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第三章 不穏な侍女生活
すり抜けていく(1)
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「よっ」
皇宮の宮と宮を繋ぐながーい回廊。ポンッと後ろから肩を叩かれたので振り向くと、そこには立派な文官──と言ったら笑ってしまいそうになるのだけれど、よくよく見知った友人が立っていた。
「わぁアレク、久しぶりね」
共に皇宮勤務のはずだが、彼とは全く顔を合わせる機会がない。
それに夜会が頻繁に開かれる夏はまだしも、秋となるとそれも少なくなり、最近では勤務時間内外問わず会えなかったので久しぶりに会えてとても嬉しい。
「レーゼは休憩なのか」
「うん、ようやくお昼の休憩時間」
午前中は目が回るほど忙しく、先輩方に言われるがまま動き回っていたらあっという間にお昼を過ぎていた。
皇宮で働く人を対象とした食堂の昼食提供時間は過ぎていたので、お菓子を作るうちに親しくなったシェフの方々から直々にまかないを分けてもらった帰りだ。
「ほら、とっても美味しそうじゃない!?」
腕にかけていたバスケットに被さった布をずらす。現れたのはふわふわなパンと温かな湯気の立つ野菜たっぷりのシチューだ。
バスケットから漏れる匂いを嗅ぐと、お腹がペコペコな私はそれだけでよだれが出てしまいそうだ。
ああ、早く食べたい! と思うけれど、アレクと話をするのも久しぶりで、せっかく会えたのだ。こちらを優先しようとすると、彼は「食べながら話せばいいだろう」と回廊を外れたところにある東屋を指さした。
「めっきり寒くなったね」
「そうだな」
ゆっくり息を吐くと白い吐息がふんわり私の口から出ていく。
秋も終盤に差し掛かり、冬の足音が近くまで聞こえてきていた。皇宮を彩っていた木々は鮮やかな赤や黄色の葉を落とし、庭師の方が毎朝広大な庭園の隅から隅まで掃き掃除をしている。
私はパンをシチューに浸すという贅沢な食べ方でシェフ渾身の料理を頂く。本当はゆっくりと堪能したいのだが、休憩時間が限られているのと、アレクが結局食べ終わるまで話を待ってくれるようなので急いでお腹の中に収めた。
「侍女の仕事は慣れたか?」
食べ終わったのを見計らってアレクが尋ねてきたので、冷め始めた紅茶で喉を潤しこくんと頷く。
「慣れたよ。とってもやり甲斐がある」
「今は何の仕事をしているんだ? さすがに雑用ばかりではないだろ」
「ええっと」
(これ、ぼかさずに言っていいのかしら)
ユース付きとして一応、皇宮の侍女の中では一番上の仕事をしているにはしているのだが……。新人のはずが異例の出世コースを駆け上がっているのだと正直に伝えたところで冗談だと笑われてしまうだろうか。
(ま、いっか)
悩むだけ無駄だ。ぼかしたところで新人が皇帝の目に止まったという噂が出回り始めていたので、彼の知るところになるのも時間の問題だ。
「驚かないでね? 今の私は皇帝陛下付きなの!」
ふふんと自慢げに胸を張って伝えたのだが、アレクはぽかんとしている。
「レーゼ、頭でも打っておかしくなったのか? 医者にはかかったか?」
心底心配そうに私の頭に触れるのでペシッと叩き落とした。
「失礼ね! 私の頭は正常よ!」
「…………そういえば陛下にはお気に入りの侍女がいると噂が回っているが、まさかレーゼのことか?」
疑ってかかるアレクが可笑しくて私は笑う。
「だとしたらどうする?」
「どうするも何も、ありえないだろ」
真剣な目で全否定してくる。私も他人だったら信じない。
「それが嘘じゃないのよほら」
裾に付いている新品のカフスボタンをアレクに向ける。気高い鷲が彫られたカフスボタンは、皇帝付きの侍女にだけ与えられるものだ。ちなみに内政などを補佐している側近に対しては別の物が与えられる。
「…………うそだろ」
驚きで二の句が告げないアレクはカフスボタンとドヤ顔の私を交互に見やっている。
「どうやって陛下の目に止まったんだよ。あの方は何に対しても興味を示さない。中でも年頃の令嬢に関しては遠ざけ、近寄らせることは絶対にない」
きっぱりと言うアレクは同じ部署の先輩や同僚たちからユースの噂をよく聞くらしい。
「虐められたり、酷い扱いを受けてないか? 最近は、ぬるい茶を淹れた侍女に『不味い』と言い放ち、紅茶をぶっかけたと聞いた」
「陛下を何だと思っているのよ。その件も誤解よ。色仕掛けをしようとした侍女が、自ら陛下の前でわざと転んでお茶を被ったの!」
件の侍女は速やかに解雇された。
(一体全体どのように伝わったらそこまで捻れるのかしら!)
むうっと膨れてしまう。大切な友人であるアレクにはユースのことに関して勘違いして欲しくない。
だから私は多少誇張するが堂々と伝えるのだ。一人でも、本来の彼を知って欲しくて。
「戦場の陛下はまだしも、日常のユリウス陛下は噂のようなお方ではないのよ。お優しいわ。とってもね」
ユース付きになって今の彼を自身の目で、きちんと見ているが傍若無人ではない。たまに分かりにくいが気遣いも見せてくれる。ただし、私利私欲で近づいてくる人間以外には……だけど。
温度差は激しいけれど、きちんと仕事をこなしていれば彼は普通に接してくれる。
なのでほとんどの噂が間違っているのだと説明していると、途中から黙り込んでいたアレクが不意に口を開いた。
皇宮の宮と宮を繋ぐながーい回廊。ポンッと後ろから肩を叩かれたので振り向くと、そこには立派な文官──と言ったら笑ってしまいそうになるのだけれど、よくよく見知った友人が立っていた。
「わぁアレク、久しぶりね」
共に皇宮勤務のはずだが、彼とは全く顔を合わせる機会がない。
それに夜会が頻繁に開かれる夏はまだしも、秋となるとそれも少なくなり、最近では勤務時間内外問わず会えなかったので久しぶりに会えてとても嬉しい。
「レーゼは休憩なのか」
「うん、ようやくお昼の休憩時間」
午前中は目が回るほど忙しく、先輩方に言われるがまま動き回っていたらあっという間にお昼を過ぎていた。
皇宮で働く人を対象とした食堂の昼食提供時間は過ぎていたので、お菓子を作るうちに親しくなったシェフの方々から直々にまかないを分けてもらった帰りだ。
「ほら、とっても美味しそうじゃない!?」
腕にかけていたバスケットに被さった布をずらす。現れたのはふわふわなパンと温かな湯気の立つ野菜たっぷりのシチューだ。
バスケットから漏れる匂いを嗅ぐと、お腹がペコペコな私はそれだけでよだれが出てしまいそうだ。
ああ、早く食べたい! と思うけれど、アレクと話をするのも久しぶりで、せっかく会えたのだ。こちらを優先しようとすると、彼は「食べながら話せばいいだろう」と回廊を外れたところにある東屋を指さした。
「めっきり寒くなったね」
「そうだな」
ゆっくり息を吐くと白い吐息がふんわり私の口から出ていく。
秋も終盤に差し掛かり、冬の足音が近くまで聞こえてきていた。皇宮を彩っていた木々は鮮やかな赤や黄色の葉を落とし、庭師の方が毎朝広大な庭園の隅から隅まで掃き掃除をしている。
私はパンをシチューに浸すという贅沢な食べ方でシェフ渾身の料理を頂く。本当はゆっくりと堪能したいのだが、休憩時間が限られているのと、アレクが結局食べ終わるまで話を待ってくれるようなので急いでお腹の中に収めた。
「侍女の仕事は慣れたか?」
食べ終わったのを見計らってアレクが尋ねてきたので、冷め始めた紅茶で喉を潤しこくんと頷く。
「慣れたよ。とってもやり甲斐がある」
「今は何の仕事をしているんだ? さすがに雑用ばかりではないだろ」
「ええっと」
(これ、ぼかさずに言っていいのかしら)
ユース付きとして一応、皇宮の侍女の中では一番上の仕事をしているにはしているのだが……。新人のはずが異例の出世コースを駆け上がっているのだと正直に伝えたところで冗談だと笑われてしまうだろうか。
(ま、いっか)
悩むだけ無駄だ。ぼかしたところで新人が皇帝の目に止まったという噂が出回り始めていたので、彼の知るところになるのも時間の問題だ。
「驚かないでね? 今の私は皇帝陛下付きなの!」
ふふんと自慢げに胸を張って伝えたのだが、アレクはぽかんとしている。
「レーゼ、頭でも打っておかしくなったのか? 医者にはかかったか?」
心底心配そうに私の頭に触れるのでペシッと叩き落とした。
「失礼ね! 私の頭は正常よ!」
「…………そういえば陛下にはお気に入りの侍女がいると噂が回っているが、まさかレーゼのことか?」
疑ってかかるアレクが可笑しくて私は笑う。
「だとしたらどうする?」
「どうするも何も、ありえないだろ」
真剣な目で全否定してくる。私も他人だったら信じない。
「それが嘘じゃないのよほら」
裾に付いている新品のカフスボタンをアレクに向ける。気高い鷲が彫られたカフスボタンは、皇帝付きの侍女にだけ与えられるものだ。ちなみに内政などを補佐している側近に対しては別の物が与えられる。
「…………うそだろ」
驚きで二の句が告げないアレクはカフスボタンとドヤ顔の私を交互に見やっている。
「どうやって陛下の目に止まったんだよ。あの方は何に対しても興味を示さない。中でも年頃の令嬢に関しては遠ざけ、近寄らせることは絶対にない」
きっぱりと言うアレクは同じ部署の先輩や同僚たちからユースの噂をよく聞くらしい。
「虐められたり、酷い扱いを受けてないか? 最近は、ぬるい茶を淹れた侍女に『不味い』と言い放ち、紅茶をぶっかけたと聞いた」
「陛下を何だと思っているのよ。その件も誤解よ。色仕掛けをしようとした侍女が、自ら陛下の前でわざと転んでお茶を被ったの!」
件の侍女は速やかに解雇された。
(一体全体どのように伝わったらそこまで捻れるのかしら!)
むうっと膨れてしまう。大切な友人であるアレクにはユースのことに関して勘違いして欲しくない。
だから私は多少誇張するが堂々と伝えるのだ。一人でも、本来の彼を知って欲しくて。
「戦場の陛下はまだしも、日常のユリウス陛下は噂のようなお方ではないのよ。お優しいわ。とってもね」
ユース付きになって今の彼を自身の目で、きちんと見ているが傍若無人ではない。たまに分かりにくいが気遣いも見せてくれる。ただし、私利私欲で近づいてくる人間以外には……だけど。
温度差は激しいけれど、きちんと仕事をこなしていれば彼は普通に接してくれる。
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