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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
そうしてここから始まる(2)
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「次の方どうぞ~~」
カランコロンと軽やかな音をドアに取り付けられたベルが立てる。入店すると中はひんやりとしていて涼しく、甘い匂いが漂っていた。イザベルはきらきらと瞳を輝かせて辺りを見渡す。
真っ白な壁に、天井には回転式の木の羽根が付いた照明が設置されている。床は焦げ茶色の木の板で揃えられ、木の温かみがよく分かる落ち着いた内装になっていた。奥の席ではケーキを堪能している客もちらほらいる。
「ベル」
ひとり興奮していた所で現実に引き戻される。いつの間にかケーキの入ったショーケースの前にいた。
「どれにするの」
「えーっと……わあ! 全部美味しそう。これなんて果実の宝石箱みたい」
タルト生地の上に溢れんばかりに果物が乗っている。ひとつひとつの実が大きく、ジュレのナパージュで包まれていてつやつやだ。
「ユース見てみて! こっち、可愛くない!?」
イザベルは下の段に置いてあるウサギの形をしたケーキを指す。
このお店が繁盛している理由として絶品なのはもちろんのこと、お菓子の形がとても可愛いのだ。なので若い令嬢たちの間で人気を博している。
一目惚れしてしまったウサギのケーキを自分用に選んだ後、イザークの分を選ぶ。
「お父様は糖分を沢山摂取して欲しいから……大きいのにしようかな」
出かける際、イザークは書斎で書類の山に囲まれて唸っていた。頭を使う仕事は適度に甘い物を食べると効率が良くなるから、休憩も兼ねて食べて欲しい。
結局、イザークにはこれでもかとクリームが乗っているショートケーキ。追加で家族で食べれるよう、色鮮やかなフルーツタルトもホールごと買うことにした。
「よーし決めた! ユースは?」
「僕はこれ」
指したのはシンプルなチョコレートケーキだ。
「では四点でよろしいですか」
「はい」
「かしこまりました。お会計に移らせていただきます。が、その前に簡単なお題をクリアした方には新作のサンプルを配っているんですよ」
店員が取りだしたのは透明な袋に詰められた菓子。
(クッキーだ!)
メニューには載っていない菓子だった。干しぶどうや棗を練り込んでいる動物の形にくり抜かれたサクサクのクッキーは、見るからに美味しそうである。
(これは是非いただきたいわ)
「お題とは何でしょうか」
「恋人でご来店されたお客様にはそれぞれにキスをするというものです」
さらりと告げられた単語に目をぱちぱちする。
「恋人……ですか?」
「ええ」
(ほー、へぇー、周りからはそう見えるのね)
幾度となく二人で街に来ているが、間違えられたのは初めてだ。
店員は誤解したままだが否定するのも面倒なのでそのまま進める。
「…………キスはくちびる以外でも?」
「構いませんよ」
(じゃあ、ちゃっちゃっと終わらせてしまおう)
新作のクッキーを手に入れるためだ。人前という恥じらいを捨てて背伸びし、流れるようにユリウスの頬に唇を持っていき押し当てた。
「これでいいですか」
「はい恋人の方も」
くいっと裾を引っ張るが、彼は微動だにしない。
「ユース……? ほらはやく」
急かせばゆるい動きでイザベルの頬に軽い口づけが落とされる。同時にふわっと彼の纏う爽やかな香りがした。
「ありがとうございますー。ご購入されたケーキはこちらでお召し上がりになりますか」
「このふたつだけ店内で。こっちは持ち帰りにしたいので箱に詰めてもらっても?」
「かしこまりました。端に取り置いておきますのでお帰りの際に一言お申し付けください」
「どうもありがとうございます」
小袋から金貨を取り出して代金を支払い、早速買ったケーキを食べようと店内の奥に案内してもらう。その時ようやくユリウスの方を見たのだが、彼の耳は真っ赤になっていた。
席に着き、行儀悪いと思いつつもテーブルに頬杖をついて頭を預ける。ぶらぶら足を揺らすイザベルは未だ火照っているユリウスに尋ねる。
「恥ずかしかったの? いつも貴方にしてるのと同じだけど」
ユリウスはこくんと小さく頷いた。置かれた水をごくごく飲んでいる。
(そっか。ユースはしないものね)
イザベルはイザークやユリウスが出かけ先から帰宅すればエントランスでお迎えして、おかえりなさいのキスをする。ただ、ユリウスは受けるだけなので自らするのは慣れていなかったようだ。
「ま、終わったことだしはやくケーキ食べよっ!」
言えば、調子をようやく取り戻したユリウスがケーキを小さく分け、こちらに寄越した。
「くれるの?」
「うん。チョコレートはベルの好物だから」
「…………もしかして私のために選んだとかじゃないでしょうね」
自意識過剰と受け取られてしまうかもしれないが、彼が相手の場合有り得る話なのだ。いつも、何でもかんでもさもそれが当たり前かのようにイザベルを優先してくる。
むむっと表情を険しくしたイザベルに対し、ユリウスはゆっくり首を横に振り、柔らかな表情を浮かべた。
「ベルの好きな物が僕の好きな物なだけ。さあ、食べて」
差し出されたケーキの乗ったフォークと彼の顔を交互に見遣り、おずおず口を開ければ甘くてほろ苦い味に支配される。
「美味しい?」
大きく首を縦に振った。
「とっても美味しい。やっぱりチョコレートは最高よ! 今度はユースが私のやつ食べて」
イザベルが頼んだケーキは外はウサギの形をしていて、目をチェリービーンズ、鼻と髭はチョコペンで描かれているが、中身はキャラメルがたっぷり入ったケーキだ。
ユリウスには真ん中の美味しいところを食べて欲しく、可愛らしい外見を目に焼き付けてから真ん中をフォークで豪快に切った。
そうしてとろーり中から溢れてくるキャラメルを絡めながら一口大にケーキを切って、ユリウスと同じようにケーキの乗ったフォークを差し向ける。
「はいどうぞ」
ゆっくり口が開いてケーキが中に収まる。頃合いを見計らい、フォークを引っ張った。
「とっても甘いね。ベルが好きそうな味だよ」
「あらそうなの?」
感想を聞いて期待度が高まる。イザベルもぱくりと頬張った。
「う~~ん! 頬が落ちてしまいそう」
(初めて来たけれど評判通りの美味しさ……!!)
これは今後通い詰める予感がする。
終始幸せそうな表情を浮べて完食したイザベルは、持ち帰り用のケーキを受け取り席を立った。
カランコロンと軽やかな音をドアに取り付けられたベルが立てる。入店すると中はひんやりとしていて涼しく、甘い匂いが漂っていた。イザベルはきらきらと瞳を輝かせて辺りを見渡す。
真っ白な壁に、天井には回転式の木の羽根が付いた照明が設置されている。床は焦げ茶色の木の板で揃えられ、木の温かみがよく分かる落ち着いた内装になっていた。奥の席ではケーキを堪能している客もちらほらいる。
「ベル」
ひとり興奮していた所で現実に引き戻される。いつの間にかケーキの入ったショーケースの前にいた。
「どれにするの」
「えーっと……わあ! 全部美味しそう。これなんて果実の宝石箱みたい」
タルト生地の上に溢れんばかりに果物が乗っている。ひとつひとつの実が大きく、ジュレのナパージュで包まれていてつやつやだ。
「ユース見てみて! こっち、可愛くない!?」
イザベルは下の段に置いてあるウサギの形をしたケーキを指す。
このお店が繁盛している理由として絶品なのはもちろんのこと、お菓子の形がとても可愛いのだ。なので若い令嬢たちの間で人気を博している。
一目惚れしてしまったウサギのケーキを自分用に選んだ後、イザークの分を選ぶ。
「お父様は糖分を沢山摂取して欲しいから……大きいのにしようかな」
出かける際、イザークは書斎で書類の山に囲まれて唸っていた。頭を使う仕事は適度に甘い物を食べると効率が良くなるから、休憩も兼ねて食べて欲しい。
結局、イザークにはこれでもかとクリームが乗っているショートケーキ。追加で家族で食べれるよう、色鮮やかなフルーツタルトもホールごと買うことにした。
「よーし決めた! ユースは?」
「僕はこれ」
指したのはシンプルなチョコレートケーキだ。
「では四点でよろしいですか」
「はい」
「かしこまりました。お会計に移らせていただきます。が、その前に簡単なお題をクリアした方には新作のサンプルを配っているんですよ」
店員が取りだしたのは透明な袋に詰められた菓子。
(クッキーだ!)
メニューには載っていない菓子だった。干しぶどうや棗を練り込んでいる動物の形にくり抜かれたサクサクのクッキーは、見るからに美味しそうである。
(これは是非いただきたいわ)
「お題とは何でしょうか」
「恋人でご来店されたお客様にはそれぞれにキスをするというものです」
さらりと告げられた単語に目をぱちぱちする。
「恋人……ですか?」
「ええ」
(ほー、へぇー、周りからはそう見えるのね)
幾度となく二人で街に来ているが、間違えられたのは初めてだ。
店員は誤解したままだが否定するのも面倒なのでそのまま進める。
「…………キスはくちびる以外でも?」
「構いませんよ」
(じゃあ、ちゃっちゃっと終わらせてしまおう)
新作のクッキーを手に入れるためだ。人前という恥じらいを捨てて背伸びし、流れるようにユリウスの頬に唇を持っていき押し当てた。
「これでいいですか」
「はい恋人の方も」
くいっと裾を引っ張るが、彼は微動だにしない。
「ユース……? ほらはやく」
急かせばゆるい動きでイザベルの頬に軽い口づけが落とされる。同時にふわっと彼の纏う爽やかな香りがした。
「ありがとうございますー。ご購入されたケーキはこちらでお召し上がりになりますか」
「このふたつだけ店内で。こっちは持ち帰りにしたいので箱に詰めてもらっても?」
「かしこまりました。端に取り置いておきますのでお帰りの際に一言お申し付けください」
「どうもありがとうございます」
小袋から金貨を取り出して代金を支払い、早速買ったケーキを食べようと店内の奥に案内してもらう。その時ようやくユリウスの方を見たのだが、彼の耳は真っ赤になっていた。
席に着き、行儀悪いと思いつつもテーブルに頬杖をついて頭を預ける。ぶらぶら足を揺らすイザベルは未だ火照っているユリウスに尋ねる。
「恥ずかしかったの? いつも貴方にしてるのと同じだけど」
ユリウスはこくんと小さく頷いた。置かれた水をごくごく飲んでいる。
(そっか。ユースはしないものね)
イザベルはイザークやユリウスが出かけ先から帰宅すればエントランスでお迎えして、おかえりなさいのキスをする。ただ、ユリウスは受けるだけなので自らするのは慣れていなかったようだ。
「ま、終わったことだしはやくケーキ食べよっ!」
言えば、調子をようやく取り戻したユリウスがケーキを小さく分け、こちらに寄越した。
「くれるの?」
「うん。チョコレートはベルの好物だから」
「…………もしかして私のために選んだとかじゃないでしょうね」
自意識過剰と受け取られてしまうかもしれないが、彼が相手の場合有り得る話なのだ。いつも、何でもかんでもさもそれが当たり前かのようにイザベルを優先してくる。
むむっと表情を険しくしたイザベルに対し、ユリウスはゆっくり首を横に振り、柔らかな表情を浮かべた。
「ベルの好きな物が僕の好きな物なだけ。さあ、食べて」
差し出されたケーキの乗ったフォークと彼の顔を交互に見遣り、おずおず口を開ければ甘くてほろ苦い味に支配される。
「美味しい?」
大きく首を縦に振った。
「とっても美味しい。やっぱりチョコレートは最高よ! 今度はユースが私のやつ食べて」
イザベルが頼んだケーキは外はウサギの形をしていて、目をチェリービーンズ、鼻と髭はチョコペンで描かれているが、中身はキャラメルがたっぷり入ったケーキだ。
ユリウスには真ん中の美味しいところを食べて欲しく、可愛らしい外見を目に焼き付けてから真ん中をフォークで豪快に切った。
そうしてとろーり中から溢れてくるキャラメルを絡めながら一口大にケーキを切って、ユリウスと同じようにケーキの乗ったフォークを差し向ける。
「はいどうぞ」
ゆっくり口が開いてケーキが中に収まる。頃合いを見計らい、フォークを引っ張った。
「とっても甘いね。ベルが好きそうな味だよ」
「あらそうなの?」
感想を聞いて期待度が高まる。イザベルもぱくりと頬張った。
「う~~ん! 頬が落ちてしまいそう」
(初めて来たけれど評判通りの美味しさ……!!)
これは今後通い詰める予感がする。
終始幸せそうな表情を浮べて完食したイザベルは、持ち帰り用のケーキを受け取り席を立った。
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