58 / 125
第二章 【過去編】イザベル・ランドール
突然の訪問客
しおりを挟む
「どうして貴方がここにいるわけ?」
そんな言葉をイザベルが発した理由を知るには、数分前に遡らなければならない。
朝食を終え、侍女であるララと共に朝の庭園を満喫したイザベルが屋敷内に戻ろうとしたところ、エントランスのポーチに一台の馬車が止まっていた。
(まーた予定外のお客様かしら)
執事から何も聞いていない。
(馬車に家紋も印字されてないし怪しいわ)
イザベルは訝しみながら中へ戻った。けれどもエントランスホール内には招かれざる客はおらず、すれ違う使用人達もそれほどざわめいていない。
「ララ」
「はい、お嬢様」
「この扉の先にいるのは誰だと思う?」
応接室のドアノブに手をかけながら尋ねると、ララは苦笑する。
「私に尋ねるまでもなく、お嬢様は薄々勘づいているのではないですか」
「…………たぶん、ね」
わざわざ家紋の付いてない馬車、使用人たちがそれほど驚かず、すんなりと通されている。それでいてこの家と関わりのある人となれば自ずと絞られる。
(──私の予想が正しければ)
ガチャリと扉を開けると正面のソファに座っていた黒髪の青年が顔を上げる。イザベルはちょっと顔を険しくし、腕を組んでから声をかけた。
「どうして貴方がここにいるわけ? ──ユース」
彼はソファから腰をあげようとしたので、それを制する。
イザベルはユリウスの正面に腰を下ろした。
「お父様は今日は皇宮よ。邸にはいらっしゃらないわ」
「イザーク様に用事があって来た訳じゃない。ベルに会いたかったから来たんだ」
「そんな理由で? 忙しいでしょうに」
するとユリウスは笑って首を横に振った。
「死んだと思われていた第三皇子が出戻ったところで忙しくなるはずがないだろう? 仮に忙しくともベルに会うことの方が僕にとって重要なんだ。だってもう一週間も会ってない」
そんな返答にイザベルはぱちぱちと瞬かせる。
「たかが一週間じゃない」
ユリウスは少し唇をとがらせ腰を上げる。まるで自分の居場所はそこであるかのように、ユリウスはイザベルの隣に座り直す。少し傾くソファに、自然とイザベルがユリウスの方に身体を預ける形になった。
「ベルは寂しくないの」
「まさか! 寂しいに決まっているわ。だって何年私がユースにべったりくっ付いていたと思う? 十年はくだらないわ」
行動で示すためイザベルはぎゅっとユリウスに抱きついた。その際、彼からほのかに香る柑橘系の匂いはランドール邸で暮らしていた時よりも抑えられ、新たに森林を思い起こすシダーウッドの匂いが混ざっていることに気づく。
その事に寂寥感が襲ってきそうになり、振り払った。
ユリウスもイザベルの背中に腕を回す。
「その後、調子はどうかな」
「元気いっぱいよ」
「そっか。それならいいんだ」
抱擁を終え、ユリウスを見上げる。
「で、本当の目的は何かしら」
「やっぱりベルには敵わないね」
すっと目を眇められ、纏う雰囲気がガラリと変わる。
あまり謁見を好まない皇帝が小娘と対話したのだ。噂が立ち、ユリウスの耳に入るのも時間の問題。
「皇帝に何をされた?」
「何も無いわ」
にっこりと笑う。
(あれは絶対に一言も漏らしてはいけない。知ったが最後、ユースのことだから首を突っ込んでくるに決まっている)
実際のところ何かをされた訳では無いのだ。イザベルが勝手に恐怖を覚えただけで。
「シラを切るなら聞き方を変えようかな。何を話したか教えてくれる?」
「ユースが心配するようなものは何も。ただの世間話よ」
一歩も譲らないイザベルは、ララが淹れた紅茶に口をつける。
「本当に心配しないで」
「心配……そんなちっぽけな物じゃないんだ」
「ん?」
「僕のせいでベルは」
くしゃりと顔を歪めたユリウスは言葉を紡ごうとして唇を震わすに留める。そうして表情を取り繕うのだ。
「どうしてもと言うなら、これ以上は無理に聞かない。代わりに再来週、皇宮で開かれる舞踏会に参加しないでほしい」
「嫌よ。貴方のお披露目だと皆が噂している舞踏会よ? 参加するに決まっているわ」
事前に皇帝が珍しく参加するという話が出回っているのだ。勘の悪い人間でも何かがあると察知するだろうに。
(否定しないってことはやっぱりお披露目を兼ねているのね)
こくりともう一口、紅茶を飲む。
(そもそも私は呪いが解けて美青年に成長したユリウスを見た他の令嬢たちの様子を、観察することをずっと待ち望んでいたのだから!)
みすみすと絶好の機会を逃すつもりは無い。
もうウキウキで新しいドレスだって注文した。なのに、参加するなだなんて納得しがたい。
「…………説得は難しいだろうなとは来る前から思っていたよ」
「ならさっさと諦めてくださいな。私、意地でも参加するから」
「わかった。全部諦めるからせめて、せめてだよ? 舞踏会中、イザーク様から離れないで」
ユリウスは念押しする。
「お願いだから」
「う、うん」
妙な気迫に圧倒され、こくこく頷いた。
そんな言葉をイザベルが発した理由を知るには、数分前に遡らなければならない。
朝食を終え、侍女であるララと共に朝の庭園を満喫したイザベルが屋敷内に戻ろうとしたところ、エントランスのポーチに一台の馬車が止まっていた。
(まーた予定外のお客様かしら)
執事から何も聞いていない。
(馬車に家紋も印字されてないし怪しいわ)
イザベルは訝しみながら中へ戻った。けれどもエントランスホール内には招かれざる客はおらず、すれ違う使用人達もそれほどざわめいていない。
「ララ」
「はい、お嬢様」
「この扉の先にいるのは誰だと思う?」
応接室のドアノブに手をかけながら尋ねると、ララは苦笑する。
「私に尋ねるまでもなく、お嬢様は薄々勘づいているのではないですか」
「…………たぶん、ね」
わざわざ家紋の付いてない馬車、使用人たちがそれほど驚かず、すんなりと通されている。それでいてこの家と関わりのある人となれば自ずと絞られる。
(──私の予想が正しければ)
ガチャリと扉を開けると正面のソファに座っていた黒髪の青年が顔を上げる。イザベルはちょっと顔を険しくし、腕を組んでから声をかけた。
「どうして貴方がここにいるわけ? ──ユース」
彼はソファから腰をあげようとしたので、それを制する。
イザベルはユリウスの正面に腰を下ろした。
「お父様は今日は皇宮よ。邸にはいらっしゃらないわ」
「イザーク様に用事があって来た訳じゃない。ベルに会いたかったから来たんだ」
「そんな理由で? 忙しいでしょうに」
するとユリウスは笑って首を横に振った。
「死んだと思われていた第三皇子が出戻ったところで忙しくなるはずがないだろう? 仮に忙しくともベルに会うことの方が僕にとって重要なんだ。だってもう一週間も会ってない」
そんな返答にイザベルはぱちぱちと瞬かせる。
「たかが一週間じゃない」
ユリウスは少し唇をとがらせ腰を上げる。まるで自分の居場所はそこであるかのように、ユリウスはイザベルの隣に座り直す。少し傾くソファに、自然とイザベルがユリウスの方に身体を預ける形になった。
「ベルは寂しくないの」
「まさか! 寂しいに決まっているわ。だって何年私がユースにべったりくっ付いていたと思う? 十年はくだらないわ」
行動で示すためイザベルはぎゅっとユリウスに抱きついた。その際、彼からほのかに香る柑橘系の匂いはランドール邸で暮らしていた時よりも抑えられ、新たに森林を思い起こすシダーウッドの匂いが混ざっていることに気づく。
その事に寂寥感が襲ってきそうになり、振り払った。
ユリウスもイザベルの背中に腕を回す。
「その後、調子はどうかな」
「元気いっぱいよ」
「そっか。それならいいんだ」
抱擁を終え、ユリウスを見上げる。
「で、本当の目的は何かしら」
「やっぱりベルには敵わないね」
すっと目を眇められ、纏う雰囲気がガラリと変わる。
あまり謁見を好まない皇帝が小娘と対話したのだ。噂が立ち、ユリウスの耳に入るのも時間の問題。
「皇帝に何をされた?」
「何も無いわ」
にっこりと笑う。
(あれは絶対に一言も漏らしてはいけない。知ったが最後、ユースのことだから首を突っ込んでくるに決まっている)
実際のところ何かをされた訳では無いのだ。イザベルが勝手に恐怖を覚えただけで。
「シラを切るなら聞き方を変えようかな。何を話したか教えてくれる?」
「ユースが心配するようなものは何も。ただの世間話よ」
一歩も譲らないイザベルは、ララが淹れた紅茶に口をつける。
「本当に心配しないで」
「心配……そんなちっぽけな物じゃないんだ」
「ん?」
「僕のせいでベルは」
くしゃりと顔を歪めたユリウスは言葉を紡ごうとして唇を震わすに留める。そうして表情を取り繕うのだ。
「どうしてもと言うなら、これ以上は無理に聞かない。代わりに再来週、皇宮で開かれる舞踏会に参加しないでほしい」
「嫌よ。貴方のお披露目だと皆が噂している舞踏会よ? 参加するに決まっているわ」
事前に皇帝が珍しく参加するという話が出回っているのだ。勘の悪い人間でも何かがあると察知するだろうに。
(否定しないってことはやっぱりお披露目を兼ねているのね)
こくりともう一口、紅茶を飲む。
(そもそも私は呪いが解けて美青年に成長したユリウスを見た他の令嬢たちの様子を、観察することをずっと待ち望んでいたのだから!)
みすみすと絶好の機会を逃すつもりは無い。
もうウキウキで新しいドレスだって注文した。なのに、参加するなだなんて納得しがたい。
「…………説得は難しいだろうなとは来る前から思っていたよ」
「ならさっさと諦めてくださいな。私、意地でも参加するから」
「わかった。全部諦めるからせめて、せめてだよ? 舞踏会中、イザーク様から離れないで」
ユリウスは念押しする。
「お願いだから」
「う、うん」
妙な気迫に圧倒され、こくこく頷いた。
23
お気に入りに追加
1,110
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
花冠の聖女は王子に愛を歌う
星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』
国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。
しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。
期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。
選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。
「それは王家の宝石よ!!」
…え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど?
※他サイトにも投稿しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる