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第2章

32 覆すように愛を乞う(1)

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(そう思いますよね。私だって身分不相応と感じていますもの)

 彼らはハーディング国の姫だから責め立てるが、エヴェリはそれに加えて彼を騙しているのだ。本物の姫ではないし、自分に流れる血は劣っている。

 不釣り合いなのだから言われて当然だと、静かに話を聞いていたのだが、セルゲイは違ったようだ。

「もういい。お前たちの言い分はよく分かった。要は妻と離婚しろということだろ? 聞くだけ無駄だ」

 セルゲイはエヴェリの背中に腕を回して自身の方へ寄せた。そうして聞き耳を立てている他の貴族にも聞こえるようにはっきりと告げるのだ。

「──この先、天と地がひっくり返ろうとも、私はシェイラ以外を妻にしない。後にも先にも伴侶はシェイラだけだ。失礼する」

 額に青筋を立てたセルゲイは話を途中で切り上げ、驚いて固まってしまったエヴェリを連れ立ってバルコニーへ出たのだった。

 外に出ると頬をくすぐる夜風が心地いい。冷静さを取り戻すにはちょうど良かった。
 セルゲイはエヴェリの手を離してくるりと振り向いた。

「すまない」

 月光が項垂れるセルゲイに降り注ぐ。憂いを帯びた瞳は痛恨が見え隠れしていた。

「どうして謝るのですか」
「意気揚々と貴女を守ると言っておきながら、生半可な対応しかできていない。私は悪い夫だ。貴女に申し訳ないし、相応しくない」
「そんなことありませんよ」

 セルゲイが謝ることなど一切ない。
 エヴェリは恐る恐るセルゲイの頬に触れて、視線を合わせる。

「わたくしは旦那さまがセルゲイさまで良かったと心の底から思っております。セルゲイさまが悪い夫だと言うならむしろわたくしは極悪な妻です」

 外交も社交も出来ない。教養も持ち合わせていない。お飾りで約立たず。挙句の果てには周りから嫌われ、憎まれている花嫁だ。なのに王弟であるセルゲイの花嫁の座に収まっている。

 本来なら、セルゲイの婚姻は皆から祝福されるべき出来事。結婚という祝福を足枷に変えてしまったのはエヴェリとハーディング国だ。

(むしろ私こそ、セルゲイさまから離れた方がいい)

 頬から手を離し、嫁いできてから徐々に、確実に、強く抱くようになった考えを伝える。

「わたくしの存在はセルゲイさまにとって重荷です。この婚姻は政略的なものですし…………もしこの先、ほかに慕う者や生涯を共にしたいと思うご令嬢が現れましたら、遠慮なくそちらの手を取ってくださいね」

 ツキンと痛む心臓の違和感を覆い隠し、なんでもないように振る舞う。

「その際は、あの、邪魔にならないようひっそりと生活しますし、今使わせて頂いているお部屋も移動いたします」

(殺されたり離縁して追い出されるのは勘弁ですが……)

 人質とは思えない待遇。殴られたり蹴られたりすることもない。ハーディングにいた時よりも生きやすい。もう十分だ。この数ヶ月だけでも十分すぎるものを頂いた。
 正妻でなくていい。屋敷の端で、もしくは使用人としてでもいい。住む場所さえ与えてくれるならば、エヴェリはセルゲイの邪魔をしないと誓う。

(ハーディングいた頃と変わらない、いないものとして扱ってくれてかまわないもの)

 安心させたくて軽く口角を上げる。エヴェリのことなんて気にかける必要なんてないと伝えたかったのに。

「どうして……」

 セルゲイはエヴェリの発言に酷くショックを受けたようだ。悲壮な顔を見て、エヴェリも胸が締め付けられる。

(そういうお顔にしたかった訳ではありませんのに)

「どうしてそのようなことを言う? 私が貴女を差し置いて他の者に懸想すると思っているのか?」

 肩を掴まれ、セルゲイは必死の形相だ。

「いいえ、違います。セルゲイさまは素晴らしい夫です。だからこそ──」

 本当のことは言えない。喉元まで出かかる真実をごくんと飲み込む。
 肩に触れていたセルゲイの手を包むと、きらりと光る指輪が目に入った。きゅっと唇を引き結ぶ。

「──わたくしのせいでこれ以上セルゲイさまが不利益を被るのは耐えられません」

 彼を知れば知るほど幸せになってほしいという思いが強くなる。反面、エヴェリがいるから本来なら必要のない配慮や対応をセルゲイに強いてしまっている。それは巡り巡ってセルゲイの評判にも影を落とすことになり、幸せとは反対だ。
 それに、今宵の舞踏会ではっきりと形になった。

(自分が何か言われるよりも、セルゲイさままで悪く言われたり思われたりしまうことが────もっと、ずっと嫌なのです)

 エドワードが明かした際、ほとんどはエヴェリを非難した。だが、エヴェリをセルゲイが庇った途端、一部の貴族の冷淡な視線は彼に向いた。

 婚姻をなかったことには出来ない。離縁も許されない。だから今後もエヴェリがセルゲイの評判を落とす未来は容易に想像がつく。
 せめて心安らぎ、周りからも認められるような人をそばに迎えてほしい。そう思うのはエヴェリのわがままだろうか。



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