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第二章 【過去編】イザベル・ランドール
呪われた子(2)
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「──知っているよ」
悲しそうにイザークは口を開いた。
「君の呪いも、症状も、多少把握しているつもりだ」
袖でユリウスの口元に付いた血を拭う。
「皇宮の時のように、ひたすら耐えなくていい。我慢しなくていい。つらい時は周りに助けを求めていいんだ。私たちは伸ばされる手を拒んだりはしない」
大きな手が優しくユリウスを撫でる。
「だから意味が無いだとか言わないでおくれ。少しは楽になるかもしれないだろう?」
イザークはそっと寝台へ彼を戻し、上からゆっくりシーツをかけた。
「ベルにしか頼めないお願いをしてもいいかい」
「なんでも言って!」
ふんすと意気込む。
「連れていこうかと思ったけど、動かす方が危険だからユースをここに寝かせていく。私が帰ってくるまで彼の手を握っていて欲しいな。眠かったら無理しなくてもいいけど」
「うん、いいよ頑張って起きてる」
「お利口だね」
一度イザベルの髪をくしゃりと撫でてから早足に出ていった。
(手だけ洗ってもいいかしら)
ネグリジェもだが、手も血で真っ赤なのだ。これでは触れたところを全て血で汚してしまう。
既に床は先程の一件で血の海──とまではいかないが、赤い斑点がカーペットを彩っていた。おそらく明日、使用人達が石鹸でゴシゴシ洗う羽目になるだろう。
(ここにはあるのね。わたしの部屋には無かったのに)
ちょっと離れたところに洗面器と水差しがあるのを目敏く見つけた。
「ユース、あれ使ってもいい?」
眠ろうとしているのを妨げてしまうのは申し訳ないが、ここは自分の部屋ではない。許可を求めるとユリウスは軽く頷いた。
水差しを傾けて、洗うのに必要な最小限の分を洗面器に注ぐ。そうして手を水の中に入れて血を洗い落とした。
(…………まだ汚れてない部分で拭いちゃえばいっか)
ネグリジェ姿でハンカチを持っておらず、辺りにタオルも見当たらなかったので、服の腰あたりで手の水滴を拭った。
イザベルはユリウスの元に戻り、今度こそ彼の手を軽く握った。伝わってくる体温はとても熱く、倒れていたのも納得する熱だった。
「ベルの手、つめたいね」
「水に触れたからね」
「そっか。きもちいいな」
会話は途切れ、しばらくぼんやりユリウスを眺めていた。イザークには寝てもいいと言われたが、目は冴え渡っていて眠れそうにもない。ユリウスもユリウスであまりにも高い熱が眠気を飛ばしているのか、逆に覚醒していて目がぱっちり開いている。
けれども、先程のように血を吐く展開にはならずイザベルは密かに安堵していた。一度ならまだしも、二度、三度と喀血すれば命に直結するだろう。しなくても血が足りなくなってしまう。
それが無いのは不幸中の幸いだった。医療知識の無いイザベルでは背中を擦ったり声掛けをしたりすることしか出来ないから。
「ベル」
「なあに」
「引き出しに入ってるタオルって使ってもいいと思う?」
「あなたの部屋なんだからいいに決まってるでしょ」
何故イザベルに許可を求めるのか。眉を寄せると彼は理由を述べた。
「ランドール家の物だから……僕はよそ者だし必要以上に使うのは」
「あなたねえ、まだそんなこと思っていたの?」
呆れてしまう。ここに来て一ヶ月が過ぎようとしているのに。イザベルは爪で軽くユリウスの額を弾いた。
「ユースは皇子さまだし、血は繋がってないけど、あなたは家族よ」
イザベルも、イザークも、そう思って接してきたつもりだった。
(わたしたちの関係は疑似家族っていうのよね)
家族は家族だと思うのだが。世間からしてみれば少し違うらしい。それでも、この関係性を表すのに疑似なんてものはポイッと捨てて「家族」という単語だけがピッタリだと思う。
「誰が何を言ってきたとしても、ランドール家の人間」
(──ユースが皇宮に帰る日までは)
続く言葉は内に留める。
きっとずっとは一緒に居られない。どうなったとしてもユリウスは皇子殿下で。イザベルはただの貴族の娘だ。身分の違いでいつかは別れがやって来る。
ちょっぴり寂しくなってしまい、頭の片隅に追いやった。
「それで、タオルが欲しいの?」
「…………できれば水に浸したやつ。頭に乗せたくて」
(ああ!)
どうして思いつかなかったのだろうか。イザベルも熱が出た際によくララが施してくれる看病のひとつだ。
イザベルは一旦手を離して、引き出しを漁る。共に入れられているポプリの匂いが移った、真っ白でふわふわな短めタオルを取りだし、洗面器の水を捨てて新しい水で満たす。そこにタオルを浸し、よく絞った後、ユリウスの額に置いた。
「どう?」
「…………変わらないかも」
熱が高すぎるせいで効果が乏しいのかもしれない。
「氷持ってくる? それともお水いる?」
「……あるなら欲しいけど」
そこでユリウスは繋いでいる手に力を込めた。
「──それよりもそばにいて欲しい」
ほんの些細な。けれども、イザベルだけに向けてのお願いごと。喜んでいる場合ではないのにとても嬉しい。
「ええ、ユースが望むなら治るまでずっと」
立ち上がりかけていたイザベルは弾んだ声で返し、寝台の横に置いた椅子に座り直した。
けれども、状況にそぐわない穏やかな時間は気を緩ませるには十分で。ウトウトしてしまう。
(ねむ……い)
船を漕ぎ、ハッとしてはゴシゴシ目を擦る仕草を何度もする。小さな身体だと夜通し起きているのは難しいのだ。
「無理しないで部屋に戻ってもいいよ」
荒い息を吐きながらユリウスは言う。彼はまた咳き込みだした。ケホケホと軽いものだが、血が混じるのではないかと心配は消えない。
「戻んないわ。お父様との約束に加えて、ユースもそばにいて欲しいって言ったじゃない」
言葉とは反対にふわぁと大きなあくびをした。
悲しそうにイザークは口を開いた。
「君の呪いも、症状も、多少把握しているつもりだ」
袖でユリウスの口元に付いた血を拭う。
「皇宮の時のように、ひたすら耐えなくていい。我慢しなくていい。つらい時は周りに助けを求めていいんだ。私たちは伸ばされる手を拒んだりはしない」
大きな手が優しくユリウスを撫でる。
「だから意味が無いだとか言わないでおくれ。少しは楽になるかもしれないだろう?」
イザークはそっと寝台へ彼を戻し、上からゆっくりシーツをかけた。
「ベルにしか頼めないお願いをしてもいいかい」
「なんでも言って!」
ふんすと意気込む。
「連れていこうかと思ったけど、動かす方が危険だからユースをここに寝かせていく。私が帰ってくるまで彼の手を握っていて欲しいな。眠かったら無理しなくてもいいけど」
「うん、いいよ頑張って起きてる」
「お利口だね」
一度イザベルの髪をくしゃりと撫でてから早足に出ていった。
(手だけ洗ってもいいかしら)
ネグリジェもだが、手も血で真っ赤なのだ。これでは触れたところを全て血で汚してしまう。
既に床は先程の一件で血の海──とまではいかないが、赤い斑点がカーペットを彩っていた。おそらく明日、使用人達が石鹸でゴシゴシ洗う羽目になるだろう。
(ここにはあるのね。わたしの部屋には無かったのに)
ちょっと離れたところに洗面器と水差しがあるのを目敏く見つけた。
「ユース、あれ使ってもいい?」
眠ろうとしているのを妨げてしまうのは申し訳ないが、ここは自分の部屋ではない。許可を求めるとユリウスは軽く頷いた。
水差しを傾けて、洗うのに必要な最小限の分を洗面器に注ぐ。そうして手を水の中に入れて血を洗い落とした。
(…………まだ汚れてない部分で拭いちゃえばいっか)
ネグリジェ姿でハンカチを持っておらず、辺りにタオルも見当たらなかったので、服の腰あたりで手の水滴を拭った。
イザベルはユリウスの元に戻り、今度こそ彼の手を軽く握った。伝わってくる体温はとても熱く、倒れていたのも納得する熱だった。
「ベルの手、つめたいね」
「水に触れたからね」
「そっか。きもちいいな」
会話は途切れ、しばらくぼんやりユリウスを眺めていた。イザークには寝てもいいと言われたが、目は冴え渡っていて眠れそうにもない。ユリウスもユリウスであまりにも高い熱が眠気を飛ばしているのか、逆に覚醒していて目がぱっちり開いている。
けれども、先程のように血を吐く展開にはならずイザベルは密かに安堵していた。一度ならまだしも、二度、三度と喀血すれば命に直結するだろう。しなくても血が足りなくなってしまう。
それが無いのは不幸中の幸いだった。医療知識の無いイザベルでは背中を擦ったり声掛けをしたりすることしか出来ないから。
「ベル」
「なあに」
「引き出しに入ってるタオルって使ってもいいと思う?」
「あなたの部屋なんだからいいに決まってるでしょ」
何故イザベルに許可を求めるのか。眉を寄せると彼は理由を述べた。
「ランドール家の物だから……僕はよそ者だし必要以上に使うのは」
「あなたねえ、まだそんなこと思っていたの?」
呆れてしまう。ここに来て一ヶ月が過ぎようとしているのに。イザベルは爪で軽くユリウスの額を弾いた。
「ユースは皇子さまだし、血は繋がってないけど、あなたは家族よ」
イザベルも、イザークも、そう思って接してきたつもりだった。
(わたしたちの関係は疑似家族っていうのよね)
家族は家族だと思うのだが。世間からしてみれば少し違うらしい。それでも、この関係性を表すのに疑似なんてものはポイッと捨てて「家族」という単語だけがピッタリだと思う。
「誰が何を言ってきたとしても、ランドール家の人間」
(──ユースが皇宮に帰る日までは)
続く言葉は内に留める。
きっとずっとは一緒に居られない。どうなったとしてもユリウスは皇子殿下で。イザベルはただの貴族の娘だ。身分の違いでいつかは別れがやって来る。
ちょっぴり寂しくなってしまい、頭の片隅に追いやった。
「それで、タオルが欲しいの?」
「…………できれば水に浸したやつ。頭に乗せたくて」
(ああ!)
どうして思いつかなかったのだろうか。イザベルも熱が出た際によくララが施してくれる看病のひとつだ。
イザベルは一旦手を離して、引き出しを漁る。共に入れられているポプリの匂いが移った、真っ白でふわふわな短めタオルを取りだし、洗面器の水を捨てて新しい水で満たす。そこにタオルを浸し、よく絞った後、ユリウスの額に置いた。
「どう?」
「…………変わらないかも」
熱が高すぎるせいで効果が乏しいのかもしれない。
「氷持ってくる? それともお水いる?」
「……あるなら欲しいけど」
そこでユリウスは繋いでいる手に力を込めた。
「──それよりもそばにいて欲しい」
ほんの些細な。けれども、イザベルだけに向けてのお願いごと。喜んでいる場合ではないのにとても嬉しい。
「ええ、ユースが望むなら治るまでずっと」
立ち上がりかけていたイザベルは弾んだ声で返し、寝台の横に置いた椅子に座り直した。
けれども、状況にそぐわない穏やかな時間は気を緩ませるには十分で。ウトウトしてしまう。
(ねむ……い)
船を漕ぎ、ハッとしてはゴシゴシ目を擦る仕草を何度もする。小さな身体だと夜通し起きているのは難しいのだ。
「無理しないで部屋に戻ってもいいよ」
荒い息を吐きながらユリウスは言う。彼はまた咳き込みだした。ケホケホと軽いものだが、血が混じるのではないかと心配は消えない。
「戻んないわ。お父様との約束に加えて、ユースもそばにいて欲しいって言ったじゃない」
言葉とは反対にふわぁと大きなあくびをした。
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