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第三章 不穏な侍女生活
すり抜けていく(3)
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ララの元に行く道すがら、ユースも同じ方向に行くようなので途中まで二人で歩く。
突如現れたユースは当たり前だがララから私を探すよう言われた訳ではなく、ただ単に執務室に来た彼女が私を探していると漏らしたようで、外を歩いていたら偶然見かけたので声をかけたらしい。
今世で会った初期の頃なら気にもとめなかっただろうに、わざわざ探していたと教えてくれるなんて、少しばかり彼の興味を引く対象になったみたいで嬉しい。
ふふっと笑うと彼は奇妙そうな顔をする。
「なぜ笑う」
「秘密です」
指を唇に持っていくと、ますます不満顔になる。
「秘密にするほど大層な理由なのか」
「いいえ、別にお話するほどのことではないと思っただけで……。ララさんが呟いていたから声をかけてくださったのですよね? ──やっぱりお優しいのだなと」
するとユースは僅かに目を見開き、すぐに鼻で笑った。
「優しいだと? そんなことを言ってくるのは後にも先にもお前くらいだぞ」
「あら、陛下の目に見えないところに沢山いますよ。それに優しさとはちょっと異なりますが、陛下は素晴らしいお方だと噂をしていると思います」
現に彼の治世は市井の者には好評だ。侵略戦争を好んだリヒャルトと対照的に、ユースは帝位に就く際の粛清以降大規模な戦闘を起こしておらず、その結果他国との交流も活発となり、国を行き来する商人や旅人達、貿易も盛んになった。
粛清の残虐さが先行しがちではあるが、全体から見ると立派な治世者だ。評価する人間は絶対にいる。
けれどもユースは一蹴する。
「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」
取り付く島がない。バッサリと切り捨てるユースの瞳は凪いでいて、悲しみも怒りも何も映していない。ごくごく当たり前のことのように淡々と、だが自虐が滲み出ていた。
それが自分の事のように酷く悲しく、我慢ならなかった。
だから無礼を承知で彼の前に出て、言い聞かせるように訴えるのだ。
「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」
昔よりは分かりにくくなったけれど、根幹は私の知っているユースだ。
「そういう渾名が流れていることは否定出来ませんが……それだけが陛下の全てではありません。私の全てを賭けて証明できます」
(だからどうか、自分で自分を貶めないで)
噂通りの側面があれど、全てがそうでは無いのだとどうしたら分かってくれるのだろうか。これでも事ある毎に伝えているつもりなのだが、あまり効果はなかった。
彼はいつも、自分が悪者かのように振る舞う。
「……いつもお前はこの手の話を否定するな」
「はい、陛下から陛下自身を貶めるような発言は聞きたくありませんし、狂帝ではありません。私からすれば立派な為政者です」
途端、美しいはずの碧眼がゆらりと淀む。整った唇が歪み、かぶりを振った。
「…………立派な為政者などありえない。この手は私に対する憎悪に満ちた者たちの血によって染まりきっている」
手のひらを上にして差し出された両手。彼はぎゅっと拳を握り締める。
「私は私欲のために皇帝になった。己の鬱憤を晴らすために前皇帝の首を刎ねた。民のため、国のため、そのような大義名分を掲げてこの座を手に入れた訳では無い。この世から消えて欲しかったから殺したのだ」
彼は私と距離を置き、腰に携えていた剣の鞘を指でなぞる。
「今この場で煩わしいとお前に剣の切っ先を向けるかもしれない。臣下も『この皇帝ならやりかねない』と言うだろう。そんな私が怖いと思わないのか。それでも優しい人などと世迷言を言うのか」
「はい、先程の発言は取り消しません。陛下はこのようなことで私の首を刎ねる人ではないと知っていますから」
ユースは眉を顰める。
「いつもいつも、どこからそのような自信が湧いてくる」
「湧くのではなく、最初から持っているのです。ほかの方だったなら恐怖を覚えるやもしれませんが……今まで散々脅すようなことを言っても、実行に移されないではありませんか。強いて言うならそれが根拠です」
「…………それはお前の勘違いだ」
「いいえ、勘違いではありません。陛下の仰るような噂は沢山耳にしましたが、私が勤め始めてから実際に殺傷を起こしたとは聞いたことがありません。人々が勝手に騒ぎ立てているのを、陛下はあえてそのままにしているのでしょう?」
(徹底的に箝口令を敷いて秘密裏に処罰しているのかもしれないけど…………)
していないと私は信じたいし、私だけでも信じるのだ。
恋による盲目──なのかもしれないが。それでもいい。
「本当の陛下は違います。そうですよね?」
答えない彼の碧眼をひたすら見つめる。
「…………無条件に私を信じるな。後で後悔するぞ」
「後悔なんてしませんよ。それよりも私の話、結構当たっていると思うのですがどうですか?」
するとユースの瞳が揺れる。
「さあな」
ぶっきらぼうに吐いて彼は踵を返す。その背が見えなくなるまで私はずっと眺めていた。
突如現れたユースは当たり前だがララから私を探すよう言われた訳ではなく、ただ単に執務室に来た彼女が私を探していると漏らしたようで、外を歩いていたら偶然見かけたので声をかけたらしい。
今世で会った初期の頃なら気にもとめなかっただろうに、わざわざ探していたと教えてくれるなんて、少しばかり彼の興味を引く対象になったみたいで嬉しい。
ふふっと笑うと彼は奇妙そうな顔をする。
「なぜ笑う」
「秘密です」
指を唇に持っていくと、ますます不満顔になる。
「秘密にするほど大層な理由なのか」
「いいえ、別にお話するほどのことではないと思っただけで……。ララさんが呟いていたから声をかけてくださったのですよね? ──やっぱりお優しいのだなと」
するとユースは僅かに目を見開き、すぐに鼻で笑った。
「優しいだと? そんなことを言ってくるのは後にも先にもお前くらいだぞ」
「あら、陛下の目に見えないところに沢山いますよ。それに優しさとはちょっと異なりますが、陛下は素晴らしいお方だと噂をしていると思います」
現に彼の治世は市井の者には好評だ。侵略戦争を好んだリヒャルトと対照的に、ユースは帝位に就く際の粛清以降大規模な戦闘を起こしておらず、その結果他国との交流も活発となり、国を行き来する商人や旅人達、貿易も盛んになった。
粛清の残虐さが先行しがちではあるが、全体から見ると立派な治世者だ。評価する人間は絶対にいる。
けれどもユースは一蹴する。
「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」
取り付く島がない。バッサリと切り捨てるユースの瞳は凪いでいて、悲しみも怒りも何も映していない。ごくごく当たり前のことのように淡々と、だが自虐が滲み出ていた。
それが自分の事のように酷く悲しく、我慢ならなかった。
だから無礼を承知で彼の前に出て、言い聞かせるように訴えるのだ。
「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」
昔よりは分かりにくくなったけれど、根幹は私の知っているユースだ。
「そういう渾名が流れていることは否定出来ませんが……それだけが陛下の全てではありません。私の全てを賭けて証明できます」
(だからどうか、自分で自分を貶めないで)
噂通りの側面があれど、全てがそうでは無いのだとどうしたら分かってくれるのだろうか。これでも事ある毎に伝えているつもりなのだが、あまり効果はなかった。
彼はいつも、自分が悪者かのように振る舞う。
「……いつもお前はこの手の話を否定するな」
「はい、陛下から陛下自身を貶めるような発言は聞きたくありませんし、狂帝ではありません。私からすれば立派な為政者です」
途端、美しいはずの碧眼がゆらりと淀む。整った唇が歪み、かぶりを振った。
「…………立派な為政者などありえない。この手は私に対する憎悪に満ちた者たちの血によって染まりきっている」
手のひらを上にして差し出された両手。彼はぎゅっと拳を握り締める。
「私は私欲のために皇帝になった。己の鬱憤を晴らすために前皇帝の首を刎ねた。民のため、国のため、そのような大義名分を掲げてこの座を手に入れた訳では無い。この世から消えて欲しかったから殺したのだ」
彼は私と距離を置き、腰に携えていた剣の鞘を指でなぞる。
「今この場で煩わしいとお前に剣の切っ先を向けるかもしれない。臣下も『この皇帝ならやりかねない』と言うだろう。そんな私が怖いと思わないのか。それでも優しい人などと世迷言を言うのか」
「はい、先程の発言は取り消しません。陛下はこのようなことで私の首を刎ねる人ではないと知っていますから」
ユースは眉を顰める。
「いつもいつも、どこからそのような自信が湧いてくる」
「湧くのではなく、最初から持っているのです。ほかの方だったなら恐怖を覚えるやもしれませんが……今まで散々脅すようなことを言っても、実行に移されないではありませんか。強いて言うならそれが根拠です」
「…………それはお前の勘違いだ」
「いいえ、勘違いではありません。陛下の仰るような噂は沢山耳にしましたが、私が勤め始めてから実際に殺傷を起こしたとは聞いたことがありません。人々が勝手に騒ぎ立てているのを、陛下はあえてそのままにしているのでしょう?」
(徹底的に箝口令を敷いて秘密裏に処罰しているのかもしれないけど…………)
していないと私は信じたいし、私だけでも信じるのだ。
恋による盲目──なのかもしれないが。それでもいい。
「本当の陛下は違います。そうですよね?」
答えない彼の碧眼をひたすら見つめる。
「…………無条件に私を信じるな。後で後悔するぞ」
「後悔なんてしませんよ。それよりも私の話、結構当たっていると思うのですがどうですか?」
するとユースの瞳が揺れる。
「さあな」
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