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第三章 不穏な侍女生活
絶望と渇望と恋焦がれたその先(3)
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切っ先を向けられたリヒャルトは飄々としている。
「死んでほしいのか?」
「当たり前だ。地獄で悔い改めろ。逃れようとするならば刺し違えてでも俺が殺す」
殺気立ったユリウスにリヒャルトは頬杖を付きながら乾いた笑いを漏らす。
「威勢がいいのは素晴らしいことだが、あいにく負け戦には首を突っ込まない主義でな。逃げはせんよ」
「…………」
散々やりたい放題していたリヒャルトだ。言葉通りすんなり死んでくれるとは思ってない。警戒を強めると、彼は携帯していた剣を鞘ごと遠くに蹴り飛ばした。
「ほら」
未だ睨めつけるユリウスを見上げ、空になった両手を上げた。
「…………何が目的だ」
「目的? 目的などありはせん」
「嘘だ」
ユリウスは剣をリヒャルトの首筋に当てた。
「殺す前に問いたい。何故イザーク様と娘のイザベルを処刑した。二人は何の罪もないだろうにっ!」
感情が荒ぶり、手が震えた反動でリヒャルトの首から僅かに血が滲む。
気色ばむユリウスとは対照にリヒャルトは血のように赤い目をゆるく細めた。
「ひとつにお前のその顔が見たかったからさ。…………娘は我の予想よりはるかにお前のことを想っていたぞ。無実を訴え続ければ心証は悪くなり、私がこの件に関してお前が関与していることを立証する証拠を持っていると告げればあっさりだった。娘はお前のために罪を被って死んだのだ。お前が殺したんだ」
「うるさいっ」
(そんなの俺がいちばん分かっている!)
怒号が響き渡る。だが、リヒャルトは怯まず畳み掛ける。
「愚かな娘だ。最後の最後までお前のことを心配して、自分のことが足枷にならないだろうかと執行官にまで意見を募────」
「黙れっ」
リヒャルトは止まらない。流れるように口を動かす。
「だがあの娘も本望だろう。そもそも──………」
はたとリヒャルトは目を瞬かせた。
「お前は呪いを解いた真の人物が誰か分かっているのか」
「当たり前だ」
「なら、なにゆえこれまで誰も、聖女でさえ解けなかった呪いが神官でもない小娘に解呪出来たのか知っているか?」
知らない。反射的にそう答えようとして口を噤む。そもそも、ユリウスはイザベルが己の呪いを解いてくれたと確信していたが、確信があるだけで根拠は無い。
リヒャルトの問い方からして、それは合っているようだったが彼が何を言おうとしているのか。そこまでは分からなかった。
黙り込んだユリウスをリヒャルトは覗き込む。
「何だ知らないのか」
「何を……」
眉を寄せるユリウスの表情にリヒャルトは何かを確信し、手を叩く。
「これは滑稽だ。娘も知らぬようだったし、公爵は誰にも伝えずに逝ったのか」
「っ!?」
目を眇めたリヒャルトは自らユリウスの剣をわし掴み、躊躇なく自身の腹部に沈めた。
驚いて目を見張るユリウスにリヒャルトは口角を上げ、命を散らしながら耳元に囁く。
「ひとつだけ教えてやろう。あの娘は特別だ。だから殺した。公爵は……そうだな、気に食わなかったからだ」
柄を伝って生暖かい液体がユリウスの手を濡らしていく。ふっと漏れ出る息がおぞましくも耳をくすぐった。
まるで呪詛のようにリヒャルトは告げた。
「私を殺して全てが終わると思っているなら甘いぞ。私を殺せても、お前はお前を殺せない。せいぜい……このつまらない世界で……ひとり、で、生きて……いく、ことだ、な」
そこまで言って、皇帝リヒャルトはあっけなく事切れた。
想定外の決着にしばしの間呆然としていたが、床に転がったリヒャルトの骸から剣を引き抜く。
後味の悪い復讐だが、当初の目的は果たした。
ユリウスは刃を彩る血を振り落とし、切っ先を自身の胸元に向ける。
(『お前はお前を殺せない』──何を馬鹿なことを)
このまま剣を押し込めば、刃は胸を貫きユリウスは死に至る。リヒャルトはユリウスが最後の最後で死に恐怖し、自害を止めると思ったのだろうか?
(そんなわけないだろう。もはや意味の無い世界だ。生きていくつもりは一切ない)
迷いはない。ユリウスは勢いよく自身に向けて剣を押し、その胸を貫く────はずだった。
「…………は?」
突如刃に亀裂が走り、瞬く間に粉々に砕け落ちる。
複数人切ったから刃が脆くなっていたのだろうと無理やり納得させ、ならばと床に転がっていたリヒャルトの大剣を掴む。
けれども結果は同じだった。切っ先をユリウスに向けると、見えない力によって粉々に砕け散ってしまうのだ。
薄気味悪く、柄だけになった剣を投げ飛ばす。軽い音が室内に響いた。ギリッと唇を噛み締める。
(何故死ねない)
ならばと四階から飛び降りても説明のつかない幸運で無傷で地面に降り立った。尻もちすらつかない。両足が軽く痛むがそれだけだ。
飛び降りても五体満足な自分に絶望し、拳を地面に叩きつける。
「ははっ女神さえ……俺の敵になるのか」
どうやら誰も彼もがこの苦しみから簡単に解放させてはくれないらしい。
(ここまでして生きさせて俺にどうしろと? 死なせてくれよ)
いつまでこの不思議な現象がまとわりついて来るのか分からないが、短い期間ではないことだけ分かる。
今までは後を追うつもりで──いつでも自死できることを支えとしていたのに前提が覆ってしまった。
まるで出口のない真っ暗な迷路に突如放り込まれたかのよう。ユリウスは無防備な姿できつく拳を握りしめた。
◇◇◇
(やけに長く感傷に浸ってしまった)
ザアザアと酷くなった雨足に記憶の底へ沈みこんでいたユリウスは現実に引き戻された。
普段こそ、ここまで長く過去を振り返ることはしない。けれども、今日は一年の中でも特別な日であるから彼女に関する事柄を思い起こすのだろう。
着替えようと立ち上がりかけたところでノックがかかる。
ユリウスがドアを開けるとふわりと香しい花の匂いが部屋に広がった。
そこには百合やカーネーション、純白の花々をふんだんに使った花束を抱え、ひんやりと血の通わない瞳を持つ侍女が佇んでいた。
「死んでほしいのか?」
「当たり前だ。地獄で悔い改めろ。逃れようとするならば刺し違えてでも俺が殺す」
殺気立ったユリウスにリヒャルトは頬杖を付きながら乾いた笑いを漏らす。
「威勢がいいのは素晴らしいことだが、あいにく負け戦には首を突っ込まない主義でな。逃げはせんよ」
「…………」
散々やりたい放題していたリヒャルトだ。言葉通りすんなり死んでくれるとは思ってない。警戒を強めると、彼は携帯していた剣を鞘ごと遠くに蹴り飛ばした。
「ほら」
未だ睨めつけるユリウスを見上げ、空になった両手を上げた。
「…………何が目的だ」
「目的? 目的などありはせん」
「嘘だ」
ユリウスは剣をリヒャルトの首筋に当てた。
「殺す前に問いたい。何故イザーク様と娘のイザベルを処刑した。二人は何の罪もないだろうにっ!」
感情が荒ぶり、手が震えた反動でリヒャルトの首から僅かに血が滲む。
気色ばむユリウスとは対照にリヒャルトは血のように赤い目をゆるく細めた。
「ひとつにお前のその顔が見たかったからさ。…………娘は我の予想よりはるかにお前のことを想っていたぞ。無実を訴え続ければ心証は悪くなり、私がこの件に関してお前が関与していることを立証する証拠を持っていると告げればあっさりだった。娘はお前のために罪を被って死んだのだ。お前が殺したんだ」
「うるさいっ」
(そんなの俺がいちばん分かっている!)
怒号が響き渡る。だが、リヒャルトは怯まず畳み掛ける。
「愚かな娘だ。最後の最後までお前のことを心配して、自分のことが足枷にならないだろうかと執行官にまで意見を募────」
「黙れっ」
リヒャルトは止まらない。流れるように口を動かす。
「だがあの娘も本望だろう。そもそも──………」
はたとリヒャルトは目を瞬かせた。
「お前は呪いを解いた真の人物が誰か分かっているのか」
「当たり前だ」
「なら、なにゆえこれまで誰も、聖女でさえ解けなかった呪いが神官でもない小娘に解呪出来たのか知っているか?」
知らない。反射的にそう答えようとして口を噤む。そもそも、ユリウスはイザベルが己の呪いを解いてくれたと確信していたが、確信があるだけで根拠は無い。
リヒャルトの問い方からして、それは合っているようだったが彼が何を言おうとしているのか。そこまでは分からなかった。
黙り込んだユリウスをリヒャルトは覗き込む。
「何だ知らないのか」
「何を……」
眉を寄せるユリウスの表情にリヒャルトは何かを確信し、手を叩く。
「これは滑稽だ。娘も知らぬようだったし、公爵は誰にも伝えずに逝ったのか」
「っ!?」
目を眇めたリヒャルトは自らユリウスの剣をわし掴み、躊躇なく自身の腹部に沈めた。
驚いて目を見張るユリウスにリヒャルトは口角を上げ、命を散らしながら耳元に囁く。
「ひとつだけ教えてやろう。あの娘は特別だ。だから殺した。公爵は……そうだな、気に食わなかったからだ」
柄を伝って生暖かい液体がユリウスの手を濡らしていく。ふっと漏れ出る息がおぞましくも耳をくすぐった。
まるで呪詛のようにリヒャルトは告げた。
「私を殺して全てが終わると思っているなら甘いぞ。私を殺せても、お前はお前を殺せない。せいぜい……このつまらない世界で……ひとり、で、生きて……いく、ことだ、な」
そこまで言って、皇帝リヒャルトはあっけなく事切れた。
想定外の決着にしばしの間呆然としていたが、床に転がったリヒャルトの骸から剣を引き抜く。
後味の悪い復讐だが、当初の目的は果たした。
ユリウスは刃を彩る血を振り落とし、切っ先を自身の胸元に向ける。
(『お前はお前を殺せない』──何を馬鹿なことを)
このまま剣を押し込めば、刃は胸を貫きユリウスは死に至る。リヒャルトはユリウスが最後の最後で死に恐怖し、自害を止めると思ったのだろうか?
(そんなわけないだろう。もはや意味の無い世界だ。生きていくつもりは一切ない)
迷いはない。ユリウスは勢いよく自身に向けて剣を押し、その胸を貫く────はずだった。
「…………は?」
突如刃に亀裂が走り、瞬く間に粉々に砕け落ちる。
複数人切ったから刃が脆くなっていたのだろうと無理やり納得させ、ならばと床に転がっていたリヒャルトの大剣を掴む。
けれども結果は同じだった。切っ先をユリウスに向けると、見えない力によって粉々に砕け散ってしまうのだ。
薄気味悪く、柄だけになった剣を投げ飛ばす。軽い音が室内に響いた。ギリッと唇を噛み締める。
(何故死ねない)
ならばと四階から飛び降りても説明のつかない幸運で無傷で地面に降り立った。尻もちすらつかない。両足が軽く痛むがそれだけだ。
飛び降りても五体満足な自分に絶望し、拳を地面に叩きつける。
「ははっ女神さえ……俺の敵になるのか」
どうやら誰も彼もがこの苦しみから簡単に解放させてはくれないらしい。
(ここまでして生きさせて俺にどうしろと? 死なせてくれよ)
いつまでこの不思議な現象がまとわりついて来るのか分からないが、短い期間ではないことだけ分かる。
今までは後を追うつもりで──いつでも自死できることを支えとしていたのに前提が覆ってしまった。
まるで出口のない真っ暗な迷路に突如放り込まれたかのよう。ユリウスは無防備な姿できつく拳を握りしめた。
◇◇◇
(やけに長く感傷に浸ってしまった)
ザアザアと酷くなった雨足に記憶の底へ沈みこんでいたユリウスは現実に引き戻された。
普段こそ、ここまで長く過去を振り返ることはしない。けれども、今日は一年の中でも特別な日であるから彼女に関する事柄を思い起こすのだろう。
着替えようと立ち上がりかけたところでノックがかかる。
ユリウスがドアを開けるとふわりと香しい花の匂いが部屋に広がった。
そこには百合やカーネーション、純白の花々をふんだんに使った花束を抱え、ひんやりと血の通わない瞳を持つ侍女が佇んでいた。
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