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第二章 【過去編】イザベル・ランドール

そうして悲劇が起こる(1)

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 それからは異常なほど早いスピードで何から何まで決まって行った。

 弁明する時間も与えてはくれず、ただただ薄汚い独房に入れられ一日、一日が過ぎ去った。
 そうしてイザベルが次に牢屋から出た時には全てが決まった後だった。

 足と手に重い枷を付けられ、少しでも変な動作をしたらすぐさま首を刎ねると言わんばかりに、左右には腰に差した鞘に入った剣に手をかけた騎士がいる。そんな中、イザベルは皇帝リヒャルトにお目にかかった。

「お前らは下がれ」
「ですがっ大罪人と二人にするには御身に危険が」
「下がれと言っている。よもや、我の機嫌を損ねて死にたいのか? ならば殺してやるが」
「しっ失礼致しました」

 そそくさと騎士は退散し、広い謁見の間にはイザベルとリヒャルトの二人だけだ。

「罪人にどのようなご要件で」 

 冷ややかな声になってしまうのは許して欲しい。

「お前の弁明でも聞いておこうとな。まあ、今更弁明したところで何も変わらんが」

 はっと笑う皇帝は玉座から下り、靴音を立てながら近づいてくる。

「そなたは皇族への殺人の罪で処刑となるだろう」
「そうですか」

 そんなこと牢屋の中で覚悟していた。あの光景からイザベルが犯人ではないという証拠が出てこない限り、ほぼほぼ自分が濡れ衣で犯人になるだろうと。
 そして真犯人に繋がる証拠は絶対に出てこないと確信していた。

「もっと威勢のいい反論が聞けると思ったんだがな。期待しすぎたか」
「陛下がそれを仰るのですか」

 睨みつければからからと笑う。

「ははっ何故だ? 普通ならここでそなたは懇願する状況だろうに。どうか、処刑だけはおやめ下さいと我に泣きつく場だ」
「そんな情けないことは致しません。だって真犯人は、皇女殿下を殺害した人物は──陛下ですよね」

 一寸の狂いもなく正確に心臓を貫いていた大剣。柄のとこに彫られた稀有な細工と紋章は玉璽の絵柄と似ていて、埋められた宝石は禍々しいルビー。
 イザベルが取り押さえられる騒動に乗じて剣はすり替えられ、証拠品として押収されたものは別の剣であることは牢の番人の話で気がついた。

(皇女殿下の胸に突き刺さっていたあれは──皇帝陛下の大剣だった)

 だから手が止まったのだ。親が子を殺すなどという奇行に走るのかと。

「そうだが?」

 リヒャルトはあっさりと肯定する。笑いながらイザベルの周りをぐるりと回る。

「大きく目を見開いて声も出せずに絶命したのは愉快だったな。悲鳴くらい出せば誰か助けてくれたかもしれぬのに」

 言いながら鞘に収まった大剣を抜剣した。シャンデリアに照らされる大剣は、至る所が錆び付いていて刃の部分が茶色く変色していた。

 その原因は突き刺した後、綺麗に血を拭わなかったからだろう。

「…………どうしてここまで惨たらしいことをするのですか。自身の娘を殺めるなどとっ」
「──娘など退屈をしのぐ駒でしかない。駒は駒だ。生かすも殺すも我の自由」

 淡々とリヒャルトは答える。
 常軌を逸した思考に理解が追いつかない。

「手の中にあるものは全てそうだ。我の物なのだからなにゆえ赤の他人に非難されなければならない?」
「ではユリウス殿下は……」

 呪いが解けなかったら、父がユリウスを連れてこなかったら、無価値で駒にもならないと一生放置し、皇后からの虐げがあの廃墟と化した離宮で続いていたというのか。

「殺す価値もないと思っていたが、面白くなってきたから生かすことにした。おかけで最近は程々に退屈をしのげている。憎々しげに我のことを見てくる割には、行動に移さないのはつまらないが」

(…………理解し難い)

 リヒャルトはそこで止まらない。くつくつと笑い、追い打ちをかける。

「我は慈悲深いから教えてやろう。これからこの場にそなたの罪状を告げるため、執行官や我の側近がやってくる。彼らはうら若い令嬢が大剣で皇女を殺害するなど一人で計画するにはあまりに無謀で、誰かが手引きしたか、真犯人がいるのではないかと考えているらしいぞ」

 耳元で囁くリヒャルトの声はイザベルを追い詰めていく。

「捕縛された際、携帯していたハンカチは誰のものだったかよくよく考えて発言すると良い。証拠は我の手元にある。これを彼らに渡したらそなたが守りたい人間はどうなるか──見ものだな」

(……最っ低なお方)

 明白な脅迫にイザベルは唇を強く噛んだ。
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