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彼女の今世
episode42
しおりを挟む「今年はルーキアが対象国なのは知っていますよね」
突然話を振られた彼女達はこくりと頷く。
「舞を舞うのは我らの巫女以外に、魔力を持っている者が必要です。毎年私たち神殿側が選ぶのも……と思いまして此度はアデラインに令嬢を見繕ってもらえないかと相談したのですよ」
「まだ決まっていないと書簡を送ったはずよ」
「読みましたよ。読んだ上で絞り込んだと書かれてたのでちょうど暇でしたし、本人と対面して選べばいいかなと」
「猊下! 暇ではないでしょう!」
ここにいる全員が思ったことを神官たちが突っこんだ。
「ん? 何か言いました」
「なっなんでもありません」
猊下は笑みでそれらを全て弾き返す。
「アデラインが絞り込んだと言っていたのはこの子達?」
「そうですが」
「うーん、少し失礼するわね」
指を頬に当ててしばらく考え込んだエルニカ猊下はアイリーン様の左手首を取り、陽光にかざす。そして私達には分からない言語で何かを唱えた。
おそらく……神語。ノルン様が似たような言語を使っていたのを過去に聞いたことがある。
「ふむ。それでは次は貴女」
アイリーン様の手を下ろして、エレン様の手を取りまた同じように唱える。クリスティーナ様とフローレンス様も同様のことを受ける。
「はい、リーティアさん失礼するわね」
「よろしくお願いします」
左手を差し出せば手首の筋を白魚のような指がなぞる。そして他の人と同様に何かを唱えたように見えたのだが──
(あれ? 少し言葉が違う気が……)
四度聞いたからだろうか。言ってることは理解できないが、言葉の跳ね方、イントネーションに違和感を持った。
でもそれは微かな違和感でしかなくて、言葉には言い表せない。
「もういいわありがとう」
パッと手を離されて終わりを告げられる。私は違和感を指摘することも無く、ただ軽く頭を下げることしかできなかった。
「最後にキャサリンさんね。間違っていたらごめんなさい。貴女、光属性の妖精を召喚した方かしら?」
「はっはい。そうです。エルニカ猊下が私のことをご存知だなんて……」
顔を赤らめて吃りながらも答えたキャサリン様。本来なら接触することも出来ない猊下に、自分のことを知ってもらえているなんて嬉しくないはずがない。
「外に出る機会がない分、情報は集めるようにしているの。光属性なんてとても珍しいのに凄いわ!」
美貌の笑顔にやられたのか、キャサリン様は先程よりももっと赤くなった。
(これは誰でもやられるわね……)
傍で見ていた私でさえも美しすぎて、自分の目で見るのは勿体ないというか、なんというかダメな気がして目を逸らしてしまう。
「それじゃあ左手お借りするわ」
「ええ! お願いします!」
手を取って私を含めた5人と同じように何かを唱える。エルニカ猊下はそのまま腰を下ろして数分目を閉じて何かを考え込むと、バッと立ち上がった。
「舞はキャサリンさん、アイリーンさん、フローレンスさんにお願いします。他の方は大祝祭当日、私のお手伝いをして欲しいのだけどいいかしら」
皇后陛下にエルニカ猊下は尋ねる。
「構わないわ。だけどなぜその3人にしたのか説明をしてくださると助かります」
陛下は即決だった。考え込む様子も、言葉が詰まることも無く、最初から何があっても猊下の言葉を肯定するつもりだったかのような。
「さっき左手首をお借りしたのは皆さんの魔力関係を調べたから。神殿は知っているだろうけど下界での神の住まう場所。そのため神聖力の濃度が他のところよりも格段に高い。だから一番神聖力と相性がいい人から選んだつもり」
後ろで神官たちが頷いている。
神聖力はそこら中に、人体に対して影響が出ないくらいの微々たる程度溢れている。だが、人はそれを使うことが出来ず、日常生活では恩恵を受けることがない。
それゆえにいきなり神聖力の濃い場所に行くと、体調に支障をきたす。要は身体が慣れないのだ。酸素のみの空間にいると、酸素が毒に変わるのと同様の理。それをエルニカ猊下は言いたいのだろう。
「説明になったかしら?」とこの場にいた私達にエルニカ猊下は尋ねた。
「理由はわかりました。ですが舞わない私たちは当日、他のお手伝いを頼みたいと猊下は仰いました。一体何をすれば……」
エレン様が口を開いた。過去に踊らない者が、他の手伝いをするなんて聞いたことがない。前代未聞と言ってもいいんじゃないかしら?
「えっとね。今年は例年よりも大掛かりになる予定なの。大掛かりと言っても内容は変わらなくて、少し消費する魔力量が多くなるだけなのだけど……」
初耳とばかりに後ろに控えている神官たちが顔を上げた。
「元々神殿にいる者たちは、通常の大祝祭の規模でほぼ手がいっぱいになってしまう。そんな中規模を大きくしようとすると、必然的に魔力と人員が足りなくなる。最初は魔法省から魔術師を借りようかとも思ったのだけど……」
魔力を持っていないと神官にはなれない訳では無いが、神官の大半が少しは魔力を持っている。
理由は神殿ではよく魔力を使うから。それらは悩める子羊──信者のために祝福を授けるためだ。
授ける祝福は神聖魔法の部類に入る。
神聖力を使えるのは光属性の妖精と契約をしたものだけ。それが基本だ。
しかし、聖職者──神に仕える者は、神殿内部でのみ神聖魔法を行使できる。
だから神官は魔力持ちが多いのだ。魔力を持ってないと神聖魔法を行使できないから。
貴族以外だと魔力を持つ人材が生まれるのは稀なので、魔術師と同様に、聖職者も万年人手不足。
そんな中、大祝祭では彼らの魔力も使われている。その負担は、内部にいない私では想像できないほど大きいはずだ。
「無理よ。あそこは既に仕事量に対して人員が追いついてないわ。これ以上の仕事は増やせない」
皇后陛下が仰る。端の方にいたジョシュア様も大きく頷いていた。彼はアルバート殿下付きだが、元々の所属は魔法省だ。寝る暇もないほど働いているのだろう。彼の目の下にはいつもうっすらとクマがある。
「……というわけなの。それで魔術師と同等の魔力量を持って、手伝ってもらっても不自然に思われない人材は──」
──私たちね
元々踊り手は必要だった。それに加えて補欠だと言えば周りは納得するだろう。わざわざ茶々を入れてくる者もいないはず。あくまでも私たちが了承すれば……の話だけれど。
「つまり私たちの魔力が目的だと?」
「端的に言えばそうね」
私は正直どちらでもいい。エレン様達が受けるというのであればやるし、やらないというのならやらない。
手伝わないのなら普段通り家族と一緒に神殿を訪れる。ただそれだけのこと。お父様は踊り手に選ばれなかったからといって、何か小言を言ってくるはずはないだろう。
つまりアリリエット公爵家の利益になるかならないかは、この際関係がないのだった。全ては私の意思にかかっている。
けれど先程から嫌な悪寒がする。何か罠に嵌ってしまったかのような……敷かれていたレールの上を歩いているような……そんな感じの。
「私はやります。お手伝いさせてくださいませ」
クリスティーナ様が手を上げた。受けるか受けないかで利益の天秤をかけて、受ける方に傾いたらしい。
(やっぱりそうなるわよねぇ……)
踊り手にならなかっただけで、本当は違っても、他の3人に劣っていると周りから見れば烙印を押されたようなもの。アルバート殿下の婚約者になりたい彼女なら、汚名は避けたいはず。
「1人では大変でしょうから私もお手伝いいたします」
まあ、一生に一度の機会。
彼女が手を上げたのに私が上げないとなると、アリリエット公爵家に対して何を言われるか分からない。両親に迷惑はかけたくないので私も手を上げる。それを見たエレン様も、私たちに続いた。
「わ~ありがとう。助かるわ」
その発言にようやく違和感の正体に気がついた。
きっと猊下はこうなることを想定していた。想定していて、ここまで道をつくり、私たちが辿り着くよう話を持ってきたのだ。
外見だけでは分からないけれど、柔らかい、優しいというだけで聖職者の最上位の地位──猊下にはいられない。
きっと他の者より優れたところがあるはずだ。私たちがまだ知らない何かが。
「決まりね。これからのスケジュールは、アデライン経由で書状を送らせていただくわ。それでは失礼」
どうやらエルニカ猊下はこの場を去るらしい。扉の方へ向かおうとしている。慌てて神官たちも後に続く。
まるで重力がないかのように軽い足取りのエルニカ猊下は、すぐに見えなくなった。
「いって……しまわれましたね」
「そうね。あの方は突拍子もないというか、行動が予測不能なのよ。だから困る」
エレン様のつぶやきに皇后陛下は言葉を返した。
「皆さんごめんなさい。なんというか……後で正式な書状を送ります。大祝祭は大きな行事。成功させるためにもよろしくね」
「はい勿論です。精一杯踊り手を努めさせていただきます」
満面の笑みでキャサリン様は言う。素直に喜べるのは羨ましい。
私だったら失敗した時のリスクや、他所への調整に頭が回ってしまって、喜べない。それは前世からのことで、すっかり染み付いてしまっていた。
(まあそのおかげで冷静に立ち回ることが出来ているし、欠点ではないのよね。むしろ良い点だわ)
周りからは大人びているとよく言われる。そりゃあ人生2周目だもの。当たり前。加えて目立ちたくないから、あまりはしゃいだりしないのも相まって、余計にそう見えるらしい。
皇后陛下の話を意識半分に聴きながら、ふと温室の中に咲いていた薔薇が目に入った。
(薔薇といえば……殿下よね)
真っ先に思い出してしまった自分が少し忌々しく感じる。
そういえば……今日お返ししようとしてすっかり忘れていた。
座席のそばに置いておいた籐の小さなバスケット。中にはあの日──階段から落ちた時にお借りしたハンカチが入っている。
今日まで何となくタイミングが掴めず、借りたままになっていた。出かける際に、綺麗にしたまま自室の机上に置きっぱなしになっていることに気がつき、一緒に持ってきたのだった。
ハンカチ1枚。多分アルバート殿下は貸したことも忘れているだろうし、今さら返されたところで気まずくなりそうな予感がする。だけど返さない訳にもいかない。
茶会が終わったらアルバート殿下に声をかけよう。私は今度こそ忘れぬよう、頭に記憶した。
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