王子殿下の慕う人

夕香里

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番外編

愛しい宝物(2)

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「ちが、う……」
「どうして?」
「ぼく、ははうえを困らせたいわけじゃない。なのに、なのに……涙見せたらダメなのに……でてきちゃうんだ」

 無理やり涙を止めようとしているのか、キースは強引に目元を擦るので、優しくその手を取る。まだ小さい息子の手はすっぽりとエレーナの手の中に収まった。

「お忙しい……のは分かってるから。でもルイのはなしをきくと」
「何の話を聞いたの?」
「自慢げに話してくるんだっ、ひっく、まいにち、えほん……読んでもらってるとか」

 その話はエレーナも先日エリナから聞いていた。彼女は息子のルイにせがまれて毎日絵本を読んでいると。おかげでのどが潰れそうだと幸せそうにぼやいていた。

「いいなぁって、僕も読んでもらいたいなぁって。でも、母上も、父上も忙しいし、毎日会えるだけで幸せなんだって分かってるのに。どうしても羨ましくて。だから……」
「だから?」
「わがままだって分かっているけど、眠る時に母上がいてくれたらすごくすごく嬉しいなぁって」

 エレーナはそんなこといつでも……と言いそうになり口を噤む。お願いされたらすぐに叶えられる些細なことであるが、息子にとっては大きな願い事なのだ。
 気を使わせ、そう思わせてしまったのは自分たちのせいである。

「キース、あなたのお願いは全部叶えてあげたい。だからね」

 出来る限り言葉を選びながら紡ぐ。

「取り敢えず毎日寝る時に絵本を読むわ。お母様が無理ならお父様が。どちらかは必ず貴方が寝るまで隣にいる」

 サラサラな髪を梳いながら優しく撫でる。愛する夫と同じ紺碧の瞳に歓喜が灯るが、すぐに萎んでしまった。

「で、でも母上たちはお忙しいって乳母や侍女が言うんだ。だからがまんしなきゃ」

 彼女達はきっと悪気があって言っている訳では無い。エレーナのことを思って言っているのだろう。しかし、それをキースが聞いて変に自重してしまうのならばどうにかしないといけなかった。

(後で話し合わないと)

 キースがエレーナのことを気遣おうとする度に本当に情けなくなる。まだまだ小さいキースは大人の事情なんて気にする必要は無い。

「本人であるお母様が言ってるのよ? 心配しないの」

 こんなことも出来ないで親を名乗る資格はない。相談もせずにリチャードを巻き込んでしまったが、夫ならば喜んで了承してくれるだろう。彼だってとてもキースのことを愛しているから。

 むぎゅむぎゅと息子の両頬を引っ張れば、誤魔化しは効かないぞと言わんばかりに疑うような目を向けられる。
 なのできちんと言葉にしておく。

「私が言えることではないけれど、もっと甘えてもいいのよ? 会いたくなったら会いに来ていい。会議中は無理かもしれないけど……基本的にそれはお父様の仕事だから。私のところはいつでも歓迎よ」
「ほんとうに……?」

 疑心暗鬼なのは誰に似たのだろうか。少し口を尖らせる仕草も可愛くて、エレーナは笑って息子の頬に口づけする。

「本当よ。私ももっとキースに会いに行くわ。それと、他にもしたいことはあるかしら」

 今聞かなければ息子は教えてくれなさそうだ。キースはポツポツ話し始めた。

「……あのね、おやつの時間……一緒に居たい。母上と食べたい」
「うん。出来る限り一緒に食べましょう」
「父上にももっと会いたい」
「確か今日は会議なかったはずだから後で行きましょうね」
「あと…………」

 恥ずかしそうにしながらも、キースにとって最大級の願い事をエレーナに言った。

「──ルイみたいに一緒に寝た……ああ、やっぱりなんでもないっ!」

 ぶんぶんと頭を横に振った。しかしエレーナはバッチリ聞き取っていた。

(ああ、この前エリナから聞いたやつね)

 スタンレーでは普通小さい頃から子供は親と離れて寝る。
 ただ、最近の流行の中に「幼い子は両親と寝ると良い」というものがあるのだ。子供は親の愛情を感じられ、とても喜ぶのだとか何だとか。

(リチャードを捕まえ……いや、彼は相談したら他を置いて来てくれるわ。私がやらないといけないのは、夜に彼を借りる為のギルベルトの説得かしら)

「母上?」
「ごめんなさい。ボーッとしてたわ」

 笑いながら誤魔化す。エレーナは後でリチャードに相談するため、頭の片隅にこの件を置いておくことにした。

「キース、お父様のところに行って三人でティータイムにしましょう」
「父上も母上みたいに休憩時間なの?」
「たぶんね。違かったら時間を作ってもらえばいいのよ。私達にキースより大事なものはないんだから。一日くらい平気よ」
「だったらいいなぁ」

 機嫌が戻ってきたようだ。涙も止まり、息子はにっこりと笑っている。まだ膝に乗っていたキースをエレーナはそのまま抱き上げた。

「何だか外が騒がしいわね」

 ドアノブに手をかけたところで、遠くから聞こえる人の声が段々大きくなっていることに気がつく。

「騎士団のひと?」

 エレーナの首に腕を回しながらキースは尋ねる。

「そうかもしれないわ。訓練が終わったのかも。それにしても音が近づいてきているような……──ひゃあ!!」

 開けようとしていた扉が外側からバンッと開けられる。びっくりしたエレーナはキースを守るようにしゃがみ、扉の裏に隠れた。
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