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第三章 不穏な侍女生活
絶望と渇望と恋焦がれたその先(2)
しおりを挟む──兄弟を殺し、父帝を殺し、帝位に付いたのは地位を欲した訳ではなくて。ただ単純に、イザベルを殺した相手が、嘲笑した兄弟が、一番上に立つのが腹ただしくて。心の底から憎くて憎くて、生きているのが許せなかったからだ。
その後、やはりイザベルが処刑されたのは冤罪で、犯人はリヒャルトなのだと突き止めていた。
(あれほど放置していたくせに、今になって私がやっと手に入れた安寧をひとつ残らず奪おうとするのか)
ユリウスにとって大切なものはイザークとイザベルだけだ。二人がリヒャルトによって亡き者にされた以上、世界は再び色彩を失い、価値のないものだった。
(…………許せない)
今も、二人を処刑に追い込んだ人物達がのうのうと生きているのかと思うと腸が煮えくり返る。
(絶望に追い落とすほど憎いなら、俺を殺してくれればよかったのに)
なぜ、なぜ、なぜ、イザベルを、イザークを、巻き込むのだと。繰り返し自問自答した。
リヒャルトがそれが一番ユリウスにダメージを与えられると知っていたから──容赦なくその選択を取ったのだと分かっていても納得したくなかった。
「俺と関わったからっ……俺が二人に甘えていたから!!」
自責の念に駆られ、何度嗚咽を堪えただろうか。
戦場に連れ戻され、もはや意味のない戦闘を繰り返しながら日々が過ぎてゆく。恐怖で顔をひきつらせる敵を容赦なく切り伏せ、命を顧みず戦っている間だけ一時悲しみと後悔から逃れられた。
(皇帝が殺してくるのなら、俺も殺していいよな?)
この頃にははっきりした殺意が芽生えていた。
命など惜しくはない。単身で皇宮に乗り込んで刺し違えてでも息の根を止めてやりたいと心の底から強く願った。
するとどこから聞き付けたのかわらわらと一部の貴族達がユリウスに話を持ちかけてくる。
曰く、「手伝ってやるから皇位を簒奪してみないか」と。
リヒャルトは戦争を好む。間を置かずに大規模な争いが勃発すると、戦場となった土地は荒れ果て、兵士の食料や戦争費用捻出のために通常よりも多くの税が取り立てられる。
すると土地も民も疲弊し、飢えた民は窃盗や強盗に手を染め、治安の悪化に伴って他国を練り歩く行商人も迂回し、人の往来が減る結果お金を落としていく者がいなくなる。
最終的にその領地を統治する貴族も収入が減り、暮らしの質を落とさざるを得ない。
今回は相手国が仕掛けてきた不可抗力の戦争だが、長年溜まっていた不満がここに来て溢れ出た。
彼らにとって此度の戦争で英雄になりかけていたユリウスは、反逆の隠れ蓑にするにはちょうど良かったのだ。
平時ならまた違ったのだろうが今は戦時中だ。重い税を課せられていた民は国に対して不満を持っている。皇帝が変わるとなれば両手をあげて喜ぶだろう。簒奪する大義名分は作ろうと思えばそこかしこに転がっていた。
それにもし計画が失敗したなら、ユリウスに全て押し付けてしまえばいい。第三皇子は元々取るに足らない存在なのだから──そんな思惑が透けて見えた。
ぽっと出の第三皇子。政治など何も知らないユリウスを傀儡として皇位に着け、裏で実権を握ろうなどと考えているのだろう。
(それでもいい。皇帝を弑せさえすれば)
手段は選ばない。仇を取ったなら、その時は今度こそ命を絶とうと決めていたユリウスは、甘言を囁く貴族達の策略にわざと乗ってあげたのだ。
そうして全ての算段をつけてから静かに反旗を翻した。
半分血の繋がりがある二人の皇子は、話がしたいと書簡を送れば呑気にユリウスを迎えてくれた。
開口一番にイザベルの処刑について冤罪の可能性を考えなかったのかと問うと、一番上の皇子は腹を抱えて笑いながら言った。
「冤罪? 反逆罪で処刑された公爵の娘だぞ? 仮に冤罪だとしてもたかが小娘一人だ。どうでもいいだろ」
第一皇子は猥雑な笑みを浮かべる。
「でも勿体ないよな。どうせ処刑される身。顔と身体だけは及第点だったから女としての尊厳を奪ってやればよかった。婚約者もいなかったからまだ乙女だっただろ。少しは楽しめたかもな」と。
第二皇子もまた賛同した。
その後のことは記憶が定かではない。
気づいたら辺り一面血の海。物言わぬ首が二つ転がっていて、ユリウスはその首も勢いよく壁に蹴飛ばし、何度も胴体に剣を突き刺していたところで様子を見に来たヘンドリックに止められた。
「流石にやりすぎですよ……原形留めてないじゃないですか……ひぇ」
「…………」
冷たくなった骸を冷ややかに見下ろしながら、きっとイザベルがこれを見たら怒るのだろうなと想像する。
(だが、もうどうでもいい。この世にベルはいないのだから)
人には優しくしなさい、私は優しいユースが大好きだとイザベルが常々言うからそう振舞っていただけで。
イザベルとイザーク以外の人間は道端の石ころと同類だ。石なのだから愛想をふりまく必要もなく、自分がどのように扱ってもお咎めはない。
(こいつはベルを貶めた)
ならばこれは当然の報いだ。
ひとしきり死体蹴りしたその足で、ユリウスは玉座のある間に赴き、罵声を浴びせる皇后の胸に流れるように銀色の刃を突き刺した。
ゴポリと口から溢れ出た鮮血を正面から浴びながら、絶命する皇后から淡々と剣を引き抜く。
「中々に刺激的な再会だな」
場にそぐわないゆったりとした声。
浴びた血を拭うこともせず、ユリウスは声の主──皇后の隣で、劇を観劇するかのように彼女が絶命するのをただ眺めていた皇帝に刃を向けた。
「死んでください。今ここで」
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