16 / 124
第一章 生まれ変わったみたいです
視線の先にあったもの(2)
しおりを挟む
二人組の大人が──もっと細かく言えば先生の服装とは思えないラフな白シャツ姿の黒髪の青年が、学園長らしき薄めのローブを羽織った人物と一緒に居るのだ。
顔を見てもいないのに、私は一目でそれがユースだと分かった。
彼は白い柱に寄りかかり、腕を前で組んでいる。ちょっと下を向いていることから表情の確認は出来ないが、絶対にユースだ。
彼はもう視察を終えたのか、少し遠くに横付けされた馬車へ乗り込もうと歩き出した。
「ダメっ行かないでっ」
気がついた時には心臓が悲鳴を上げるほど全速力で駆け出していた。
人を避けながら廊下を全力疾走し、エントランスとは別の出入口に向かう。
「ああレーゼ、先生が呼んで……おい」
「離してっ」
急に腕を掴まれ、私は掴んだアレクを睨みつける。
「何でそんなに怒るんだよ」
「いいから離してっ」
今日を逃したら次はいつユースに会えるのか不明瞭なのだ。
無理やり振り解こうとするけれど、がっちり掴まれていて解けない。
「お願いだから。本当に行かなきゃいけないの」
ずっとずっと会うことを切望していたユースが、すぐそこにいるのに。
感情がぐちゃぐちゃになって振り切れてしまい、ぽろぽろ涙が溢れてくる。
するとアレク越しに馬車に乗り込む人が見え、馬車はゆっくり動き始める。私はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「……行っちゃったじゃない」
ぐしゃりとアレクの制服を握りしめる。
この時点で乗り込んだのなら、捕まらなくても間に合わなかっただろうに。
愚かな私は行き場のない感情をアレクにぶつけてしまう。
「レーゼ、急に座り込んで何か変な物でも食ったのか? 医務室はすぐそこだぞ」
「違うの違うけど……私は、あそこに」
上手くまとまらない。未練がましく木々しかない窓の外に目を向けてしまう。オロオロしていると、泣いている私をここに置いていくのは良くないと判断したアレクが、無人の教室に私を引っ張っていく。
「何があったのか知らないけど、ちょっと深呼吸しろ。まともな判断出来なくなってるだろ」
言われた通り大きく息を吸って吐く。だんだん落ち着きを取り戻し、ぐちゃぐちゃに絡まっていた感情もひとつひとつ解けていく。
(あそこで飛び出していても、変な人と取られてしまうところだった)
いいことは何も無くて、むしろ今後の活動で足枷になる可能性が高い。
「在学中に皇帝に対して変な言動をした女子生徒だから侍女としては不採用です」とかになったらそっちの方こそダメージが大きい。
感情に任せて、その機会をダメにしてしまうのは大馬鹿だ。
一回の出会いよりも、仕える方が接点は増えるだろうから。
「…………アレクのおかげで助かったわ。突っかかってごめんね」
「ん? 俺、何もしてないけど」
机の上に座って足をぶらぶらしていたアレクは私の方へ近付いてきた。
「よー分からんけど泣き止んだならいいんじゃね? ほら」
アレクは私にハンカチを差し出した。ありがたくお借りして頬に残った涙の粒を拭く。
(距離感を間違えちゃいけないわ)
私はイザベルではなく、テレーゼで。
過去、当たり前だったユースとの距離感が今は話しかけることも出来ないくらい果てしなく遠い。
皇帝となった彼からしたら沢山ある貴族の中の小娘というのを忘れてはいけない。
後ろからぎゅっと抱きしめて優しげに笑ってくれるのも、ユースと呼べるのもイザベルの特権で。
テレーゼは何も持ち合わせてはいない。まっさらだ。前世の記憶からごちゃ混ぜになってしまうけれど。
(私結構現実を甘く見すぎてたな……)
遠くから視認しただけで感情の制御もできず、自分の置かれた立場をきちんと理解していなかった。
会えばどうにかなるという蜂蜜よりも甘い考えを捨てなければならない。
「アレク、私反省して精進するわ」
「何を?」
「これまでの行動全部を」
何も知らないアレクに宣言すれば、彼は不思議そうに首を傾げたのだった。
顔を見てもいないのに、私は一目でそれがユースだと分かった。
彼は白い柱に寄りかかり、腕を前で組んでいる。ちょっと下を向いていることから表情の確認は出来ないが、絶対にユースだ。
彼はもう視察を終えたのか、少し遠くに横付けされた馬車へ乗り込もうと歩き出した。
「ダメっ行かないでっ」
気がついた時には心臓が悲鳴を上げるほど全速力で駆け出していた。
人を避けながら廊下を全力疾走し、エントランスとは別の出入口に向かう。
「ああレーゼ、先生が呼んで……おい」
「離してっ」
急に腕を掴まれ、私は掴んだアレクを睨みつける。
「何でそんなに怒るんだよ」
「いいから離してっ」
今日を逃したら次はいつユースに会えるのか不明瞭なのだ。
無理やり振り解こうとするけれど、がっちり掴まれていて解けない。
「お願いだから。本当に行かなきゃいけないの」
ずっとずっと会うことを切望していたユースが、すぐそこにいるのに。
感情がぐちゃぐちゃになって振り切れてしまい、ぽろぽろ涙が溢れてくる。
するとアレク越しに馬車に乗り込む人が見え、馬車はゆっくり動き始める。私はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「……行っちゃったじゃない」
ぐしゃりとアレクの制服を握りしめる。
この時点で乗り込んだのなら、捕まらなくても間に合わなかっただろうに。
愚かな私は行き場のない感情をアレクにぶつけてしまう。
「レーゼ、急に座り込んで何か変な物でも食ったのか? 医務室はすぐそこだぞ」
「違うの違うけど……私は、あそこに」
上手くまとまらない。未練がましく木々しかない窓の外に目を向けてしまう。オロオロしていると、泣いている私をここに置いていくのは良くないと判断したアレクが、無人の教室に私を引っ張っていく。
「何があったのか知らないけど、ちょっと深呼吸しろ。まともな判断出来なくなってるだろ」
言われた通り大きく息を吸って吐く。だんだん落ち着きを取り戻し、ぐちゃぐちゃに絡まっていた感情もひとつひとつ解けていく。
(あそこで飛び出していても、変な人と取られてしまうところだった)
いいことは何も無くて、むしろ今後の活動で足枷になる可能性が高い。
「在学中に皇帝に対して変な言動をした女子生徒だから侍女としては不採用です」とかになったらそっちの方こそダメージが大きい。
感情に任せて、その機会をダメにしてしまうのは大馬鹿だ。
一回の出会いよりも、仕える方が接点は増えるだろうから。
「…………アレクのおかげで助かったわ。突っかかってごめんね」
「ん? 俺、何もしてないけど」
机の上に座って足をぶらぶらしていたアレクは私の方へ近付いてきた。
「よー分からんけど泣き止んだならいいんじゃね? ほら」
アレクは私にハンカチを差し出した。ありがたくお借りして頬に残った涙の粒を拭く。
(距離感を間違えちゃいけないわ)
私はイザベルではなく、テレーゼで。
過去、当たり前だったユースとの距離感が今は話しかけることも出来ないくらい果てしなく遠い。
皇帝となった彼からしたら沢山ある貴族の中の小娘というのを忘れてはいけない。
後ろからぎゅっと抱きしめて優しげに笑ってくれるのも、ユースと呼べるのもイザベルの特権で。
テレーゼは何も持ち合わせてはいない。まっさらだ。前世の記憶からごちゃ混ぜになってしまうけれど。
(私結構現実を甘く見すぎてたな……)
遠くから視認しただけで感情の制御もできず、自分の置かれた立場をきちんと理解していなかった。
会えばどうにかなるという蜂蜜よりも甘い考えを捨てなければならない。
「アレク、私反省して精進するわ」
「何を?」
「これまでの行動全部を」
何も知らないアレクに宣言すれば、彼は不思議そうに首を傾げたのだった。
14
お気に入りに追加
1,095
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】あなたは知らなくていいのです
楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか
セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち…
え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい…
でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。
知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る
※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる