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第三章 不穏な侍女生活

垣間見える(1)

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 皇宮で行われる舞踏会に参加するため、私は自室で身支度を整えていた。

 今日行われる舞踏会はデビュタントのためのものだ。新たに社交界に入る貴族の令嬢・子息のために開かれるこれは、皇宮で開かれる唯一の夜会である。
 リヒャルト皇帝陛下の治世ではビアンカ皇后がこの手の夜会を好んでおり、頻繁に皇宮で開かれていたがユースの代になってからは、デビュタントお披露目の場となる重要な役割を有する夏の舞踏会以外は一切開かれない。

 なのでデビュタントではない貴族にとっても、年に一度、余程のことがない限り全員出席が暗黙の了解である今回の夜会は重要な社交の場所となるのだ。

 また、結婚適齢期である娘を売り込む絶好の機会でもある。そのため皇都に居を構えていない地方貴族のお見合いの席にもなり、この時期は貴族間の婚約が活発にもなる。

 それを重々承知している我が家の侍女達も、毎年この夏の舞踏会は私を着飾ろうと奮闘する。今もリリィが他の侍女達に指示しながら私の髪を結っている最中だ。

(そんなに着飾らなくてもいいのに)

 伯爵令嬢として見劣りしないのであればそこそこの仕度でよいと思ってしまうのは、たぶん貴族令嬢として失格だ。
 とはいえ、着飾ったところで見せたい相手も存在しない私は現状価値を見いだせないのだった。

(けど、リリィたちのやる気を削ぐ必要もないわけで。満足いくまで私は大人しくしておこう)

 鏡台に映る私を眺めながら髪結いが終わるのを待つ。

(今日の舞踏会にユースは顔を出すのかな)

 何度か舞踏会に参加したが、皇家主催なのにも関わらずユースは当たり前のように顔を出さなかった。まあ、リヒャルト皇帝も参加されなかったので特段珍しいことではないけど、前まではリヒャルト皇帝の代わりにビアンカ皇后が仕切っていたのだ。
 つまり一応皇族の方が参加されていたということで、その点から見るとユースが顔を出す可能性もほんのすこーしだけ残されているかもしれない。

 ただ今までの傾向からして絶対ありえないので会えるとは端から期待していない。

(ユースが参加するって事前に告知があれば私だって頑張っておめかしするのにな)

 それはもう着ていくドレスの選定から髪や肌のお手入れ、体重だってもっと落とすだろうし。そんなやる気を出す気力も沸かず、惰性で参加する私は舞踏会の中で一番場違いな人に違いない。

(あれから皇宮でたまに見かけるようになったけれど、声をかけることはできないしなぁ)

 やはり皇帝は忙しいのか早足に廊下を歩くユースや側近と話をしながら歩くユースなど。

(ただイザベルのお墓には……ちょくちょく来てるみたい)

 もう近づくなとは言われたが、私はこっそり何度か自分の墓石を訪れている。すると毎度新しい花束が供えられているのだ。
 立ち入り禁止区域で、悪女の墓に花を捧げるなんて律儀なユースだけだろう。

 私が忠告後も立ち入っていることにユースは気づいているだろうが、何も言ってこない辺り黙認されていると勝手に思っている。

(後ろから投げナイフを投げられた時は噂通り性格が変わってしまったのかも! と一瞬思ったけど、よくよく考えてみるとそんなことないのよね)

 本当に噂通りの狂帝ならば、人目につかないあそこは殺すには最適な場所だ。警告無しに携えていた剣でスパッと切ってしまえばいい。

(でもユースはそれをしなかった)

 怖かったけれど、私の言い分を最後まで耳を傾けてくれたし、最後には剣を下ろしたのだ。

(ああして何年も死者を弔っていることも、本来のユースが優しい人だと裏付けている。根幹は変わってないのよ)

 血も涙もない冷酷皇帝ならば過去の人間は捨ておくはずだ。たとえ普通のより強い繋がりのあった者を亡くしたとしても、噂のように思いやりをなくした皇帝であったならば、そこまで甲斐甲斐しく弔わない。

(フローラの方は彼女の発言で返って謎が深まってしまってしまったし。あーもう! 私が死んで何があったのよ!)

 問題が山積していることに、私はリリィに気づかれぬようこっそりため息を吐いた。

 その時、コンコンコンと遠慮がちなノックが響いた。

「どうぞー」
「レーゼ準備は出来たか──」

 顔を見せたのは私の最愛のヴィスお兄様だ。ちょうど髪型も完成したようで、リリィが化粧道具を片付けて退出する。
 今夜の髪はふたつに分けて編み込んだ三つ編みを後頭部に巻き付けるように結うスタイルに仕上がっていた。
 それだけでは寂しいので花々を至る所に挿しており、生花の良い香りが動くごとに甘く漂う。

 お兄様は支度が終わった私の姿を目を奪われ、破顔する。

「我が妹は世界で一番可愛らしいなぁ。愛する妹のエスコートを今宵も担当できる私はこれまた世界で一番幸福な人間に違いない」
「ふふっヴィスお兄様ったら」

 ヴィスお兄様の溺愛っぷりは今でも健在だ。無尽蔵に注がれる愛に溺れてそうになるほど。

「ヴィスお兄様も貴公子ですよ。私もお兄様にエスコートして頂けるのは光栄です」
「レーゼも言うようになったなぁ。お手をどうぞお姫様」

 茶目っ気たっぷりに差し出しされたヴィスお兄様の手を笑顔で取って、馬車が横付けされたエントランスに向かう。

「お母様とお父様は?」

 姿の見えない両親にきょろきょろと辺りを見渡す。どうやら馬車の中にもいないようだ。

「父上と母上は時間がかかるそうだ。先に二人で向かってと言付かっているよ」
「そうなのね」

 私とヴィスお兄様を乗せた馬車は、ガタゴトと時折道に転がる小石を車輪が弾きながら皇宮への道を急ぐ。
 しばらくすると月の光に照らされ、淡く光る大きな宮殿が見えてくる。今宵、数多くの招待客を迎えるために門戸を開かれた皇宮は、通常時と違って光と音に溢れていた。

 馬車から降りた貴族たちは続々と皇宮に吸い込まれていき、管弦楽団が呼ばれているのだろうか。演奏によって奏でられる音色が馬車に乗っている私たちの元にも風に乗って運ばれてくる。

 非日常的な光景に、先程まで憂鬱だった私も気分が上がってくるのを感じた。
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