生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里

文字の大きさ
上 下
100 / 125
第三章 不穏な侍女生活

絶望と渇望と恋焦がれたその先(1)

しおりを挟む
 雨音が心地よい微睡みの中、現実と夢の狭間に私はいた。
 ぼんやりとした視界の端には黒い影のようなものが映り込む。

 その影は絹糸を紡ぐようにぽつりと漏らした。

「──ベル」

 慣れ親しんだ声。ああ、これはきっと夢だ。夢の中でユースが私を呼んでいる。久しぶりの前世の名前。懐かしくて嬉しくて。今はテレーゼなのに口元を緩めながら反応してしまった。

「……な、あに。ゆー、す」

 すると夢の中の彼は整った容貌をくしゃりと崩し──こちらに手を伸ばしてきたような気がした。



◆◆◆



 ユリウスにとってイザベルは、太陽の光を浴びて燦々と輝く真夏の向日葵のような存在だった。

 物心付く前から虐げられ、価値のない、死んだ方がマシだと罵倒され続けた中、かろうじて命を繋いでいたユリウスにとって、この世界は色彩のない世界だった。

 そんな彩りのない世界を鮮やかな世界にあっという間に塗り替えたのはイザベルだった。

 死んだ方がマシだと呟いたユリウスに対して、ならば自分が貴方の生きる理由になる──その言葉がどれほど自分のことを救ったか、きっと彼女は正確に理解していないだろうし、小さい頃の話だ。覚えていなかっただろう。

 イザベルの周りは一際輝いて見え、卑屈で怯えてばかりだった自分を陽の当たる場所に引っ張りあげてくれた。

 感情を隠すことがとことん下手で悲しいことがあるとすぐ涙を零し、嬉しいことがあればにこにこと機嫌が良い。
 むうっとふくれっ面な表情は怒っているはずなのに愛らしいという感想しか抱かないほど可愛らしく、「ユース」と彼女が授けてくれた愛称を涼やかな鈴の音の声で呼んでもらえるのは自分だけに与えられた特権だ。

 いつからかは分からない。もしかしたら初めて出逢ったあの日、既に一目惚れしていたのかもしれないし、毎日欠かさず「大好きよ」と一心に伝えてくれた日々の中でゆっくりと彼女に懸想していったのかもしれない。

 過程は些細なものだ。どちらにせよ、ユリウスにとってイザベルは唯一無二の存在で替えはない。あの地獄のような宮から自分を見つけ出し、救い出してくれたイザークと共に大切で死ぬ気で守りたいと思うほど大好きな──たった二人だけの家族であり、愛する人なのだから。

 
 なのに、自分のせいで大好きな人達を殺してしまった。


 ──雨音がする。


 曇天の空。しとしとと振り続ける雨は一週間続いている。
 窓に打ち付ける雨音によって浅い眠りから目覚めたユリウスはうっすらとその瞳を開いて体を起こした。

 皇帝の寝室といえば世間では贅を尽くした豪華絢爛な部屋だと思われているだろうが、ユリウスの部屋はそうではなかった。

 家具として元から取り付けられていたソファやテーブルやクローゼット、自室でも書類仕事ができるよう設置された執務机には書類が山積みになっていて天板が隠れている。それと、一人で寝るには大きすぎる寝台と就寝中小物を置くようなサイドテーブル。

 部屋にあるのはそれだけだ。私物と呼べるようなものは一切この空間に存在しておらず、寝て、起きて、朝を迎えるためだけの場所。それ以外の用途では使われない。

 軽く欠伸をして辺りを見渡す。

「…………」

 ユリウスは無言で自身の右手を持ち上げた。三十歳を超えた自身の手にはシワひとつない。

 手だけではない、顔はもちろんのこと、身長も────老いを知らない身体になっていた。

 「不老」と言えば聞こえはいいが実際のところある意味「呪い」なのだという。

 前とは違い、自分の身を蝕んでいた発熱や痛みは伴わない。彼女によって解かれた呪いとはまた違うもの。
 苦しむことはない。ただ、周りは歳をとっていくのに自分だけが十八年前と同じ姿。

 このことを知っているのは極わずかだ。年齢にそぐわない容貌に初対面の者は驚き、昔から知っている貴族達は最近替え玉なのではないかと疑いの目を向けてくる。

 イザベルが処刑されたあの日から自分の時計は内外共に止まってしまった。

「ベル」

 返答する者はいない。虚空に溶けた愛称を授けてくれた人は、今や閉じた瞳の裏に姿を現すのみだ。

 ──会わせて欲しい。

 彼女がこの世を去ってから約二十年。一日たりとも忘れたことは無いし、忘れたくは無い。なのに、声も顔も年々朧気になっていく。

「君がいなくなってから随分長い時が過ぎた」

 イザベルの命が絶たれた時、最初ユリウスはその場で自害しようと思った。彼女のいない世界なんて生きている価値はない。恩を返す前に恩人であるイザークも逝ってしまった。ならば、後を追ってもいいだろうと、頭の中はそれで埋まった。

 幸い戦場から駆けつけたので剣を持っていた。剣で胸を貫けばすぐに逝ける。

 だが、柄に手をかけたとき思ったのだ。どうせ死ぬなら、何故イザベルが死ななければならなかったのか。その理由を明らかにしてからでも遅くないのではないかと。

 だから真相を明らかにするまでもう少しの間、この世界に身を置くことにしたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

花冠の聖女は王子に愛を歌う

星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』 国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。 しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。 期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。 選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。 「それは王家の宝石よ!!」 …え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど? ※他サイトにも投稿しています。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...