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第二章 【過去編】イザベル・ランドール

そうして悲劇が起こる(2)

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「イザベル・ランドール! 貴殿は尊きヘストリアの姫であられるジュリアナ皇女を惨殺した容疑にかけられている。異論は無いか」

 高らかと罪状を告げる宰相。
 その後ろ、数段上った上に置かれた椅子には憎々しげに睨みつける皇后を筆頭とした皇族三人と、わずかに口元を弛め、ただひたすらこちらを見つめる皇帝がいて。

 他にも文官達など居合わせる全員から非難の目を向けられ、孤立したイザベルは覚悟を決めて口を開いた。

「わたしが……」

 ──好きで好きで愛してる。だから。

「私が皇女様を」

 ──罠だと分かっていても。こんなちっぽけな自分が命を捧げるだけで彼が助かるなら喜んで差し出そう。

(だってユースにはフローラがいるから)

 そばにいると約束したけれど、今後彼の隣にいるのはフローラで、家族として生きていくのも彼女で。

 イザベルは良くも悪くも家族兼仲の良い友人枠にしかならない。

 才能が秀でている彼はこれからどんどん功績を上げて、イザベルとの距離はあっという間に離れていくだろう。手を伸ばしてももう、届かないほどに。

(私はもう必要ないもの)

 ずきりと心臓が痛む。皇子殿下と片や一介の公爵令嬢。呪いを解こうと解呪方法を探っていたが、それもフローラによってあっさり解かれてしまった。

(牢屋の中で噂話を聞いた。ユースが戦果をあげていると。戦況もヘストリアが有利だと)

 事実であれば、このまま勝利とともに凱旋パレードが行われ──彼の名声はうなぎ上りだ。名声が上がれば死を恐れて戦場に出ていない第一、第二皇子よりも民の支持を受けるだろうし、有用な駒になるので皇帝も簡単に殺しはしない。

 だから取るべき選択肢は一つだけなのだ。

 ようやく掴んだ幸せを手放して欲しくない。
 今後の彼の足枷になると少しでも皇帝が脅してくるのなら、その憂いを取り払おう。

『──認めれば、連座制であいつにも罪がかかる所を防いでやろう。お前は報われないのに健気な事だ』なんて、イザベルが拒否できないことを知っている皇帝の思惑通りになるのは癪だし、人によっては他人のために命を擲つなんて馬鹿がすることだと言うかもしれないけれど。

(私は自分の身や約束よりも、貴方の幸せを取りたいと思ってしまったから)

 ──好きで好きで大好きで。幸せになって欲しいのだから。

 堂々とはっきり口にする。

「私が自分で計画し、皇女様を殺害しました」

 最愛の人にこれ以上の悪夢が降りかからぬよう、イザベルは自分の身を差し出した。


 ──それが一番最悪な選択肢だと一欠片も思わずに。



 ◆◆◆



 土が血で染まり、血なまぐさい匂いが辺りを包む。
 快晴だった天気は一変し、激しい雨が地面を打ち付けていた。

 刑の執行を終えた断頭台は冷然と佇み、辺りにいた立会人達は既に室内に戻っていた。けれども、処刑台の上にたった一人だけ残っている青年がいる。

 彼は骸となった娘の身体を抱きしめながら座り込んでいた。憎悪に凝った瞳は冷えきっていて。切った唇からは未だに血が溢れている。

 ぽたぽたと頬を流れる液体は雨なのかそれとも────

「ずっとそばに居るって」

 ──優しくて大好きなあの柔らかい声をもう二度と聞けない。

「……言ったじゃないか」

 ──大輪の花が咲くような満面の笑みを見ることも叶わない。

「僕が愛しているのはベルだけなのに」

 ──何故、周りは聖女を愛していると勝手に勘違いし、訂正しても信じないのだろう。

 それに幾重に伝えても、彼女は彼女で話半分に受け流してしまう。確かに婚約者がいる身のユリウスが伝える「好き」はそのような「好き」なのだと思えないのは理解できるが。それでも。

「僕はベルしかいらないのに」

 イザベル以外の異性、いや、同性も含めて心底どうでもいい。ただ、彼女が皆と仲良くして欲しそうだったから愛想良く振舞っていただけで、基本的にユリウスにとってイザベルと恩人であるイザークの二人以外の人間はどうも思わない。

 婚約も、戦果をあげて帰国した暁には解消する手筈だった。聖女にも伝え、皇帝からも了承を得ていた。
 そうして皇帝によって強制的に結ばれた婚約をきちんと清算した後、もう一度しっかり想いを伝えるつもりだったのに。

 なのに、なのに。

(どうして君が逝ってしまうんだ)

 ユリウスの激情に呼応してか大きな雷鳴が轟く。

「呪いを解いたのだってベル、君だろう?」

 何度も、何度も進言した。聖女ではない、彼女こそが自分の呪いを解いたのだと。けれども誰も聞く耳を持ってくれない。聖女でも何でもないしがない令嬢が、強力な呪いなど解けるはずもないと鼻で笑って。

 聖女も聖女で分かっているはずなのに解いたのは自分だと嘘をつく。

「皆が僕の邪魔をする」

 この世の全てを呪うように天を睨む。

「このハンカチだってこんな形で受け取るつもりではなかった」

 握りしめるのはあの日、イザベルに託したハンカチだ。処刑を担当した執行官からユリウスへと手渡されたそれは、亡骸を抱きしめながら受け取ったので彼女の血で赤く染まっている。

 ユリウスは奥歯を噛み、シャツの上から胸を押えた。血反吐を吐くように懺悔する。

「僕のせいであいつの関心がベルに向かってしまった。僕のせいでっ」

 皇帝だけは気づいていた。ユリウスのいちばん大切なものを、解いた本当の相手を。

(知っていてベルに罪を被せたに決まっている。だからっ)

「罪を被ってまで死ぬ必要なんて絶対になかった!」

 ユリウスはきつく骸を抱きしめ、嗚咽を堪えながら顔を埋める。

(何も守れなかった。大切な人を)

 雨に打たれながら震える唇を動かし、言葉を紡ぐ。
 

「最後の一言が幸せになってだなんて。不可能に決まっているだろう? 君のいない世界なんて死んだ方がマシな世界なのに」



***

 いつもお読み下さりありがとうございます。
 長くなってしまいましたがこれにて2章完結です。
 次の章からはまたテレーゼ視点となりますが、1週間ほど更新をお休みした後、毎日更新で駆け抜けたいと思っております。
 3章もどうぞよろしくお願い致します!
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