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第三章 不穏な侍女生活

知らない貴方(3)

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「ここは私以外、例外なく何人たりとも立ち入ることは出来ない」
「それは……このお墓があるからでしょうか」

 私とお父様のお墓。まさかこんなところにあるなんて思ってもいなかった。
 だから、また逆鱗に触れる可能性があるとしても尋ねずにはいられなかった。

「イザベル・ランドールは稀代の悪女だと記憶しておりますが。何故ここに葬られているのでしょう」

 もう二十年も前になる出来事だ。私は皇女殿下を殺害した罪を被り、それに加えてイザークお父様は──きっとこちらもでっち上げなのだろうけれど、皇帝陛下に歯向かった反逆罪として処刑された。

 そうして遠いながら爵位を継げる血縁者がいたものの、お父様と私の犯した罪が重いとして四大公爵家のひとつ、ランドール公爵家は栄光を失い取り潰しとなった。

 牢屋に入っていた間に世間がどう扇動されたのかは、処刑後の詳しいことは、テレーゼとして生まれ落ちてから調べ上げた。
 その中で、私は稀代の悪女として歴史書に載っていた。まあ、因縁の相手でもなく、恨みがある訳でもないのに、自分よりも尊い身分である皇女を惨殺したとなればそのような二つ名も付くだろう。

 今更汚名をどうこうしようなどとは思っていない。過去を変えたところで違う生を生きている今に利点がある訳でもないから。

「世間では、な」

 ユースは墓石の前にしゃがみ、優しい手つきで撫でる。

「本当の彼女は──イザベルは違う」

 はっきりと確信した声なのに震えが混ざっていた。

「と言いますと悪女ではないと?」
「ああ。だがお前は世間と同じように悪女だと思っているのだろう」
「いいえ。稀代の悪女だなんて一体どうしたらそんな名前で呼ばれるのか個人的興味がありまして、以前調べたことがあるのですが」

 私は立ち上がったユースと相対する。

「書物に書かれている皇女殿下を殺害した動機は曖昧なんですよね。そのようなことで今の地位を捨てるのか? と考えてしまうような理由ばかり。まるで後から取ってつけたかのような」

(事実そうだし)

 私は皇女殿下を殺していない。嘘の動機さえも話したことはない。無言を貫き、証言したのはあの一度きりだ。

「…………当たり前だろう。そもそも彼女は皇女を殺してない」

 ユースはぽつりと呟き、透き通るような青い瞳は瞬間的に濁る。

「犯してもいない罪を被っているんだ」
「なるほど。でしたら私が思うに──」

 先程摘んだ一輪をかつての私に捧げる。

「──彼女は陛下の言う通り冤罪だとしても、それでも罪を被ったのは、自分の命と引き換えにしてでも守りたかったものがあったんだと思いますよ」

(だからこんなにもずっとイザベルのことなんて覚えてなくていいの。忘れてほしい)

 もちろん直ぐに忘れ去られるのも悲しいが、イザベルは死者だ。二度と生き返ることはなく、ユースの前には姿を現さない。置いていかれる、過去の一端として膨大な記憶の中に埋もれていかなければならない存在だ。
 彼を長年縛り付け、覚えていてもらうためにあの選択を取ったのではない。

 それに答えは明かされていないが、私のお墓はきっとユースが立ててくれたのだろう。大罪人で悪女と言われている以上、神殿には葬れないし、普通の墓地でも厭われる存在だ。
 だから私もこれまでイザベルの墓を探さなかった。弔いもされず、遺体は市井に晒され、腐敗し、野犬に食われて残っていないと思っていたから。

 なのに、目の前のユースはこんな立派な墓石を立ててくれた。弔ってくれた。それだけでもう十分だ。
 けれどもユースは眉根を寄せ、唇を震わせた。

「──だとしたら私のことは守るものに入っていなかったのか」
「え?」

 やわらかい風に揺られた木の葉の音に彼の声はかき消されてしまった。
 ユースは瞳を閉じて一呼吸置いてから告げる。

「一介の侍女に話しすぎたな。ここで見聞きしたことは」
「誰にも言いません」
「ならさっさと去ね」
「っ! はい!」

 即座に踵を返してその場を後にしたが、ユースはずっとイザベルの墓の前から動く気配はなかった。


 奇しくもその日がイザベルの月命日だったことを、私は後から思い出した。
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