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第三章 不穏な侍女生活
知らない貴方(1)
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皇宮の侍女となって早三ヶ月。私は新米侍女としてせっせと日々邁進し、仕事場である皇宮に馴染み始めていた。
「ああちょうど良かった! テレーゼさん、そこが終わったらこちらも手伝ってくれる? 人手が足りなくて」
「はい任せてください!」
先輩のお願いに元気よく返事をして承諾する。
「ありがとう。助かるわ~~テレーゼさんは何でもきちんとこなしてくれるからありがたいわ」
また後でと場を後にした先輩にぺこりと頭を下げ、水に浸した雑巾をぎゅっと絞った。
アレクは如何に新米侍女だとしても伯爵家の娘に雑用は任せないだろうと言っていたが、実情はぜんっぜん違くて、掃除担当は万年人手不足である。
理由は簡単。貴族の家から出仕している令嬢達は水の入った重いバケツを運び、汚れた窓や廊下を拭いたり、掃き掃除をすることを厭うのだ。かと言って貴族家出身ではない侍女は少なく、結果、就職して早々掃除担当の押し付けあいが始まった。
そんな新人たちに困り果てている先輩方にアピールするためにも私が雑用を一手に引き受けているのだ。きっと同僚たちからは使い勝手の良い人だとか思われているだろうけれど、もちろん私だって全部が全部無尽蔵に請け負っている訳では無い。
これからの出世のために恩を売っているのである。
(侍女になってようやくスタートラインに立った。ここから頑張らないといけないのに、無駄なことはしていられないもの)
私の最終目標は皇帝陛下付きの侍女となって、どうしてユースが冷徹皇帝と呼ばれるくらい変わってしまった理由を突き止めることだ。あわよくば自分がイザベルであると明かさずに、お傍に仕えてお支え出来れば文句無しに幸せだなと考えている。
(それとフローラとの婚約破棄に関しても探らないといけないし)
両思いだったはずなのにどうして破棄してしまったのだろうか。
(…………もし、私が処刑されたことで狂ってしまったのなら、どうにかして二人をまたくっつけなければ)
自分の死はその後の二人の関係に何も影響を与えないと思っていたけれど、もしその考えが間違っていて、影響を与えてしまったのならその責任を取らなければならない。
「ま、今の私はユースの視界にも入れないんですけどね…………」
俯きながら自嘲する。
最初の日以来、一切皇帝陛下──ユースの姿を見かけない。
皇宮内の掃除をするついでにちょーっと足を伸ばして謁見の間や執務部屋の前を通るのだが、扉は固く閉ざされていて部外者を一切排除するような冷気を部屋の外からでも感じた。
入室する文官や一部の騎士達も顔が強ばっていて、退出した途端表情を弛めているところを見ると、ユースは相当厳しい態度を取っているのではないだろうか。
そうして前皇帝であるリヒャルトよりかは人前に姿を現すものの、全体的に見るとやはり必要最低限を除いて人前に出ない皇帝のようだった。
「…………近づかないと何もこれ以上分からないのに。そこまでの壁が! 高い!」
彼は少人数の者しか周りに置かないらしく、侍女長のチェルシーさんを筆頭に数人の侍女が世話役を担っているらしい。そんな少数精鋭グループ(?)に加入するために何年頑張ればいいのか分からないが、やるしかない。
というわけで侍女としての地位をあげ、ユースの視界に入るためにも地道にコツコツと周りの信頼を積み重ね、先輩方に名前と顔を覚えていただくのが目下の目標である。
「ごちゃごちゃ考えてないで仕事しよう」
パシンと軽く両頬を叩いて気合いを入れ直す。長い廊下の窓を手早く丁寧に拭き終えた後は、廊下の端から一気に床を雑巾がけしていく。
じわりと滲む汗を手の甲で拭い、何往復かするとようやく担当箇所の掃除が終わった。
(よし、先輩のお手伝いに向かう前にお水を替えよう)
バケツの中の水は澱んで汚くなっていた。水を替えても雑巾を洗えばまた汚くなるのは分かっていたが、心持ちとして新しい水に替えたい。
私は一旦中身を捨てて、空になったバケツを持ちながらつい最近発見した穴場の井戸に向かう。
そこは皇宮の裏手にあり、行く道が少し複雑だからか使っている人を見たことがなかった。
運がいいなと思って、近くで掃除する時はここの井戸を使うことに決めたのだ。
ふと、井戸まで後少しのところで脇道があることに気づく。その先に目を遣ると、白い──墓石のようなものがあった。
(こんなところにお墓なんてあったっけ?)
イザベルの頃の記憶を辿り寄せる。皇族が葬られているのは大神殿の地下だ。だから皇族がここに墓を立てるはずがない。かと言って、貴族が皇宮の敷地内に墓を持つことはありえないし、許されるはずがない。
真っ白な墓石は最近建てられたようには見えないが、定期的に掃除されているのか綺麗な状態を保っているように遠くからは見えた。
(あんな立派なお墓、誰のだろう)
見るからに高級そうな素材を使用している。なのに、こんな誰も寄り付かない森の近くにひっそりと建てられているちぐはぐさ。
興味が湧き、バケツをその場において近づいていく。
後ろには大樹が生えていて、そこから生えるみずみずしい葉が墓石を太陽の強い光から守っているように思えた。
加えて誰かが植えて作ったのだろう。墓石の周りにだけ美しい花々が咲き誇り、花畑となっている。
(周りに咲いているお花、全部春の植物だ。しかも────)
咲き誇る花々の中から一輪手折る。
「春の祭祀に使う花ばかり」
そうして視線を上げた私は、墓石に彫られている名前に大きく目を見開いた。
「…………私の、お墓?」
***
3章もどうぞ引き続きよろしくお願い致します……!
「ああちょうど良かった! テレーゼさん、そこが終わったらこちらも手伝ってくれる? 人手が足りなくて」
「はい任せてください!」
先輩のお願いに元気よく返事をして承諾する。
「ありがとう。助かるわ~~テレーゼさんは何でもきちんとこなしてくれるからありがたいわ」
また後でと場を後にした先輩にぺこりと頭を下げ、水に浸した雑巾をぎゅっと絞った。
アレクは如何に新米侍女だとしても伯爵家の娘に雑用は任せないだろうと言っていたが、実情はぜんっぜん違くて、掃除担当は万年人手不足である。
理由は簡単。貴族の家から出仕している令嬢達は水の入った重いバケツを運び、汚れた窓や廊下を拭いたり、掃き掃除をすることを厭うのだ。かと言って貴族家出身ではない侍女は少なく、結果、就職して早々掃除担当の押し付けあいが始まった。
そんな新人たちに困り果てている先輩方にアピールするためにも私が雑用を一手に引き受けているのだ。きっと同僚たちからは使い勝手の良い人だとか思われているだろうけれど、もちろん私だって全部が全部無尽蔵に請け負っている訳では無い。
これからの出世のために恩を売っているのである。
(侍女になってようやくスタートラインに立った。ここから頑張らないといけないのに、無駄なことはしていられないもの)
私の最終目標は皇帝陛下付きの侍女となって、どうしてユースが冷徹皇帝と呼ばれるくらい変わってしまった理由を突き止めることだ。あわよくば自分がイザベルであると明かさずに、お傍に仕えてお支え出来れば文句無しに幸せだなと考えている。
(それとフローラとの婚約破棄に関しても探らないといけないし)
両思いだったはずなのにどうして破棄してしまったのだろうか。
(…………もし、私が処刑されたことで狂ってしまったのなら、どうにかして二人をまたくっつけなければ)
自分の死はその後の二人の関係に何も影響を与えないと思っていたけれど、もしその考えが間違っていて、影響を与えてしまったのならその責任を取らなければならない。
「ま、今の私はユースの視界にも入れないんですけどね…………」
俯きながら自嘲する。
最初の日以来、一切皇帝陛下──ユースの姿を見かけない。
皇宮内の掃除をするついでにちょーっと足を伸ばして謁見の間や執務部屋の前を通るのだが、扉は固く閉ざされていて部外者を一切排除するような冷気を部屋の外からでも感じた。
入室する文官や一部の騎士達も顔が強ばっていて、退出した途端表情を弛めているところを見ると、ユースは相当厳しい態度を取っているのではないだろうか。
そうして前皇帝であるリヒャルトよりかは人前に姿を現すものの、全体的に見るとやはり必要最低限を除いて人前に出ない皇帝のようだった。
「…………近づかないと何もこれ以上分からないのに。そこまでの壁が! 高い!」
彼は少人数の者しか周りに置かないらしく、侍女長のチェルシーさんを筆頭に数人の侍女が世話役を担っているらしい。そんな少数精鋭グループ(?)に加入するために何年頑張ればいいのか分からないが、やるしかない。
というわけで侍女としての地位をあげ、ユースの視界に入るためにも地道にコツコツと周りの信頼を積み重ね、先輩方に名前と顔を覚えていただくのが目下の目標である。
「ごちゃごちゃ考えてないで仕事しよう」
パシンと軽く両頬を叩いて気合いを入れ直す。長い廊下の窓を手早く丁寧に拭き終えた後は、廊下の端から一気に床を雑巾がけしていく。
じわりと滲む汗を手の甲で拭い、何往復かするとようやく担当箇所の掃除が終わった。
(よし、先輩のお手伝いに向かう前にお水を替えよう)
バケツの中の水は澱んで汚くなっていた。水を替えても雑巾を洗えばまた汚くなるのは分かっていたが、心持ちとして新しい水に替えたい。
私は一旦中身を捨てて、空になったバケツを持ちながらつい最近発見した穴場の井戸に向かう。
そこは皇宮の裏手にあり、行く道が少し複雑だからか使っている人を見たことがなかった。
運がいいなと思って、近くで掃除する時はここの井戸を使うことに決めたのだ。
ふと、井戸まで後少しのところで脇道があることに気づく。その先に目を遣ると、白い──墓石のようなものがあった。
(こんなところにお墓なんてあったっけ?)
イザベルの頃の記憶を辿り寄せる。皇族が葬られているのは大神殿の地下だ。だから皇族がここに墓を立てるはずがない。かと言って、貴族が皇宮の敷地内に墓を持つことはありえないし、許されるはずがない。
真っ白な墓石は最近建てられたようには見えないが、定期的に掃除されているのか綺麗な状態を保っているように遠くからは見えた。
(あんな立派なお墓、誰のだろう)
見るからに高級そうな素材を使用している。なのに、こんな誰も寄り付かない森の近くにひっそりと建てられているちぐはぐさ。
興味が湧き、バケツをその場において近づいていく。
後ろには大樹が生えていて、そこから生えるみずみずしい葉が墓石を太陽の強い光から守っているように思えた。
加えて誰かが植えて作ったのだろう。墓石の周りにだけ美しい花々が咲き誇り、花畑となっている。
(周りに咲いているお花、全部春の植物だ。しかも────)
咲き誇る花々の中から一輪手折る。
「春の祭祀に使う花ばかり」
そうして視線を上げた私は、墓石に彫られている名前に大きく目を見開いた。
「…………私の、お墓?」
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3章もどうぞ引き続きよろしくお願い致します……!
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