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第三章 不穏な侍女生活
降りかかる(2)
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「どういう教育を受けたらこんな酷いこと思いつくのよぉぉぉ! 年上とはいえ、私が受けた授業と内容は同じはずなのに学校で何を学んだの!? 監禁なんて犯罪じゃない! もぉぉぉ!!!」
皇宮の端にある部屋だ。どうせ部屋の前を通る人もいないだろうと声を張り上げながら悪態ついた。体を動かす度につけられた枷に繋がっている鎖が嫌な音を立てる。
慣れたくないが前世でも長期間拘束されていたのだ。監禁については同じ年齢の娘よりは耐性があったので、比較的落ち着いていた代わりに怒りが収まらない。
「熱湯がかかった部分も確認したいのに枷が邪魔で上手く裾を捲れないし……火傷していて、もしその痕が残ったらどうしてくれるのよ!!」
絶賛監禁状態なのでひりつく患部を冷やすことは出来ず、微かに透ける服の下は若干赤く見える。不幸中の幸いなのは、爛れていたり、血が出ているわけではないから火傷していたとしても重症ではないことだ。
「暴れても私の力だと枷を破壊するのも無謀だし、助けが来るまで体力温存……かな」
忘れなかったらとヴェローナ様は言っていたが、あの言葉をそのまま信じる人はいるだろうか? いないに決まっている。ならば、助けが来るまでじっとしているしかない。
残念なことに鎖の長さは私の身長分にも満たない。部屋の中を動き回ることも不可能だ。
(にしても早かったな)
遅かれ早かれユースに近づくとなればこうなることは予想していた。軽い嫌がらせ程度ならば耐え忍ぶか無視すればいい。在学中、アレクとの関係性でも似たようなことはあったから慣れている──と甘い考えを抱いていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。
(お茶の時間の担当を任されただけで、ここまで苛烈な嫌がらせというか犯罪まがいの行動に出る? 下級貴族だからって泣き寝入りすると思っているのかしら? 脱出したらタダじゃ置かないわよ)
こちらは皇帝による直々の脅しによって濡れ衣からの処刑というとんでもない経験をしているのだ。それに比べたら怖いものなどほっとんどない。
家族を巻き込むのは嫌だが、されるがままになるつもりは一切なかった。
「今日は無理だとしても、明日か明後日には……見つけてくれるわよね?」
ヴェローナ様に引っ張られる私を目撃した人は少なくない。加えて普段から仕事が終わるとすぐに帰宅していたので、帰宅しない私を不審に思ってお兄様達が動いてくれるはずだ。
とはいえ閉塞的な空間と両腕を拘束する枷に、前世の牢屋にいた頃の絶望感が蘇ってきて弱気になってしまう。もし、誰にも気づかれなかったら……という考えが浮かんでは消えていく。
「ううん、お兄様やお父様なら探し出してくれるわ。大丈夫、だいじょうぶ」
自分を鼓舞していると不意に明かりが翳った。その翳りは瞬きよりも早く周囲に広がり、おや? と上を見上げると同時──いや、「それ」が私の意識を奪い取る方が僅かに早かったのだが、瞬時に視界が黒く塗りつぶされた。
◇◇◇
それからどのくらいたったのだろう。
頭が割れてしまうそうなほど激しい痛みによって、途切れていた意識が無理やり引き戻された。
呻き声を出すことさえ辛い。
(…………背後にあった戸棚か何かが倒れてきたんだわ)
背中にのしかかる重みに胸が押し潰されて息をするのさえ苦しい。強く頭を打ち付けたらしく、痛むのはもちろんのこと未だ視界はぼやけている。手の長さほどの距離でさえはっきりとは見えなかった。
(しくじったなぁ……これは命に関わるわ)
ぴくりとも動かせない体に、頭上からの圧迫感。声も出せず、ぼやけた視界には乱雑に置かれていた不用品が散乱している。
おまけに無性に眠い。とにかく眠い。眠りに身を委ねたくなるが、それは絶対にいけないと警告が脳内に響いていた。
(次、意識を手放したら戻って来れない気がする)
だが自分の意思だけではどうしようもない。ウトウトと瞼を閉じては開いてを繰り返し、徐々に閉じている時間が長くなり始め、思考もゆるゆると溶けていく。
眠気に負け、完全に身を委ねるギリギリのところで一筋の光が差し込んだ。眩しさに目を細め、瞬きを繰り返す。
すらりとした長身の人物は逆光でよく見えないけれど、何色にも染まらない濡れ羽色の髪だけがやけに映えた。
皇宮の端にある部屋だ。どうせ部屋の前を通る人もいないだろうと声を張り上げながら悪態ついた。体を動かす度につけられた枷に繋がっている鎖が嫌な音を立てる。
慣れたくないが前世でも長期間拘束されていたのだ。監禁については同じ年齢の娘よりは耐性があったので、比較的落ち着いていた代わりに怒りが収まらない。
「熱湯がかかった部分も確認したいのに枷が邪魔で上手く裾を捲れないし……火傷していて、もしその痕が残ったらどうしてくれるのよ!!」
絶賛監禁状態なのでひりつく患部を冷やすことは出来ず、微かに透ける服の下は若干赤く見える。不幸中の幸いなのは、爛れていたり、血が出ているわけではないから火傷していたとしても重症ではないことだ。
「暴れても私の力だと枷を破壊するのも無謀だし、助けが来るまで体力温存……かな」
忘れなかったらとヴェローナ様は言っていたが、あの言葉をそのまま信じる人はいるだろうか? いないに決まっている。ならば、助けが来るまでじっとしているしかない。
残念なことに鎖の長さは私の身長分にも満たない。部屋の中を動き回ることも不可能だ。
(にしても早かったな)
遅かれ早かれユースに近づくとなればこうなることは予想していた。軽い嫌がらせ程度ならば耐え忍ぶか無視すればいい。在学中、アレクとの関係性でも似たようなことはあったから慣れている──と甘い考えを抱いていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。
(お茶の時間の担当を任されただけで、ここまで苛烈な嫌がらせというか犯罪まがいの行動に出る? 下級貴族だからって泣き寝入りすると思っているのかしら? 脱出したらタダじゃ置かないわよ)
こちらは皇帝による直々の脅しによって濡れ衣からの処刑というとんでもない経験をしているのだ。それに比べたら怖いものなどほっとんどない。
家族を巻き込むのは嫌だが、されるがままになるつもりは一切なかった。
「今日は無理だとしても、明日か明後日には……見つけてくれるわよね?」
ヴェローナ様に引っ張られる私を目撃した人は少なくない。加えて普段から仕事が終わるとすぐに帰宅していたので、帰宅しない私を不審に思ってお兄様達が動いてくれるはずだ。
とはいえ閉塞的な空間と両腕を拘束する枷に、前世の牢屋にいた頃の絶望感が蘇ってきて弱気になってしまう。もし、誰にも気づかれなかったら……という考えが浮かんでは消えていく。
「ううん、お兄様やお父様なら探し出してくれるわ。大丈夫、だいじょうぶ」
自分を鼓舞していると不意に明かりが翳った。その翳りは瞬きよりも早く周囲に広がり、おや? と上を見上げると同時──いや、「それ」が私の意識を奪い取る方が僅かに早かったのだが、瞬時に視界が黒く塗りつぶされた。
◇◇◇
それからどのくらいたったのだろう。
頭が割れてしまうそうなほど激しい痛みによって、途切れていた意識が無理やり引き戻された。
呻き声を出すことさえ辛い。
(…………背後にあった戸棚か何かが倒れてきたんだわ)
背中にのしかかる重みに胸が押し潰されて息をするのさえ苦しい。強く頭を打ち付けたらしく、痛むのはもちろんのこと未だ視界はぼやけている。手の長さほどの距離でさえはっきりとは見えなかった。
(しくじったなぁ……これは命に関わるわ)
ぴくりとも動かせない体に、頭上からの圧迫感。声も出せず、ぼやけた視界には乱雑に置かれていた不用品が散乱している。
おまけに無性に眠い。とにかく眠い。眠りに身を委ねたくなるが、それは絶対にいけないと警告が脳内に響いていた。
(次、意識を手放したら戻って来れない気がする)
だが自分の意思だけではどうしようもない。ウトウトと瞼を閉じては開いてを繰り返し、徐々に閉じている時間が長くなり始め、思考もゆるゆると溶けていく。
眠気に負け、完全に身を委ねるギリギリのところで一筋の光が差し込んだ。眩しさに目を細め、瞬きを繰り返す。
すらりとした長身の人物は逆光でよく見えないけれど、何色にも染まらない濡れ羽色の髪だけがやけに映えた。
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