですけれど……私の中では似たようなものです」

 本当に人生詰んだ。これからどうしよう。厚顔無恥でユースの元で働くなんてもう無理だ。それだけは確信していた。
 切羽詰まった状況なのが伝わったのか、机をトントンと指で叩いて思案していたチェルシーさんはこくりと頷いた。

「──これまでの仕事ぶりに免じて一週間までなら許可しましょう。テレーゼさんは入職してからこれまで無断欠勤や遅刻もありませんでしたしね」
「ありがとうございます!」

 頭を下げて私は退出する。

(一週間で決めなくちゃ)

 この仕事をこのまま続けるか、辞めるか。それか人事も担当しているチェルシーさんに無理を言って配置換えをしてもらうか。
 先程も考えた通り、仕事を続けるとしてもユース付きで働くのは無理だ。絶対に挙動不審になってしまう。

(やっぱり辞めるしか……)

 まだ頭の中がぐちゃぐちゃしている。

 なんで? どうして? が頭の大部分を占めていた。これまで十八年生きてきたけれど、イザベルだと見破られたことはなかった。親友のエリーゼにも、フローラにも指摘されなかった。

 なのにユースにはあの一言だけで見破られてしまった。

 どうせバレはしないと積極的に隠そうとはしていなかったから、もしかしたら行動の節々にイザベルを連想させるような仕草をしてしまっていたのだろうか? だとしてもそこから辿り着くユースは凄いのだけれど。

(今すぐ離れなきゃ)

 こんな十八年前に死んだはずの人物が生まれ変わってまでも初恋の相手を追いかけて、ひっそり彼付きの侍女になってるなんて、ユースからしたら恐怖だろう。恐ろしい執念だと私自身も思う。

(ほんっとに馬鹿……)

 ユースと話せるこの距離が嬉しくて、そばで支えたい、もっともっと近づきたいなんてわがままを突き通した結果がこれだ。
 未来視で見破られる未来を見ることが出来たなら、下っ端侍女として遠くからユースを見守る選択をしたのに。

「はああああ」

 人がいないのをいいことに、私は頭を抱えて廊下の真ん中でしゃがみこんだ。

 不幸中の幸いで、ユースが追いかけてきている雰囲気はなかった。今日はもうユースと合わせる顔はなかったので、本当に良かった。もし、視界に入ったなら全速力で逃げることになるだろうから。

(一週間休んで気持ちに変化がなかったら……すっぱり辞めよう)

 せっかく採用してもらったのに一年未満で退職するのは不誠実だけど。このままでは仕事に支障が出るのは必然で、周りにも迷惑をかけてしまう。長期的に見ると新しい人材を雇った方がいいはずだ。

(前世の亡霊なんてユースの近くにいない方がいいしね。彼は彼で地続きに己の人生を歩んでいるわけで、バレたからには一度人生を終えた人間は関わらない方がきっと……良いから)

 もう十分元気な姿は見ることができたし、悔いがないと言ったら嘘だけれど今後は遠くから彼の幸せを願おう。

 パシンと頬を叩いて気持ちを切り替える。

「とりあえず今日はきちんと仕事しよう」

 まだまだ勤務時間は残っている。あの日からずっとユースと接触しない仕事を任されていたので、取り乱さずに勤務を終えることが出来るはずだ。

「まず昼食の準備をしてから、先輩が運ぶ午後のお茶菓子の用意をして……あっ合間に退職届の用紙を探そう」

 頭の中で今日の仕事を整理していく。指折りながら数え、整理し終わってから行動を開始した。

 この問題がそう簡単に決着が着くものでは無いと──ユースが私に対してどれだけの想いを持っているか、大きく見誤っているとも知らずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...