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番外編
ゆるゆる溶けて(1)
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エレーナはドレスの裾を軽く摘み、くるりとその場で一度回った。なめらかな光沢のある生地がふわりと空気をはらんで少しだけ地面から浮く。
「……リー様はどれが似合うと思いますか?」
こちらをじっと見ている婚約者の視線にドキドキしながら尋ねる。
「──全部似合っているよ。レーナに似合わないドレスはないから、君が着たいものにすればいいよ」
さらりと表情を変えずに即答され、まだ彼からの言葉に慣れないエレーナは頬を紅色に染めた。
エレーナが今、試着しているのは結婚式で着るウェディングドレス。今日は王家御用達の針子が王宮に呼ばれ、ドレスを決める手筈だった。
部屋の中に入った時には純白の生地で埋め尽くされていた。試着して決めると言っても、せいぜい十数着だ。だが、ここにあったのはそれをゆうに超える数で。圧倒されてしまった。
朝早くから、昼食を食べて日が傾き始めている今まで、エレーナは促されるままにウェディングドレスを着ている。
「そ、それでは決められないです……」
出来れば彼が一番気に入ってくれるドレスにしたい──その思いから聞いたのに、全部似合っているという返答では困ってしまう。
火照った顔を見られないよう、俯いてしまったエレーナにリチャードは言う。
「時間はまだあるから迷えばいいよ」
「それはありがたいですが、そもそもこ、こんな豪華で…………費用も…………」
ウェディングドレスだけでなく、ネックレスやティアラ等も最高品質の物が用意されていて。エレーナはくらくらしてしまう。
家門が傾くは無いにせよ、ものすごい金貨が飛んでいきそうなのだ。
「気にしなくて平気だよ。私も、母上も、予算の上限なんて考えてないから。そもそも王太子の婚儀なのにお金を使わないでどうする」
リチャードはエレーナの心配を一蹴した。
物欲がほぼ無いため、リチャード個人に配分される予算はほぼ手を付けていなかった。ミュリエルもミュリエルでエレーナを愛でる為に貯めていたお金が公爵家数年分の年収くらい貯まっている。
国家予算として結婚の儀式に振り分けられるお金もあるのだから何ら問題は無いのだ。
(そんなこと言われても)
──目の前に広がるのは白いドレスの海。
年頃の令嬢ならば浮き立つような流行りのドレスばかり並べられていた。中にはこれから流行るであろう型のドレスも端に置いてある。
一着しか着ることは叶わないのに、それしては選択肢が多すぎる。しかも、エレーナが着用するのはこれらの既製品を参考にしたオーダーメイドのウェディングドレスだ。細やかなところまで指定が可能なのだが、それはヴィオレッタやミュリエルに任せることにしていた。
だからエレーナは大元のデザインを決めるだけでいいのに中々決まらない。
「本当に来て欲しいドレスとか無いのですか?」
リチャードに問えば、ソファに座っていた彼は立ち上がりエレーナの手を取る。
「……強いて言うなら露出度が低いものがいい」
「どうして?」
「──これ以上レーナの綺麗な肌で他の男が見蕩れるのは嫌だ」
眉根を寄せてそんなことを言うのでエレーナは一瞬固まってしまう。
「前々からそうだけどレーナは少し抜けているからね。舞踏会などでドレス姿の君を見る度に、それを凝視する他の男が不快で仕方なかった」
衝撃の告白に戸惑いを隠せない。だが、腑に落ちる部分があった。
「だから私にいつも、もっと肌が隠れるドレスを着なさいと仰っていたのですか……?」
あれは自分にはそういうドレスが似合わないからだと勝手に思い込んでいた。それにしては夜会用では普通くらいの露出度のドレスでも、何かにつけては彼に言われていた気がするが。
リチャードがエレーナの横髪を耳にかけてくれた。
「……リー様はどれが似合うと思いますか?」
こちらをじっと見ている婚約者の視線にドキドキしながら尋ねる。
「──全部似合っているよ。レーナに似合わないドレスはないから、君が着たいものにすればいいよ」
さらりと表情を変えずに即答され、まだ彼からの言葉に慣れないエレーナは頬を紅色に染めた。
エレーナが今、試着しているのは結婚式で着るウェディングドレス。今日は王家御用達の針子が王宮に呼ばれ、ドレスを決める手筈だった。
部屋の中に入った時には純白の生地で埋め尽くされていた。試着して決めると言っても、せいぜい十数着だ。だが、ここにあったのはそれをゆうに超える数で。圧倒されてしまった。
朝早くから、昼食を食べて日が傾き始めている今まで、エレーナは促されるままにウェディングドレスを着ている。
「そ、それでは決められないです……」
出来れば彼が一番気に入ってくれるドレスにしたい──その思いから聞いたのに、全部似合っているという返答では困ってしまう。
火照った顔を見られないよう、俯いてしまったエレーナにリチャードは言う。
「時間はまだあるから迷えばいいよ」
「それはありがたいですが、そもそもこ、こんな豪華で…………費用も…………」
ウェディングドレスだけでなく、ネックレスやティアラ等も最高品質の物が用意されていて。エレーナはくらくらしてしまう。
家門が傾くは無いにせよ、ものすごい金貨が飛んでいきそうなのだ。
「気にしなくて平気だよ。私も、母上も、予算の上限なんて考えてないから。そもそも王太子の婚儀なのにお金を使わないでどうする」
リチャードはエレーナの心配を一蹴した。
物欲がほぼ無いため、リチャード個人に配分される予算はほぼ手を付けていなかった。ミュリエルもミュリエルでエレーナを愛でる為に貯めていたお金が公爵家数年分の年収くらい貯まっている。
国家予算として結婚の儀式に振り分けられるお金もあるのだから何ら問題は無いのだ。
(そんなこと言われても)
──目の前に広がるのは白いドレスの海。
年頃の令嬢ならば浮き立つような流行りのドレスばかり並べられていた。中にはこれから流行るであろう型のドレスも端に置いてある。
一着しか着ることは叶わないのに、それしては選択肢が多すぎる。しかも、エレーナが着用するのはこれらの既製品を参考にしたオーダーメイドのウェディングドレスだ。細やかなところまで指定が可能なのだが、それはヴィオレッタやミュリエルに任せることにしていた。
だからエレーナは大元のデザインを決めるだけでいいのに中々決まらない。
「本当に来て欲しいドレスとか無いのですか?」
リチャードに問えば、ソファに座っていた彼は立ち上がりエレーナの手を取る。
「……強いて言うなら露出度が低いものがいい」
「どうして?」
「──これ以上レーナの綺麗な肌で他の男が見蕩れるのは嫌だ」
眉根を寄せてそんなことを言うのでエレーナは一瞬固まってしまう。
「前々からそうだけどレーナは少し抜けているからね。舞踏会などでドレス姿の君を見る度に、それを凝視する他の男が不快で仕方なかった」
衝撃の告白に戸惑いを隠せない。だが、腑に落ちる部分があった。
「だから私にいつも、もっと肌が隠れるドレスを着なさいと仰っていたのですか……?」
あれは自分にはそういうドレスが似合わないからだと勝手に思い込んでいた。それにしては夜会用では普通くらいの露出度のドレスでも、何かにつけては彼に言われていた気がするが。
リチャードがエレーナの横髪を耳にかけてくれた。
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