83 / 91
彼女の今世
episode72
しおりを挟む
「みんな着替えは終わったかしら」
そう言って部屋の中に入ってきたのはエルニカ様だ。彼女は私達の服装を見て満足気に頷いた。
「似合っているわ。最後の仕上げをしなくては」
パンッとエルニカ様が手を叩くと、踊り子になったキャサリン様、アイリーン様、フローレンス様の上には春の花々をあしらった鮮やかな花冠が、対して私、エレン様、クリスティーナ様にはメルリアという赤い花の花飾りが髪に付けられた。
「緊張するだろうけれど、練習通りにしてくれれば大丈夫。例え失敗したとしても、それだけでは女神様は怒らないわ。貴女達の信仰心がきちんとあれば、女神様はそれを見てくださるから」
その後一人一人に声をかけたあと、会場に行くよう促した。
そう、今日は大祝祭の日なのだ。
普段は厳かな神殿も、外は祈りを捧げるために帝国全土から集まった貴族達でいつもより騒がしく、そわそわとした空気が支配していた。
私達は前日に転移魔法で神殿に運んでもらい、身体を清め、今日という日を迎えている。
(キャサリン様、緊張のしすぎで右手と右足が同時に出てるわ)
カチコチとしていて顔も強ばっている。私は思わず声をかけた。
「キャサリン様、大丈夫ですか?」
「ひゃっ! あっ、だ、大丈夫、ですっ!」
飛び跳ね、こちらを振り向くその仕草も機械のようにぎこちない。
そんな彼女の様子に、エレン様も励ましの声をかける。
「キャサリン様は緊張しすきですよ。踊らない私が言うのもあれですが、キャサリン様がたくさん練習していたのを見てきましたし、絶対に成功します。頑張って下さいね」
「エレンさまぁぁ! ありがとうございます。私、精一杯踊ってきます!」
緊張がほぐれたのか、キャサリン様がエレン様に抱きつく。抱擁しながら二人が部屋を出ていこうとするので、私も続こうとしたのだが。
「リーティアさんは残ってくださる?」
「? はい」
エルニカ様に引き止められ、私は彼女の元へ戻る。
「何か御用でしょうか」
(今日の役目は魔力を差し出すことだけだと思っていたけれど……)
他にもなにかあるのかもしれない。
(私の服装もみんなとは少し違うし……)
白い儀式用の装束なのは同じだが、私だけ何故か長いヴェールを被せられていた。おかげで視界が悪く、さっきは長い裾に突っかかって転びそうになった。
「ちょっとね、貴女だけにしなければならないことがあって」
彼女は申し訳なさそうに笑う。
「先に謝っておくわ。ごめんなさいね」
謝罪の言葉と共にヴェールがまくられ、エルニカ様の唇が私の額に触れる。ポウッと一瞬ひかり、微量の魔力が流れ込む。
「いま、何をされたのですか」
流れ込んだ感覚はあるが、それっきりだ。何をされたのか全く分からない。
「秘密」
にこりと笑ったその笑顔は惚れ惚れしてしまうが、隠さずきちんと教えて欲しい。
(…………あまりよくない予感がする)
こういう時の勘は当たるので、エルニカ様を問いただしたいが、そうしたところでのらりくらりとかわされてしまうだろう。
「それと、これを頭の上に乗せてね」
どこからか出現させた宝石がちりばめられたティアラを私の頭に乗せる。
「これは?」
「普通のティアラよ」
「……本当ですか?」
「どこにでもある……とは言えないけど、本当に髪を飾るティアラなの」
とはいえ、それだけの説明では信用ならない。エルニカ様は私を魔法で池に落下させた前科があった。
ノルン様よりはきちんとしたお方だけれど、たまに抜けていて、ノルン様と似ている部分もあった。
(まあ、流石に多くの人がいる前で何か大きなことは起きないわよね)
だけど私の魔力が必要だという点に一抹の不安を覚え、気がついたら吐露していた。
「…………私は別にいいですが、他の友人達を巻き込むのはやめてくださいね」
(ノルン様達と関わりがある自分が巻き込まれるのはもう構わないわ)
ただ、普通に生きている彼女達を、大切な友人達は危険に巻き込みたくない。
そんな思いを入れて伝えれば、エルニカ様はぱちくりと目を瞬かせた。
「ええ、当たり前よ。巻き込まないわ」
「ならいいのです」
エルニカ様は魔法でティアラの位置を固定し、もう一度、不穏なことを口にする。
「けど、もしかしたら貴女にとっては避けたいことになるかもしれない。そうなった時は……許してちょうだい」
◇◇◇
衣擦れの音に伴って鈴の音が鳴る。
薄く水が張られた神殿の深部。ステンドグラスから差し込む光を受けてこの場の主である女神の像の前で座る。
頭の上にはシンプルだが宝石がちりめられたティアラを乗せ、そこから絹のヴェールが顔を外部から隠す。ヴェールはまるでウェディングヴェールのように長く続き、水面に広がっていた。
正面にはエルニカ様が私と似た服装をして立っている。手にはシフォン素材のリボンが結ばれ、宝玉が付けられた杖を持っていた。
エレン様とクリスティーナ様は私の背後に同じように水に浸かり、祈りを捧げる仕草で控えていた。
そして踊り子に選ばれたアイリーン様達が私達の背後──遮断魔法を施した壁を挟んで舞を披露している。
エレン様達は気づいていないようだが、私と彼女達の間にも魔法の壁のようなものがあって、どうやらエルニカ様が作ったらしかった。
「リーティアさん、今から現れる光の輪の中に手をかざしてちょうだい。そうしたら勝手に貴女の魔力を吸い取っていくから」
エルニカ様は前を向いたまま私だけに伝え、数秒置いたあと目の前に光の輪が現れた。そっと手をかざす。
エルニカ様は神語で何やら詠唱を始めると、呼応するように大量の魔力が私の中から放出される。
(流石に多すぎではないかしら)
今まで経験したことのない量が一瞬にして体内から出ていき、慣れていない私は直ぐに目眩がしてきてしまう。
それでも必死に倒れそうになるのを耐えて魔力を光の輪に送り続ける。
(も……む、り……)
一体どれほどの魔力を注いだのだろうか。無尽蔵にあると言われていた私の魔力が底をつきかけている。
それに対して驚く気力もない。
(このままだと枯渇して倒れてしまう)
「──見つけた」
突如、そんな声が聞こえてきて。倒れるくらいなら、魔力を注ぐのをやめようか迷っていた私は顔を上げた。
(見つけたって……この儀式は加護をいただくものではないの?)
朦朧としながら女神の象が持っている球体に目を向ける。以前来た時には光が潰えていたそれは、眩いばかりの光を放っていて儀式は成功していた。
ということは、もう終わりにしていいはずなのに、エルニカ様はまた別の詠唱を始めてしまい、止まっていた魔力の供給も再開してしまう。
が、今度は数秒して突如詠唱が終わった。
「…………まさか。いや、どうして」
魔力不足で途切れそうになる意識の中で、エルニカ様が動揺しながらなにやらつぶやき、ぱっと私の方を────その後ろにいる誰かを探していたのだった。
そう言って部屋の中に入ってきたのはエルニカ様だ。彼女は私達の服装を見て満足気に頷いた。
「似合っているわ。最後の仕上げをしなくては」
パンッとエルニカ様が手を叩くと、踊り子になったキャサリン様、アイリーン様、フローレンス様の上には春の花々をあしらった鮮やかな花冠が、対して私、エレン様、クリスティーナ様にはメルリアという赤い花の花飾りが髪に付けられた。
「緊張するだろうけれど、練習通りにしてくれれば大丈夫。例え失敗したとしても、それだけでは女神様は怒らないわ。貴女達の信仰心がきちんとあれば、女神様はそれを見てくださるから」
その後一人一人に声をかけたあと、会場に行くよう促した。
そう、今日は大祝祭の日なのだ。
普段は厳かな神殿も、外は祈りを捧げるために帝国全土から集まった貴族達でいつもより騒がしく、そわそわとした空気が支配していた。
私達は前日に転移魔法で神殿に運んでもらい、身体を清め、今日という日を迎えている。
(キャサリン様、緊張のしすぎで右手と右足が同時に出てるわ)
カチコチとしていて顔も強ばっている。私は思わず声をかけた。
「キャサリン様、大丈夫ですか?」
「ひゃっ! あっ、だ、大丈夫、ですっ!」
飛び跳ね、こちらを振り向くその仕草も機械のようにぎこちない。
そんな彼女の様子に、エレン様も励ましの声をかける。
「キャサリン様は緊張しすきですよ。踊らない私が言うのもあれですが、キャサリン様がたくさん練習していたのを見てきましたし、絶対に成功します。頑張って下さいね」
「エレンさまぁぁ! ありがとうございます。私、精一杯踊ってきます!」
緊張がほぐれたのか、キャサリン様がエレン様に抱きつく。抱擁しながら二人が部屋を出ていこうとするので、私も続こうとしたのだが。
「リーティアさんは残ってくださる?」
「? はい」
エルニカ様に引き止められ、私は彼女の元へ戻る。
「何か御用でしょうか」
(今日の役目は魔力を差し出すことだけだと思っていたけれど……)
他にもなにかあるのかもしれない。
(私の服装もみんなとは少し違うし……)
白い儀式用の装束なのは同じだが、私だけ何故か長いヴェールを被せられていた。おかげで視界が悪く、さっきは長い裾に突っかかって転びそうになった。
「ちょっとね、貴女だけにしなければならないことがあって」
彼女は申し訳なさそうに笑う。
「先に謝っておくわ。ごめんなさいね」
謝罪の言葉と共にヴェールがまくられ、エルニカ様の唇が私の額に触れる。ポウッと一瞬ひかり、微量の魔力が流れ込む。
「いま、何をされたのですか」
流れ込んだ感覚はあるが、それっきりだ。何をされたのか全く分からない。
「秘密」
にこりと笑ったその笑顔は惚れ惚れしてしまうが、隠さずきちんと教えて欲しい。
(…………あまりよくない予感がする)
こういう時の勘は当たるので、エルニカ様を問いただしたいが、そうしたところでのらりくらりとかわされてしまうだろう。
「それと、これを頭の上に乗せてね」
どこからか出現させた宝石がちりばめられたティアラを私の頭に乗せる。
「これは?」
「普通のティアラよ」
「……本当ですか?」
「どこにでもある……とは言えないけど、本当に髪を飾るティアラなの」
とはいえ、それだけの説明では信用ならない。エルニカ様は私を魔法で池に落下させた前科があった。
ノルン様よりはきちんとしたお方だけれど、たまに抜けていて、ノルン様と似ている部分もあった。
(まあ、流石に多くの人がいる前で何か大きなことは起きないわよね)
だけど私の魔力が必要だという点に一抹の不安を覚え、気がついたら吐露していた。
「…………私は別にいいですが、他の友人達を巻き込むのはやめてくださいね」
(ノルン様達と関わりがある自分が巻き込まれるのはもう構わないわ)
ただ、普通に生きている彼女達を、大切な友人達は危険に巻き込みたくない。
そんな思いを入れて伝えれば、エルニカ様はぱちくりと目を瞬かせた。
「ええ、当たり前よ。巻き込まないわ」
「ならいいのです」
エルニカ様は魔法でティアラの位置を固定し、もう一度、不穏なことを口にする。
「けど、もしかしたら貴女にとっては避けたいことになるかもしれない。そうなった時は……許してちょうだい」
◇◇◇
衣擦れの音に伴って鈴の音が鳴る。
薄く水が張られた神殿の深部。ステンドグラスから差し込む光を受けてこの場の主である女神の像の前で座る。
頭の上にはシンプルだが宝石がちりめられたティアラを乗せ、そこから絹のヴェールが顔を外部から隠す。ヴェールはまるでウェディングヴェールのように長く続き、水面に広がっていた。
正面にはエルニカ様が私と似た服装をして立っている。手にはシフォン素材のリボンが結ばれ、宝玉が付けられた杖を持っていた。
エレン様とクリスティーナ様は私の背後に同じように水に浸かり、祈りを捧げる仕草で控えていた。
そして踊り子に選ばれたアイリーン様達が私達の背後──遮断魔法を施した壁を挟んで舞を披露している。
エレン様達は気づいていないようだが、私と彼女達の間にも魔法の壁のようなものがあって、どうやらエルニカ様が作ったらしかった。
「リーティアさん、今から現れる光の輪の中に手をかざしてちょうだい。そうしたら勝手に貴女の魔力を吸い取っていくから」
エルニカ様は前を向いたまま私だけに伝え、数秒置いたあと目の前に光の輪が現れた。そっと手をかざす。
エルニカ様は神語で何やら詠唱を始めると、呼応するように大量の魔力が私の中から放出される。
(流石に多すぎではないかしら)
今まで経験したことのない量が一瞬にして体内から出ていき、慣れていない私は直ぐに目眩がしてきてしまう。
それでも必死に倒れそうになるのを耐えて魔力を光の輪に送り続ける。
(も……む、り……)
一体どれほどの魔力を注いだのだろうか。無尽蔵にあると言われていた私の魔力が底をつきかけている。
それに対して驚く気力もない。
(このままだと枯渇して倒れてしまう)
「──見つけた」
突如、そんな声が聞こえてきて。倒れるくらいなら、魔力を注ぐのをやめようか迷っていた私は顔を上げた。
(見つけたって……この儀式は加護をいただくものではないの?)
朦朧としながら女神の象が持っている球体に目を向ける。以前来た時には光が潰えていたそれは、眩いばかりの光を放っていて儀式は成功していた。
ということは、もう終わりにしていいはずなのに、エルニカ様はまた別の詠唱を始めてしまい、止まっていた魔力の供給も再開してしまう。
が、今度は数秒して突如詠唱が終わった。
「…………まさか。いや、どうして」
魔力不足で途切れそうになる意識の中で、エルニカ様が動揺しながらなにやらつぶやき、ぱっと私の方を────その後ろにいる誰かを探していたのだった。
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
4,049
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる