前世と今世の幸せ

夕香里

文字の大きさ
上 下
3 / 94
彼女の前世

episode3

しおりを挟む
 リーティアの朝は早いと言いたいところだが、あいにく手放しに自慢できる訳では無い。

 元々早起きする事は苦手なのだ。

 毎朝眠気と格闘しながら寝台から這い出てネグリジェから着替えている。
  本来貴族の中でも上位に立つ公爵家──いや、貴族家なら何処でも侍女が普通着替えを手伝う。しかしリーティアには専属の侍女がいない。

 なぜ妹には付いていて、自分にはついていないのか。何度か疑問を持った事はあるが、尋ねるのは怖くてできなかった。
 我儘だと思われて、今以上に両親が自分のことを見てくれなくなるのを無意識のうちに恐れていたのだ。

 リーティアはずっと両親は自分のことを愛してない、妹だけが愛されていると勘違いしていた。

 しかし実際は違う。

 ただ両親は小さい頃から帝国の皇后になることが決まっていた娘を、完璧な淑女にするべく厳しく育てることが彼女の幸せに繋がると誤解していた。

 そして両親の望む淑女へと成長していくうちに、感情を抑えるようになった娘が何を考えているのか理解するのが困難になり──

 結局、どう接すれば良いのか分からず、避けるようになってしまった。

 侍女の件もそうだ。

 リーティアは覚えていないが、自分の事は全て出来るようになりたいと幼き日に両親に言っていた。二人はそれを聞いて娘がそう言うなら……と了承して侍女を付けなかった。


 そんな事情を知らない彼女は勘違いをこれからも続けていくことになる。そして両親はとても後悔することになるが、それはまだ先の話。


「さてと、寝坊してしまったけど着替えたし、昼食の為に食堂に行きましょう」

 いつもより声のトーンを上げて呟くと食堂に向かうため、廊下に出る。

 廊下の壁には綺麗な花の絵や歴代当主の肖像画など様々なものが飾られている。それらを見ながらゆっくりと歩いていると、すぐに目的地に着いた。

「お嬢様、昼食でしょうか?」

 リーティアの姿を見つけた侍女が尋ねる。

「ええそうよ。 何か軽い物はあるかしら? 例えばパンとか簡単に食べられるものがいいのだけれど」

 リーティアの要望を聞いた侍女は再度確認する。

「わかりました。料理長に作るよう伝えます。食事はどこで取られますか?」

「そうね……」

 少しの間考える。

 ちらりと外を見ると天気が良さそうだ。外で食べたら少しは昨日の悲しみも薄れるかもしれない。そう考えたリーティアは外で食べることにした。

「庭園の東屋で食べるのはダメかしら……今日は天気も良いし……少し、はしたないかもしれないけれど……」

 後ろめたさを感じて後半の方が小さくなってしまった。ちゃんと侍女に聞こえてるかしら? と不安になる。

「了解しました。お食事は準備が出来次第、庭園に運ばせて頂きます」

 外で食べることを咎められることはなく、運んでくれるようで安心する。

(よかった。拒否されるかと……たまには外でゆっくり食べるのもいいわよね。気分転換になるもの)

「ええ、お願いね。ありがとう」

 そうして侍女は仕事があるからと屋敷の奥へと戻って行った。そんな彼女を見送ってリーティアは庭園へと向かう。

 アリリエット公爵家の庭園は自他ともに最高峰と言われている。季節によって様々な花々が咲き誇り、庭師達の努力によってとても綺麗な状態を保っている。

 その中でも一番リーティアが好きな場所は薔薇が咲き誇っている場所だ。何故なら婚約者のアルバートが薔薇を好きだったから。
 その前はそれほど好きではなかったリーティアも、彼の好みに合わせるように薔薇が好きになった。

 昔、誕生日に何が欲しいとアルバートから聞かれた際。読書が好きだったリーティアは栞が欲しいと答えた。すると誕生日には綺麗に縁取られた美しい薔薇の栞が届いたのだ。

 たとえ義務感でプレゼントを贈って来れたのだとしても、慕っている人から貰ったものだ。嬉しくないはずがない。それ以来読書をする際、不安なことがあるときなどにはお守り代わりとして栞を持つのが癖になった。

 昔のことを思い出しながら薔薇を見る。

「やはり薔薇は綺麗ね。この凛と立つ薔薇のように少しのことでも動揺せず、立派な淑女にならなければ」

 自分を奮い立たせるために呟いたが、段々と自分のことが情けなくなってくる。

「自分の感情を抑えつける勉強もしたのに。こんなことで泣き出すなんて淑女として失格ね。これでは皇家に嫁いだら皇帝陛下に見てもらえる──なんていう浅はかなことを考えてた私が恥ずかしいわ」

 周りに誰もいないことをいい事にリーティアは感情を吐露する。

「聖女様はきっとこんなことで私みたいに泣き出さず、慈悲深くて美しい方なのでしょう。私よりもずっと陛下とお似合いだわ」

 込み上げる感情を全て飲み込み、自分で自分に暗示をかける。

──大丈夫私はきっと大丈夫。

「リーティア、あなたの陛下への慕う想いは閉じ込められないかもしれない。
きっとこれから何回も聖女様のことを羨ましく思うでしょう。
妬ましくも思うでしょう。
私が本当はその立場だったのにと辛くなるでしょう。
それでも民と陛下と聖女様のために頑張るのよ。
それが私の生きる道なのだから」

 声が、震えてしまう。


「────それしか私には出来ることはないのだから」


 いきなり強い風がリーティアの周りに吹きつける。

 慌てて自分の髪とスカートが翻らないように押さえつけながら空を見上げると、薔薇の花びらが空を舞い、自分が呟いた最後の言葉は風と共に、青空が眩しい天空へと消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

処理中です...