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番外編
ぬくもりとともに(2)
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「っ!??? で、でんっ、リーさ……ま!?」
至近距離にあるリチャードの顔と己が包み込んでいる手が誰の物なのか、そして今何をされたのか。
昨日これでもかというほど口づけをしたのに、まだ慣れていないらしい。
唇に触れ、ずささっと後ろに後退したエレーナが寝台から落ちそうになるのでぐっとこちら側に引き寄せた。
ぽすんっと音がして華奢な身体がリチャードの胸の中に収まる。
「ごめんなさい、あのっ、驚いてしまって」
ぎゅっとリチャードの服を握りながらエレーナは俯く。
「うん、分かってる。私も起きた時に驚いたからね」
にっこり笑ったリチャードはエレーナの手に自身のを絡め、その甲にキスを落とす。
「おはよう」
「……おはようござい……ます」
度重なる失態と至近距離に端正な夫の顔があり、エレーナの顔は真っ赤だった。消え入るような返事が返ってくる。
「昨夜は無理をさせてしまったけど、身体は大丈夫?」
「さく……や? あ、」
記憶を辿ること数秒。熟れたリンゴのように再びエレーナの顔全体が赤く染め上がる。
小さくなる彼女にくすりと笑いがこぼれた。
「だ、大丈夫……です」
エレーナは身近にあったシーツを被り、リチャードから顔を隠した。
「執務があるのですよね? 行ってらっしゃいませ」
ちゃっかりリチャードが言った言葉は覚えていたようだ。振ろうと思ったのか、自分より一回り小さい手がにゅっと伸びてきたので絡め取った。が、一瞬にして逃げられる。
「──包まってないで出てきて」
「嫌です」
「なら、こうだね」
シーツの端を引き寄せれば、形だけ抵抗していた彼女の頭から滑り降ち、両手を膝の上に重ね、伏し目がちなエレーナが現れた。
差し込む陽光によって寝台に広がる金の髪が輝きを増したのに加えて、肩からずり落ちそうな純白のネグリジェを着ている姿は、身内贔屓を抜いても美しかった。
天使というより女神が地上に降り立ったかのような。
その首元に赤い花が咲いているのが見えて、リチャードは満足感から口元が緩む。きっとこの後、彼女は鏡の前で顔を真っ赤にさせるのだろう。
そうして、着替えを手伝いに来たリリアンに指摘されて恥ずかしがり、今晩リチャードを涙目で責めてくるに違いない。
(まあわかりやすい所に付けたのはわざとだけど)
元々独占欲が強かった自覚はある。
なのに、婚約してから拍車をかけて強くなっているのだ。これくらいは許して欲しい。
(本気で嫌がるようなら止めるけど……)
そんなことをリチャードが考えているとは露も知らず、間を置いてエレーナは口を尖らせ、潤んだ瞳を向けてくる。
「嫌だと言ったのに……リーさまは意地悪……です」
「ごめん。許して?」
睨みつけているつもりだろうが、全く怖くない。むしろもっと向けて欲しい。
からかおうかとも思ったが、流石に嫌われそうなので止めた。
そこで時計が目に入る。
「…………そろそろ本当に行かなければ」
「もう……ですか?」
きょとんと小首を傾げ、寂しそうに瞳を揺らしたのは無意識だろう。庇護欲をそそり、抱き締め──いや、理性が飛びそうになるのをグッとこらえる。
「捌かないといけない書類が多くてね。レーナはゆっくり朝の支度をしてね」
言いながら腰を浮かせるとエレーナの方に引き寄せられた。
「どうかした?」
「お時間は取らせませんので耳を、貸して、ください」
不可解に思いながら言われた通りにすれば、彼女は深呼吸をしてからリチャードの耳元に口を近づけた。
「が、頑張って……くださいませ。旦那さま」
言葉の意味を理解する前に視界が彼女によって塞がれる。唇と唇がふれあい、ふんわり揺れた髪から淡い香りが鼻を打つ。
柔らかな感触が離れていき、視線が合った彼女はリチャードにふにゃりと笑いかけた。そして恥じらうようにシーツで顔の半分を覆った。
「あの、リーさま?」
硬直してしまったリチャードを見て、失敗したと思ったのかエレーナは静々とこちらに寄ってきて慌て始めた。
「メイリーン様に聞いたのですよ。何をすればリーさまは喜ぶのかと」
どうやら何も言ってないのにこの行動の理由を教えてくれるらしい。エレーナは遠慮がちにリチャードの裾を握った。
「そしたら『朝、そう呼べばイチコロです。ついでにエレーナ様からキスすれば殿下は一日上機嫌ですよ』と言われて……いつも、もらってばっかりだから……とても恥ずかしいですけど、喜んでもらえるならって」
メイリーンのにやにやしながら入れ知恵をしている姿が頭に浮かぶ。
「嫌……でしたか? 私からされても嬉しくないですかね……」
今にも泣き出しそうに、上目遣いに、自分を見てきたらもう無理だ。感情のままに彼女を抱きしめた。
「──可愛いね。とっても可愛い。嬉しいなんて通り越してる。今死んでも悔いはないよ」
「よ、喜んでもらえたのなら私としてもした甲斐があって良かったです。なので離してください。執務に行ってください」
照れ隠しなのかつっけんどんな言い方だ。
「いいや、もう一回さっきの呼び方してくれるまで離さない」
「あれは……ちょっと……心の準備が必要で……うぅぅ」
「ん? 言ってくれないの? ──私の妻なのだろう?」
さっきのは本当に心臓に悪かった。仕返しとばかりに最大限甘く囁けば、エレーナはこそばゆさそうに体を震わせた。
「行ってくださいぃぃぃ! 無理! 心臓がもたない!」
「なら呼んでって言ったじゃないか」
「いじわるぅ。なんでこんな……うぅ…………だ、旦那さま」
エレーナは耳まで赤く染まった。
「言いましたよ! 言いました!」
「──私の妻はとても可愛いね。愛してるよ」
「~~~っ!」
胸の中でバタバタ暴れる自分の愛しい人に、リチャードは声を上げて笑ったのだった。
至近距離にあるリチャードの顔と己が包み込んでいる手が誰の物なのか、そして今何をされたのか。
昨日これでもかというほど口づけをしたのに、まだ慣れていないらしい。
唇に触れ、ずささっと後ろに後退したエレーナが寝台から落ちそうになるのでぐっとこちら側に引き寄せた。
ぽすんっと音がして華奢な身体がリチャードの胸の中に収まる。
「ごめんなさい、あのっ、驚いてしまって」
ぎゅっとリチャードの服を握りながらエレーナは俯く。
「うん、分かってる。私も起きた時に驚いたからね」
にっこり笑ったリチャードはエレーナの手に自身のを絡め、その甲にキスを落とす。
「おはよう」
「……おはようござい……ます」
度重なる失態と至近距離に端正な夫の顔があり、エレーナの顔は真っ赤だった。消え入るような返事が返ってくる。
「昨夜は無理をさせてしまったけど、身体は大丈夫?」
「さく……や? あ、」
記憶を辿ること数秒。熟れたリンゴのように再びエレーナの顔全体が赤く染め上がる。
小さくなる彼女にくすりと笑いがこぼれた。
「だ、大丈夫……です」
エレーナは身近にあったシーツを被り、リチャードから顔を隠した。
「執務があるのですよね? 行ってらっしゃいませ」
ちゃっかりリチャードが言った言葉は覚えていたようだ。振ろうと思ったのか、自分より一回り小さい手がにゅっと伸びてきたので絡め取った。が、一瞬にして逃げられる。
「──包まってないで出てきて」
「嫌です」
「なら、こうだね」
シーツの端を引き寄せれば、形だけ抵抗していた彼女の頭から滑り降ち、両手を膝の上に重ね、伏し目がちなエレーナが現れた。
差し込む陽光によって寝台に広がる金の髪が輝きを増したのに加えて、肩からずり落ちそうな純白のネグリジェを着ている姿は、身内贔屓を抜いても美しかった。
天使というより女神が地上に降り立ったかのような。
その首元に赤い花が咲いているのが見えて、リチャードは満足感から口元が緩む。きっとこの後、彼女は鏡の前で顔を真っ赤にさせるのだろう。
そうして、着替えを手伝いに来たリリアンに指摘されて恥ずかしがり、今晩リチャードを涙目で責めてくるに違いない。
(まあわかりやすい所に付けたのはわざとだけど)
元々独占欲が強かった自覚はある。
なのに、婚約してから拍車をかけて強くなっているのだ。これくらいは許して欲しい。
(本気で嫌がるようなら止めるけど……)
そんなことをリチャードが考えているとは露も知らず、間を置いてエレーナは口を尖らせ、潤んだ瞳を向けてくる。
「嫌だと言ったのに……リーさまは意地悪……です」
「ごめん。許して?」
睨みつけているつもりだろうが、全く怖くない。むしろもっと向けて欲しい。
からかおうかとも思ったが、流石に嫌われそうなので止めた。
そこで時計が目に入る。
「…………そろそろ本当に行かなければ」
「もう……ですか?」
きょとんと小首を傾げ、寂しそうに瞳を揺らしたのは無意識だろう。庇護欲をそそり、抱き締め──いや、理性が飛びそうになるのをグッとこらえる。
「捌かないといけない書類が多くてね。レーナはゆっくり朝の支度をしてね」
言いながら腰を浮かせるとエレーナの方に引き寄せられた。
「どうかした?」
「お時間は取らせませんので耳を、貸して、ください」
不可解に思いながら言われた通りにすれば、彼女は深呼吸をしてからリチャードの耳元に口を近づけた。
「が、頑張って……くださいませ。旦那さま」
言葉の意味を理解する前に視界が彼女によって塞がれる。唇と唇がふれあい、ふんわり揺れた髪から淡い香りが鼻を打つ。
柔らかな感触が離れていき、視線が合った彼女はリチャードにふにゃりと笑いかけた。そして恥じらうようにシーツで顔の半分を覆った。
「あの、リーさま?」
硬直してしまったリチャードを見て、失敗したと思ったのかエレーナは静々とこちらに寄ってきて慌て始めた。
「メイリーン様に聞いたのですよ。何をすればリーさまは喜ぶのかと」
どうやら何も言ってないのにこの行動の理由を教えてくれるらしい。エレーナは遠慮がちにリチャードの裾を握った。
「そしたら『朝、そう呼べばイチコロです。ついでにエレーナ様からキスすれば殿下は一日上機嫌ですよ』と言われて……いつも、もらってばっかりだから……とても恥ずかしいですけど、喜んでもらえるならって」
メイリーンのにやにやしながら入れ知恵をしている姿が頭に浮かぶ。
「嫌……でしたか? 私からされても嬉しくないですかね……」
今にも泣き出しそうに、上目遣いに、自分を見てきたらもう無理だ。感情のままに彼女を抱きしめた。
「──可愛いね。とっても可愛い。嬉しいなんて通り越してる。今死んでも悔いはないよ」
「よ、喜んでもらえたのなら私としてもした甲斐があって良かったです。なので離してください。執務に行ってください」
照れ隠しなのかつっけんどんな言い方だ。
「いいや、もう一回さっきの呼び方してくれるまで離さない」
「あれは……ちょっと……心の準備が必要で……うぅぅ」
「ん? 言ってくれないの? ──私の妻なのだろう?」
さっきのは本当に心臓に悪かった。仕返しとばかりに最大限甘く囁けば、エレーナはこそばゆさそうに体を震わせた。
「行ってくださいぃぃぃ! 無理! 心臓がもたない!」
「なら呼んでって言ったじゃないか」
「いじわるぅ。なんでこんな……うぅ…………だ、旦那さま」
エレーナは耳まで赤く染まった。
「言いましたよ! 言いました!」
「──私の妻はとても可愛いね。愛してるよ」
「~~~っ!」
胸の中でバタバタ暴れる自分の愛しい人に、リチャードは声を上げて笑ったのだった。
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