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第二章 【過去編】イザベル・ランドール

花開く恋慕(1)

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 昼間に外でお茶を嗜むにはちょうど良い、イザベルが運んだ春が栄華を誇る時期。一週間後に控える舞踏会に着ていくドレスの最終調整をしながらのんびりと過ごしていたところ、フローラから「相談事があるから会いたい」と手紙を貰い、一体何の悩みかしらと不思議に思いつつ神殿を訪れたのだが。

 ひどく緊張した様子のフローラは、かちんこちんになっていて目がきょろきょろと左右に動く。心做しか彼女付きの世話役も浮き足立っているように見て取れた。

「フローラ、早く話してちょうだい。貴女、この後も予定が詰まっているはずでしょう?」

 一向に口を開こうとしないので催促すると彼女はイザベルの手を取ってくる。その勢いに思わず背を仰け反らした。

「あのっあのね。私ね」

 まるで懺悔するようにぎゅっと一度握る力を強め、乞うように告げる。

「まず最初に謝っておくね。こんな邪な気持ちを抱いてしまったことを」

(邪……?)

 一体何を告げようとしているのだろうか。妙な胸騒ぎがする。

「私、ユリウスさんのことが結構前から好きなの。だから、その、ベルも応援してくれる?」

 そう、イザベルに対して放たれた言葉は、何故か鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を与えてきた。
 動揺する自分にひどく驚く。

「……わたし」

 何かを言う前にフローラは矢継ぎ早に言葉を重ねてくる。

「ほら、二人はとっても仲が良かったから私はおじゃま虫かなって。ずっと諦めようと思ってたんだけど、たまにお話をしたり、ユリウスさんが笑った顔を見たりすると、ああ好きだなぁって想いがどうしても溢れてきて」

(…………知らなかった)

 胸に手を当て、頬を赤らめるフローラは恋する乙女だ。こんな友人を見たことはなかった。

「私、すっごくユリウスさんのことが好きなの。だから大好きなベルが応援してくれたらとっても嬉しい」

 ごくんと唾を飲み込む。

「だから明かすことにしたの。これからもベルとユリウスさんの三人で仲良くしたいしね。二人とも大切な人には変わりないから」

 屈託ない笑顔はイザベルへの信頼で。

(応援、しなきゃ。二人が結ばれるのは対外的にも良いことで、むしろ仲介役を買って出る場面なのに)

 嫌だと叫びたくなってしまうのは何故なのか。応援したくないと暗雲たる気持ちを抱いてしまったのはどうしてだろうか。
 フローラのことは嫌いではない。むしろ大切な友人だ。

(…………もし二人が結ばれたら──お似合いだわ。呪いを解いた聖女様と克服した皇子なのよ。市井からも祝福の嵐だわ)

 ずっとずっと何年も呪いの解呪方法を探して突き止めたのはイザベルだが、ユリウスの呪いを解いたのはフローラだ。フローラがいなかったら彼は健康体を取り戻せてない。
 そんな御伽噺のような出来事なのだ。夢見がちな年頃の娘たちにはぴったりな恋愛話として語られるだろう。

 どこからどう見ても祝福一択の告白なのにモヤモヤとしている。抱いた感情を上手く処理しきれない。

(私、何だか変。こんな最低な人間だなんて知らなかった。ど、ど、どうしよう。とりあえず何か言わなきゃ!)

 焦るイザベルにフローラは尋ねる。

「──もしかしてベルもユリウスさんのことが好き?」

 揺れる瞳は不安を如実に現していて、イザベルはきょとんと首を傾げた。

「家族だもの大好きよ」

 いつも通り答えたのだが、チクリと僅かに心が痛む。

「そう……そっか。だよね。なら応援してくれる?」

 ──もちろん! と答えようとした途端、声が出なくなった。胸の奥がもやもやしてしまう。

(私、何に対してこんなにモヤついているの?)

 言葉に詰まったことで不審に思われたら大変だと、ぱっと表情を切りかえて溌剌とした声を無理やり出した。

「当たり前よ! ……応援するわ!」

 矛盾した心でイザベルは本音を隠し通した。

「もう少し早く教えてくれてもよかったのに! そうしたら私がもっと二人でいられる時間を作ったのに~~」

 無理やり笑う。

(──嘘だ。そんなの嫌だって思ってる)

 誤魔化せないほどの痛みは、イザベルがフローラの言葉を肯定すればするほど強くなって。
 結局、別れを告げるまで治まることは無かった。
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