上 下
50 / 124
第二章 【過去編】イザベル・ランドール

掴んだ光(1)

しおりを挟む
「べるぅぅ」
「わっ」

 イザベルの姿を認め、正面から全速力で駆けてきたフローラが勢いよく抱きついてきた。
 その反動でふらりと後ろによろけると、そばにいたユリウスが支えてくれる。

「ユースありがとう」
「どういたしまして」

 礼を言ってフローラに向き直ると、彼女はひしと抱きしめたまま言う。

「本当に会いたかったっ!!」
「私もよ。引き継ぎの儀式、お疲れ様」

 優しく頭を撫でると、フローラは顔を上げる。その瞳は以前までの翡翠ではなくて、透き通るような菫色だ。
 彼女はへにゃりと砕けた笑みを向けてくる。

「ありがとう。無事に終わってよかったぁ。この日のために半年の間、大司教様に怒られながら詰め込んだかいがあったわ」

 季節は春、イザベルが春を告げる儀式をして一週間後。花々が咲きほこる大神殿で、フローラは名実共に正式な聖女になった。

「実はこんな形式的な儀式、いらないのでは……? とも思ってたのだけど、式を終えたら神聖力の制御がしやすくなったの。古臭いけれど聖女になるには必要なのね」

 そう言ってフローラは指をくるんと動かした。
 途端、ふわりと春うららかな風がイザベルの頬を撫でていく。

「今の風、フローラが起こしたの?」
「うん」

 にっこり笑ったフローラは、イザベルの手を取りぐいっと引っ張る。

「ところで、ベルは私に用事があるのよね? 大司教様から話は聞いているわ」
「そうなの。フローラにしかお願いできないことで」

 本当はもっと早くに彼女と話がしたかったのだが、引き継ぎの儀式で多忙な彼女の都合がつかず、結局この時期になってしまったのだ。

 池の近くにあるガゼボに場所を移し、イザベルは深呼吸してから告げる。


「──ユースの呪いをフローラに解いて欲しいの」


 告げれば、フローラの目が大きく見開かれ、イザベルの右隣にいたユリウスの方へ向く。ユリウスもユリウスで、一体どういうことかとイザベルを見つめていた。

「まって、ベル、僕も方法については初耳なんだけど」

 事前に「呪いについてフローラに相談する」ということには了承を得ていたが、「呪いを解いてもらう」とは伝えていなかったから困惑したのだろう。
 イザベルはユリウスの問いかけには答えず、フローラの手をぎゅっと握る。

「解けるのはフローラだけなの。聖女である貴女が鍵なのよ」

 ユリウスと同様に困惑するフローラはイザベルと彼を交互に見やる。

「……ユリウスさんの呪いって、顔を隠していることと関係が……?」
「…………そうです」

 答えたのはユリウスだった。彼が仮面を外して顔の左にある痣を晒すと、フローラは一瞬息を呑んだ。

「触ってみてもいいですか」
「どうぞ」

 恐る恐るユリウスの頬に触れたフローラは真剣に痣の模様を確認している。 
 手を離し、着席した彼女はおもむろに口を開いた。

「似たようなものは見たことがあります」
「本当!?」

 ガタッと音を立ててイザベルは立ち上がった。

「うん、先代の聖女様が戦いの最中、呪われた兵士を神聖力で治療する所を見たことがあるの。ただ、これほど強力なものは──」

 顔を曇らせ、話を続ける。

「それに、私は力を引き継いだと言っても、まだまだ神聖力の行使は未熟なの。上手く制御出来ずに失敗することも多々あって、ベルのお役にすぐには立てない可能性が高いわ」
「それでもいいの。少しでも希望があるなら」

(現状、ユースの呪いを解く方法は彼女の力しかないもの)

 書庫で本を見つけたあの日から、もっと詳細が書かれた書物や、他の方法があるかを探ったのだが、見つからないのだ。

「他の方の呪いは神聖力で治療すると治るものなの?」
「私が目にした限りだとそうよ。先代の聖女様の元に運び込まれた兵士達は彼女が治療するときれいさっぱり解けたわ」

 イザベルの問いに答えたフローラはユリウスを見上げた。

「呪いに神聖力は効果があります。仮にユリウスさんの呪いを解呪出来なくても、症状を和らげることは出来るはずです。私はまだ神聖力に不慣れなので想定外の出来事が起こる可能性もありますが、解く方向でよろしいですか」
「僕は解かなくても別に構わないので、ベルに任せます」

(またそんなことを言って!)

 キッと睨みつけるが、彼は素知らぬ振りをしている。

「じゃあベル、どうしたい?」
「もちろん解いて欲しいわ」
「なら私も精一杯頑張る。けど、一つだけ条件をつけてもいい?」
「ええ、私個人だけでなく、ランドール公爵家に叶えられることならば」

 イザークもユリウスの呪いを解呪できるならば何でもしてくれるだろう。
 頷けば、フローラはぽつりぽつりと話し始める。

「聖女ってね、専任の護衛騎士を一人選ばないといけないの。だけど私、自分が選ばれると思ってなかったから全く考えてなくて…………」

 だからね、とフローラは続ける。

「ベルに一人見繕って欲しいの。ベルが選んだ方なら信頼できると思うから」
「そういうのって大司教様が選ぶのではないの?」
「大司教様には許可を取ってあるわ。ランドール公爵家は騎士団も統率しているでしょう? ベルも春の祭司に携わり、神殿との関係も深いから許可が下りたの」
「なるほどね」

(……聖女の護衛となると身元がはっきりしていて、私も信用出来る人で、何より剣技が秀でていなければ)

 そうしてぱっと真っ先に浮かんできた人物の名を、気づいたら口にしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

処理中です...