生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里

文字の大きさ
上 下
69 / 125
第三章 不穏な侍女生活

知らない貴方(2)

しおりを挟む
『イザベル・ランドール』

 墓石にはそう彫られていた。その隣にある墓石にもイザーク・ランドールと名前が彫られている。

「私とお父様の……どうして」

 そうっと彫られた文字をなぞろうとしたその瞬間だった。私の耳元を勢いよく何かが掠め、鈍い音と共に大樹に突き刺さったのだ。一瞬にして背筋が凍る。
 思わず後ずさり、突き刺さったそれを見る。

(投げナイフ!! 何でっ!?)

 いきなり命の危険に晒された私は、背後からざくりと土を踏む足音が聞こえてきて心臓の鼓動は最高潮に達する。
 振り向いた──私の背後にいた人物にはっと息が詰まった。

 憎々しげに私のことを見つめる人物は漆黒のつややかな髪を持ち、ゾッとするほど冷たい瞳を向けていた。

(ゆー、す)

 恋焦がれる彼との二度目の対面は言うまでもなく最悪だ。言葉を交えなくても分かる。ユースは私に対してどうやら怒りを抱いているらしい。

 つかつかと近寄ってくる彼は低く、淡々と問う。

「なぜこんなところにいる」
「…………」
「答えろ」

 と言われても、その鬼迫る様子に声を出そうにも躊躇われ、息さえも止まってしまいそうなほど全身が強ばる。
 そんな私の様子に訝しむユースは間合いを詰めてくる。ジリジリと追い詰められ、私の背中が大樹に当たったところで痺れを切らしたユースは鞘に収まっていた剣を引き抜いた。

「答えろと私は言っているんだ」

 威嚇のためかそのまま剣を勢いよく大樹に突き刺し、私を睨めつける。ひんやりとした剣の感触が首元に伝わってきて、彼が本気で脅してきているのだと身をもって知る。

(怖い)

 至近距離で対面するユースは過去の面影など何一つ残っていない。弁明をしなければいけないのに恐怖から唇は動きそうにもなかった。

「ここは立ち入り禁止区域だ。どうしてこの区画にいる?」
「…………」

 未だ口を閉ざす私に美しい相貌が静かに歪む。

「──貴様、死にたいのか?」
「まさか! し、死にたくありませんっ!」

 突拍子もない発言にようやく声が出た。
 こんなところで死ぬなんて勘弁だ。前世よりも早いではないか。せめて同じ年まで最低でも生きさせて欲しい。
 しかも好きな人に誤解されて殺されるのだけは絶対に嫌だ。

「わっわたし」

(どうして……まったくわけがわからない)

 何がこれほど彼の逆鱗に触れてしまったのか。立ち入り禁止区域に入ったことに対して怒るのは理解できるが、それでも敵意をむき出しにするほどの激情は持たないはずだ。
 でも悩んで何も言わずに無言を貫いていたら、これ以上機嫌を損ねれば、イザベル時代のユースを知っていても、この人は本当に殺すかもしれないと思ってしまう。

「知らなかったんです! ここが立ち入り禁止なのを。あの、私まだ働き始めたばかりで」

 まだほつれのないお仕着せの裾を持ってひらひらと動かす。

「この道の始まりにバケツが置いてありませんでした? 私、この近くにある井戸で新しく水を汲もうとここを通りがかった際に、この小道を見つけまして…………どこにつながっているのかと不思議に思い、足を踏み入れてしまいました。大変申し訳ありませんっ!」

 とにかく事情の説明と謝罪をしなければと早口に捲し立てる。

「それと、失礼ながら貴方様は皇帝陛下でお間違えないでしょうか」
「…………」
「間違えていますか? 三ヶ月ほど前に私がご挨拶させていただいた陛下だと思ったのですけれど」

 おそるおそる尋ねると、青い瞳を支配していた激情が鳴りを静める。

「…………そうだ」

 ユースは剣を鞘に収めた。同時に発されていた威圧も雲散する。
 私はひとまず危機を脱出したことに安堵した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

花冠の聖女は王子に愛を歌う

星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』 国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。 しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。 期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。 選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。 「それは王家の宝石よ!!」 …え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど? ※他サイトにも投稿しています。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

処理中です...